不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった



ゼリア国王ヴェルムント・ゼリアは、老いた顔に不機嫌さを隠そうともしなかった。

ミルバーグ国第二王女アリスと、トルシア国王弟ウィルが正式に婚姻へ向かっているという情報は、ゼリアへもすぐに伝わった。

“不吉を呼ぶ姫”とトルシア王子の婚約は、見せかけではなかったのか。

玉座に深く腰掛けたまま、側近たちを睨むように見渡す。
ここ最近、国王の機嫌の波は以前より激しくなっていた。
少し前まで笑っていたはずなのに、突然苛立ちを露わにすることも増えている。
誰も、それを口にはしない。

「こちらへの牽制で、不吉を呼ぶ姫を本当に妻として迎え入れるつもりか。気に入らんな、あの生意気な若造」

苛立たしげに肘掛けを指で叩く。

「あの姫を傍に置くだけで、いずれ勝手にくたばると思っていたが」

「……」

側近たちは黙ったまま頭を下げていた。

不用意な言葉を挟めば、何が癇に障るか分からない。
最近の国王には、そうした危うさがあった。

「トルシア王子に何も起きぬとなれば、私まで馬鹿げた噂に踊らされていた気分になるな」

吐き捨てるように言ったあと、ふいに不快そうに眉を寄せる。

「……いや、だが兵たちは違う」

先ほどまでとは逆の言葉を、苛立ったように重ねた。

「不吉姫の噂を本気で恐れている者も多い。あれだけで無駄に士気が落ちる」

その場の空気が重く沈む。

側近たちの間では、この“不吉を呼ぶ姫”の話題は、すでに何度も繰り返されていた。

国王は、ある時は「馬鹿げた噂だ」と切り捨てる。
だが、その直後には「やはり放置は危険だ」と言い出す。
その考えの揺れに、誰も迂闊に口を挟めなくなっていた。

「だからこそ、放置も気に入らん」

ヴェルムントはゆっくりと口元を歪める。

「……いっそ、あの姫をこちらへ引き寄せるか」

その瞬間、側近たちは思わず顔を見合わせた。

「国王陛下、さすがにそれは……。何か起きてからでは遅うございます」

「何も、王宮内へ置くわけではない。今は使われていない外れの塔にでも押し込めておけ。」

ヴェルムントは鼻を鳴らした。

「管理はセシリオに任せればいい」

その言葉に、一部の側近たちは顔色を変えたが、誰一人として逆らえない。

「黒髪黒目で地味な上に、見栄えもしないらしい。――“不吉を呼ぶ姫”とやらを一度くらい見てみるのも一興か。」

満足そうに口元を歪めた。

「“王女を差し出せば、侵略不可の合意に応じる”――トルシア、ミルバーグへ文書を送れ。そうだな……表向きは国賓扱いとでも書いておけ」

「……了解いたしました」

ヴェルムントは愉快そうに喉を鳴らした。

その笑みに、約定を守る意思など欠片もないことを、側近たちはよく理解していた。

ただ同時に。

――最近の陛下は、少し危うい。

誰もがそう感じながら、それを口に出来ずにいた。