不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった


迎えに行った時から、アリスが緊張していることに気づいていた。

お披露目の時ほどではないが、どこか不安げな様子だ。

時折、鈴蘭のネックレスの飾りへと右手が伸びる。

ウィルは膝の上で握り締められていたアリスの左手に、自分の手を重ねた。

ウィルの方を見たアリスの頬は、ほんのり赤く染まっていた。

「あの……」

「今日は兄上たちしかいない」

大丈夫だと言うように頷く。

アリスは一瞬頷きかけ、それから心配そうな表情を浮かべた。

「本当に、とても楽しみにしていたんです。ルーカス王子とエレナ王女に会えるのを。でも、初めてなので……その、怖がらせてしまうのではないかと」

ウィルは小さく息をついた。

「アリス」

呼ばれて顔を上げる。

「オレの妻になる女性を、そんなふうに言われたくはないな」

「えっ……」

アリスの顔が先程より更に赤くなる。

ウィルはその反応を見て、わずかに口元を緩めた。

「珍しがられることはあるかもしれないが、すぐになつかれる」

「そうでしょうか」

ウィルは柔らかく笑った。

「あぁ、アリスは優しいからな」

「そんな……」

アリスは視線をさまよわせる。

少しだけ間をあけてから、

「……できれば、仲良くなれたら嬉しいです」

つぶやくように言った。


―――――――――――――――


エドワード国王とナタリア王妃の子どもたちは、とても愛らしかった。

自然と、アリスの口元がほころぶ。

2人はアリスの黒髪と黒い瞳を、珍しそうに見つめていた。

「2人とも、ご挨拶なさい」

ナタリアが優しく背中を押す。

先に前へ出たのはルーカスだった。

「はじめまして、アリス様。ルーカス・トルシアです」

8歳とは思えないほど、きちんとした挨拶だった。

「はじめまして、ルーカス王子」

アリスが微笑むと、ルーカスは少し誇らしそうに胸を張る。

一方で、エレナはナタリアの後ろへ隠れたまま、恥ずかしそうにこちらをちらちらと見ていた。

「エレナも、ご挨拶は?」

ナタリアが声をかけても、小さな手がぎゅっと母親のドレスを掴むだけで、前には出てこない。

その姿が可愛らしくて、アリスは思わず頬を緩めた。

「ナタリア様、大丈夫ですよ。初めましてですから」

そう言ってから、今度はエレナへ視線を向ける。

「まだ、ちょっと緊張しますよね」

精一杯の笑みを浮かべながら、そっと声をかけると、エレナはぱちぱちと瞬きをしたあと、少しだけ顔を覗かせた。

「悪いね。この子は、少し恥ずかしがり屋で」

エドワードが苦笑しながら、エレナの頭を優しく撫でる。

「では、食事にしましょうか」

ナタリアの声で、一同は席へ移動した。

「アリス」

隣から、低い声がかかる。

振り向くと、ウィルがアリスの椅子を引いて待っていた。

「ありがとうございます」

アリスが腰を下ろすのを確認してから、ウィルも自分の席へ座る。

すでに料理は整えられており、広い食卓にはエドワード一家と、ウィル、アリスしかいなかった。

普段はメイドが給仕を行っているが、こうして家族だけで食事を取る時間も作っているらしい。

どこか温かな空気の中で、食事は進んでいく。

「式のドレスは、今はどのあたりまで進んでいるのかしら?」

ナタリアが楽しそうに尋ねる。

「はい。まだ何度か寸法合わせがあるみたいです」

「まぁ、楽しみね。今度、寸法合わせの時、ご一緒してもいいかしら?」

嬉しそうな声音に、エドワードが呆れたように息をついた。

「君の式ではないのだから。アリス様もやりづらいだろう」

「そんなことありません」

アリスは慌てたように首を振った。

「ナタリア様に見ていただけるなら、私も安心です」

その言葉に、ナタリアはぱっと表情を明るくした。

「それなら嬉しいわ」

「そういえば、お前はまだ見ていないのか?」

