ウィルは、週に2、3度ほど塔を訪れるようになっていた。
「今日は、お仕事はお休みなのですか」
珍しく午前中に訪ねてきた彼に、アリスは少し驚いたように問いかける。
「会議が夕方頃から、それまでは休みです」
そう答えるウィルに、アリスは一瞬迷いながらも思い切って口を開いた。
「あの……でしたら、昼食をご一緒にいかがですか」
「あぁ、だが準備が大変だろう。迷惑では?」
首を振る。
「いえ……その、大したものはお出しできませんけど」
「では、お願いします」
「はい。今から準備しますので」
そのとき、お茶の準備のため応接室に入ってきたリリスが、そっと口を挟んだ。
「姫様、料理の準備でしたら、私一人でも行えますから」
アリスは一瞬だけ迷い、それからウィルへと視線を向ける。
「……ウィル様が嫌でなければ、私の作った料理を食べていただきたくて……その」
視線をさまよわせて、言葉が途切れる。
ウィルは思わず笑みを浮かべた。
「楽しみにしている」
そう言ってから、軽く肩をすくめる。
「では、出来るまで、いつものベンチで休ませてもらいます」
「はい。出来たらお呼びしますね」
アリスはほっとしたように、嬉しそうに頷いた。
リリスは、そんなアリスの様子を見ながら、そっと口元を緩めていた。
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アリスは、鶏肉と野菜の煮込みを作ることにした。
自分でも何度も作ったことがある、失敗の少ない料理だ。
手を動かしながらも、次第に不安が胸の奥に広がっていく。
――ウィル様の屋敷で食べたバラクさんの料理は、手が込んでいてとても美味しかった。
ふとそのことを思い出し、アリスは隣で準備を進めているリリスへと声をかけた。
「よく考えたら……こんな簡単で質素な料理、ウィル様のお口に合うかしら」
リリスは小さく息をつく。
「少しは自信をお持ちください。それに、ウィル殿下は騎士ですから、遠征ではもっと簡素な料理も召し上がっているはずですよ」
「そうよね。でも……せっかく昼食にお誘いしたのに」
それでもなお迷いを拭いきれないまま、アリスは手を止めずに料理を続ける。
その様子を見て、リリスは柔らかい声で続けた。
「ウィル殿下は、アリス様を婚約者に選ばれたのです。その婚約者が作られた料理なら、きっと喜んで召し上がってくださいますよ」
その言葉に、アリスの頬がふわりと赤く染まる。
「……婚約者、でいいのかしら」
最後は、リリスにも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
それからほどなくして、食事の準備が整った。
―――――――――――――――
ウィルが料理に手を伸ばすのを見て、アリスは思わず口を開いた。
「あの……お口に合わなければ、残していただいても構いませんから」
「いや、美味しそうだ。食べても?」
「あ、はい。どうぞ」
つい、その様子をじっと見つめてしまう。
ウィルは一瞬だけ視線を上げ、わずかに苦笑した。
「アリス。そんなに見られていると、さすがに食べづらい」
はっとして、アリスは顔を赤くする。
「そ、そうですよね。すみません」
慌てて視線を落とした。
ウィルは何も言わずに一口、料理を口に運ぶ。
それからもう一口食べ進めてから、顔を上げた。
「……うまいな」
「お、お口に合ったなら良かったです」
アリスはホッと息をつく。
「王女の手料理を食べられるとは思っていなかった」
わずかに口元が緩む。
「そういえば、屋敷でもバラクの料理を手伝っていたな」
「あの、でも、本当に少しですけれど」
「また作ってもらえるか?」
思いがけない言葉に、アリスは目を瞬かせた。
「え……?」
「他の料理も食べてみたい」
「はい」
嬉しそうに返事をしてから、アリスもそっと料理に手を伸ばす。
言葉は多くないまま、それでも時折、短いやり取りを交わしながら、昼食はゆっくりと進んでいった。
一緒にいることにまだ慣れない。
――それでも、傍にいるだけで幸せを感じられた。
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それ以降も、忙しい合間を縫うように、ウィルは顔を見せてくれた。
ただ、会う場所は決まっていない。
林のベンチだったり、応接室だったり――その日によって変わる。
そんなある日の、帰り際だった。
「明日から、出かける用事があるので、1週間ほど来られない」
不意に告げられた言葉に、アリスはわずかに目を見開く。
「分かりました。あの……」
言いかけて、心配そうな表情を浮かべる。
それを察したように、ウィルが続けた。
「騎士としての仕事ではないから大丈夫だ」
そして、少しだけ表情を和らげる。
「それに、オレにはこれもある」
と手首の守り紐を袖からのぞかせる。
「……戻ったら、必ずここに来る」
その言葉に、アリスの頬がほんのりと赤くなる。
「あの……お気をつけて」
「あぁ。では、おやすみ」
ウィルが見えなくなるまで、アリスはただその背を見つめていた。



