不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった



「えー、もう脱いじゃったの? せっかく似合ってたのに」

応接室へ戻ってきたエレナは、少し残念そうにアリスを見上げた。

アリスは思わず苦笑する。

「エレナ、あのドレスは婚姻式の日に着る特別なドレスなのよ。ずっと着ていたら汚れてしまうでしょう?」

ナタリアが優しく言い聞かせると、エレナは「はーい」と返事をした。

そして、今度はアリスの手を取る。

「アリス姉さま、こっち!」

嬉しそうにソファまで引っ張っていき、自分が先に腰を下ろす。

「隣に座って!」

「はい」

アリスは笑みを浮かべ、その隣へ腰を下ろした。

ナタリアはそんな二人を微笑ましく見つめながら、向かいのソファへ腰掛ける。

ほどなくしてクララがお茶の支度を整え、紅茶とともに焼き色のついた素朴なクッキーをテーブルへ並べた。

「本日は、アリス様がお作りになったクッキーをご用意いたしました」

「あら、まぁ。嬉しいわ」

ナタリアが目を細めると、エレナも「すごーい!」と嬉しそうにクッキーへ手を伸ばした。

アリスは少し照れくさそうにはにかむ。

「あの……本当に簡単なクッキーで、お口に合えばいいんですけれど……」

「おいしい!」

一口食べたエレナが満面の笑みを浮かべる。

その様子にアリスもほっと胸を撫で下ろした。

「よかったです」

ナタリアもクッキーを口へ運ぶ。

「えぇ、本当に美味しいわ」

そう言って紅茶をひと口含み、何か思い付いたようにアリスへ視線を向けた。

「そうだわ。今度、王宮の厨房をお借りして、三人でお菓子作りをしましょうか。エレナにも、そういう経験をさせたいと思っていたのよ」

思いがけない誘いに、アリスは目を丸くする。

「えぇ、ぜひ」

頷いてから、不思議そうにナタリアを見つめた。

「あの……ナタリア様も、お料理をされるんですか?」

「ええ、結婚前まではね」

ナタリアは懐かしそうに微笑む。

「私、男爵家の出身なの。だから、これでも家事はひと通りできるのよ」

「そうなんですね」

その答えにエレナがぱっと顔を輝かせた。

「お母さますごーい! エレナもお菓子作る!」

「ええ、一緒に作りましょうね」

「アリス姉さま、楽しみ!」

嬉しそうに抱きつくエレナの髪を、アリスは優しく撫でた。

「私も楽しみです」

その時、ふと手首に目が留まる。

以前、一緒に編んだ守り紐だった。

「これは、前に一緒に作った守り紐ですね」

「うん!」

嬉しそうに頷くエレナを見て、ナタリアが優しく目を細める。

「毎日のように着けているのよ」

アリスも自然と笑みをこぼした。

「自分で作ったものは、特別ですよね」

和やかな空気の中、エレナはアリスにべったりとくっついたまま、次から次へと思いついたことを楽しそうに話していた。

アリスはその一つひとつに耳を傾け、丁寧に相槌を打つ。

——まるで、年の離れた姉妹のようね。

ナタリアはそんなことを思いながら、そっと紅茶へ口をつけた。

応接室には、午後のゆったりとした穏やかな時間が流れていた。

扉の外から控えめなノックが響いた。

「ウィル殿下がお迎えにいらっしゃいました」

護衛騎士の声が聞こえる。

「どうぞ」

ナタリアが応じると、扉が開き、ウィルが応接室へ入ってきた。

「ナタリア様。本日はアリスのために、ありがとうございました」

「あら、いいのよ。私が見せてもらいたかっただけですもの」

ナタリアは柔らかな笑みを浮かべる。

そこに、エレナが勢いよく駆け寄ってくる。

「おじさま!」

「ああ」

ウィルは少しかがみ、エレナの頭をぽんぽんと撫でる。

その様子を見ながら、アリスも立ち上がり、ウィルの隣へ歩み寄った。

「ドレス、ふわふわで、きらきらで、すごくかわいかった!」

夢中になって話すエレナに、ウィルは頷く。

「そうか」

「ねぇ、もう帰っちゃうの?」

エレナはアリスを見上げた。

「アリス姉さまと、もう少し一緒にいたい」

ウィルは困ったように笑う。

「この後、まだ仕事がある。また今度な」

「……分かった」

しょぼんとしたエレナだったが、すぐにアリスへ話しかける。

「アリス姉さま、今度、一緒にお菓子作ろうね。約束」

「約束です」

アリスはエレナの頭を撫でる。

エレナは嬉しそうに笑みを浮かべると、ナタリアのもとへ駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。

「帰るか」

「はい」

視線が合うと、アリスはふんわりと微笑み、ウィルの腕へ手を添える。

ウィルは一瞬だけ目を留め、小さく口元を緩めた。

——見ているこちらまで、幸せな気持ちになるわ。


♢♢♢♢♢♢♢


ナタリアは小さく息を吐いた。

「ウィル様は、アリス様を諦めたりはしないでしょうね」

「ああ」

エドワードは短く頷いた。

「あの日も、ご自分で送り迎えをされていたのよ。きっと、人目の多い王宮では、できるだけアリス様のお傍にいて差し上げたかったのではないかしら」

ナタリアはあの日の様子を思い返し、微笑む。

「あれが、あそこまで過保護になるとは思わなかった」

エドワードは苦笑しかけ、ふと表情を曇らせた。

その様子を見たナタリアは、そっとエドワードの腕に触れる。

「大丈夫よ。」

「だから、いつかあのドレスを着て、お二人が婚姻式を迎えられる日が来ると、信じましょう。」