今度はエドワードがウィルへ視線を向ける。

「えぇ。オレは、そういうことには疎いので」

淡々と返された言葉に、エドワードは思わず苦笑した。

「すまないね。気の利かない弟で」

「い、いえ。色々ご相談にのってくださいますから」

アリスは慌てて口を開く。

実際、一緒に過ごす時間が増えていくうちに、ウィルが衣装や装飾そのものにはあまり関心がないことも分かってきていた。

それでも、気に入ったドレスを着て欲しいと手配をしてくださり、いつも気にかけてくれている。

アリスが意見を求めれば、真剣に考えて答えてくれる。

だから、それで十分すぎるくらいだった。

それでも、ナタリア王妃が一緒に見てくださると言ってくれたことは、アリスにとって、とても心強かった。


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「アリス姉さま、ここはどうしたらいいの?」

エレナが小さな手を止めながら、アリスを見上げる。

「ここはね、こうやって通して――」

アリスは膝の上に乗っているエレナの手をそっと支えながら、紐の編み方を教えていく。

食後、応接室へ移動してから、エレナとルーカスは守り紐作りに夢中になっていた。

以前、ウィルの手首に巻かれている守り紐を見たエレナが、「わたしも作りたい」と言ったらしく、食事の時にナタリアから編み方を教えてほしいと頼まれていた。

最初はナタリアの傍を離れず、少し緊張した様子でアリスから編み方を教わっていたエレナだったが、柔らかな雰囲気に安心したのか、今ではすっかりアリスに懐いていた。

小さな体をぴったりと寄せながら、一生懸命紐を編んでいる。

隣では、ルーカスも男の子らしい色合いの紐を選びながら、真剣な顔で編んでいた。

「ここ、うまくできない……」

「少しだけ引っ張りすぎですね」

「こう?」

「はい、今度は綺麗です」

アリスが褒めると、ルーカスはどこか得意そうに笑った。

少し離れた場所では、ナタリアとエドワード、そしてウィルが紅茶を飲みながら、その様子を眺めている。

「すっかり懐いちゃったわね」

ナタリアが微笑みながら呟く。

「あぁ、そうだな」

エドワードも穏やかな笑みを浮かべた。

ウィルは、アリスの楽しそうな横顔をしばらく眺めていた。

子どもたちへ向ける表情は柔らかく、自然に笑っている。

その様子を見つめていたウィルが、ふとエレナへ声をかけた。

「エレナ」

「なに、おじさま?」

エレナがアリスの膝の上から顔を上げる。

ウィルはわずかに眉を寄せた。

「なぜ、アリスが姉さまで、オレがおじさまなんだ」

その言葉に、エレナはきょとんと首を傾げる。

「だって、アリス姉さまは若いでしょ?」

あまりにも当然のように言われて、アリスは思わず苦笑した。

「エレナ様、私、もう28歳なんですよ」

そう言うと、エレナはぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「えっ?」

「全然見えない」

今度はルーカスまで驚いたようにアリスの顔を見つめていた。

アリスは昔から、実年齢より幼く見られることが多かった。

「まぁ、実際、若く見えるからな」

ウィルが小さく苦笑する。

「おじさまも、そんなにおじさまじゃないよ?」

エレナが慌てたように付け加えると、今度はエドワードが吹き出した。

「一応、気は遣ってくれているみたいだな」

「兄上まで……」

ウィルは少し不満そうな表情を浮かべて、ため息をつく。

その様子がおかしくて、アリスはつい吹き出してしまう。

気づけば、トルシアへ来て、もうそろそろ半年が過ぎようとしていた。

自分がこうしてトルシア王家の方々と温かな時間を過ごすことになるなんて、最初は想像もしていなかった。

けれど今は、この温かな空気がとても心地よくて――この場所にいることを、許された気がした。