ミルバーグ王宮内の謁見の間へ向かいながら、ふとアリスのことを思い出していた。
遠慮深く、自分から手を伸ばすことはほとんどない。
とても脆く見えるが、それでいて一人で立てる強さを持つ女性だ。
少しの言葉だけで嬉しそうに頬を染める姿を思い浮かべ、ウィルは一瞬目を細める。
――彼女のあの笑みを、守り続ける。
謁見の間の前で足を止め、重厚な扉を前に一度だけ息を吐いた。
余計な思考をそこで切り、ゆっくりと吸い直して整えると、視線を上げる。
迷いは、最初からない。
静かに扉が開かれた。
―――――――――――――――
「アルベルト国王陛下、レオンハルト王太子殿下、ご無沙汰しております」
ウィルは深々と正式な礼をする。
「あぁ、久しいな」
「お久しぶりです」
「この度は、ミルバーグ第二王女アリス様との婚姻につき、ご許可を賜りたく、お伺いいたしました」
アルベルト国王は、ウィルをまっすぐに見据えた。
「手紙で内容は把握している。一つ聞きたい」
低く、よく通る声だった。
「なぜ、アリスを伴侶に選んだのだ。たしかに、ゼリアの抑えにはなっているのだろう。だが、娘を娶ることで、そなたの立場が危うくなるやもしれん」
王としての問いであり、同時に父としての言葉でもあった。
ウィルはわずかに息を整え、迷いなく答える。
「アリス王女を伴侶にしたいと、私が望みました。それ以上の理由はありません」
その言葉に、王は一瞬だけ目を見開く。
だが、すぐに表情を戻し、小さくうなずいた。
「……そうか」
その隣で、レオンハルトが口を開く。
「ウィル殿下に不測の事態があれば、婚姻を白紙と書いてある。これが婚姻の条件ということですか」
淡々とした声音の奥に、わずかな緊張が混じる。
「えぇ。それが条件です」
ウィルは視線を逸らさずに答え、わずかに言葉を置いた。
「……そのような事態にならぬよう、尽力いたします」
その一言に、レオンハルトはわずかに眉を寄せる。
「やはり、分からないな。なぜ、アリスなのですか。ウィル殿下であれば、いくらでも望ましい相手がいるでしょうから」
ウィルは一度だけ目を伏せ、それから視線を上げる。
「……他を望んだことはありません」
レオンハルトの視線がわずかに鋭さを増す。
「それだけで納得できると?」
その問いに対し、ウィルは一瞬だけ沈黙した。
「……ご理解いただけなくとも」
わずかに息を吐き、言葉を続ける。
「アリス王女以外を伴侶に迎えるつもりはありません」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、王が口を開く。
「……ウィル殿は、娘のことを偏見なく見ているのだな」
かすかに苦い表情を浮かべる。
「家族なのにと思うであろう。だが……娘がこれまでどう見られてきたかは、嫌というほど知っている」
わずかに視線を落とし、自嘲気味に続ける。
「その結果、娘を塔へ閉じ込めた」
ウィルは何も言わず、その言葉を受け止めていた。
やがて王は顔を上げ、レオンハルトへと視線を向ける。
レオンハルトはしっかりとうなずいた。
「……そなたの誠実な人柄は知っている。アリスを選ぶというのであれば――許可しよう」
一度、言葉を切る。
「それから」
わずかに間を置き、続ける。
「これは、王としてではなく、親としての願いだ」
その言葉とともに、王はわずかに頭を下げた。
「どうか、娘をよろしく頼む」
それに合わせるように、レオンハルトも礼を取る。
ウィルは一歩進み出た。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げたまま、しばらく顔を上げなかった。
アリスを選ぶ。
これからも、その先も。
その決意は、決して揺らがなかった。



