アリスは今夜、屋敷に泊まる予定になっており、ウィルが仕事から戻った後、夕食を共にして、そのまま応接室で家具の相談をしていた。
テーブルには何枚もの図案が広げられ、クララが淹れたハーブティーのやわらかな香りが部屋を満たしていた。
「鏡台はこちらにしようかと思っているんです」
アリスは一枚の図案を差し出した。
「模様が可愛くて」
ウィルは受け取り、視線を落とす。
月と草花が彫り込まれた、上品な意匠だった。
「あぁ」
短く答えてから、改めて模様へ目を向ける。
「月が好きなんだな」
「えっ」
不意に言われて、アリスは少し慌てた。
「あ、はい。その……綺麗なので」
どこか気恥ずかしそうに視線を逸らす。
ウィルは一瞬だけ首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
アリスは内心、ほっと息を吐く。
そして今度は、机の図案を三枚並べた。
「それで、あの……机に悩んでしまって……」
三枚を見比べながら続ける。
「なるべく実用性のあるものがいいんですけれど、どれが良いと思いますか?」
すぐ隣にいるウィルを見上げた。
ウィルは図案を手に取り、一枚ずつ目を通す。
しばらく考えたあと、そのうちの一枚を指した。
「これはどうだ」
「書き物をするにも、手作業をするにも使いやすそうだ」
さらに図面へ視線を落とす。
「引き出しも多い。収納にも困らないだろう」
アリスはウィルの腕に手を軽く添えて、図面を覗き込んだ。
「……確かにそうですね。これにします」
頷きながら、笑みを浮かべる。
クララはハーブティーの支度をしながら、二人の様子を見守っていた。
——アリス様は楽しそうに家具の相談をし、旦那様はそんな姿を愛おしそうに見つめている。
そんな何気ない光景を、クララは感慨深い思いで眺めていた。
「椅子とソファは、実際に座って決めたいんですが」
アリスの声に、クララは意識を戻し、テーブルにハーブティーのカップを置く。
「さすがに、こちらへ持ってきていただくのは申し訳ないので……」
ちらりとウィルを見る。
「ウィル様のご都合の良い時に、お店へご一緒していただけたら——その」
「クララさんも、その方が良いとおっしゃっていましたので」
どこか伺うような視線だった。
ウィルは思わず苦笑する。
「わかった。予定を組んでおく」
その言葉を聞いた瞬間、アリスの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます」
そして、どこかワクワクした感じで続けた。
「お店に行くのは初めてなので……とても嬉しいです」
その言葉に、ウィルは一瞬だけ目を伏せた。
店で買い物をすることも、彼女には縁遠いものだったのだろう。
胸の奥に複雑な感情が広がる。
「……楽しめるといいな」
ウィルはアリスの頭にポンと手を置いた。
「はい」
クララはアリスの幸せそうな笑みを見ながら、小さく目を細める。
自然と二人だけの時間が流れ始めていた。
クララは一礼し、そっと応接室を後にした。



