仕事へ向かう前。
玄関ホールでクララを見つけたウィルは足を止めた。
「クララ」
「はい」
「来週、姫の誕生日と聞いたのだが」
クララは一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに頷いた。
「えぇ、存じております」
そして、どこか嬉しそうに続ける。
「屋敷の皆も、お祝いをしたいと申しておりましたので、そろそろ旦那様へご相談しようかと思っていたところです」
ウィルは頷く。
「その日は泊まりの訓練がある。戻れない」
わずかに眉を寄せてから続けた。
「皆がしたいようにしてやってほしい」
「かしこまりました」
クララは頭を下げる。
「頼む」
そう言って立ち去ろうとしたところで、ウィルの足が止まった。
「……それから」
珍しく言葉を探すように沈黙する。
クララは急かすことなく、その続きを待った。
やがてウィルは深く息を吐く。
「何を贈ればいいのか分からない」
クララはわずかに目を細めた。
「そうですね」
少し考えてから答える。
「ネックレスなどいかがでしょうか。きっとお喜びになるかと」
ウィルはしばらく考え込み、それから頷いた。
「分かった」
そう言うと今度こそ踵を返す。
「行ってらっしゃいませ」
クララの声を背に受けながら、ウィルは屋敷を後にした。
――手配する必要があるな。
今からでは誕生日には間に合わないだろうが。
仕方がないか。
―――――――――――――――
その日はアリスの28歳の誕生日だった。
普段と変わりなく、庭での作業をすませ、いつものようにアリスは昼食の準備を手伝うため、厨房へ向かっていた。
厨房へ入ると、バラクがすでに昼食の準備を進めていた。
「あの、今日は何をお手伝いすればよろしいでしょうか」
アリスが声をかけると、バラクは手を止めて振り返った。
そして少し困ったように笑う。
「申し訳ありませんが、本日は結構です」
「え?」
アリスは目を瞬かせた。
「本日はアリス様のお誕生日ですから、手伝って頂くわけにはいきませんので」
アリスは小さく目を見開いた。
「そんな、お気遣いいただかなくても……」
思わずそう言うと、バラクは苦笑する。
「アリス様」
「はい」
「クララさんのお誕生日の時は、アリス様が祝っておられたじゃないですか」
確かに、少し前にクララの誕生日を皆で祝った。
「腕によりをかけますから、期待して待っていてください」
バラクはそう言って、自分の腕を軽く叩いた。
アリスは少しクスっと笑う。
「……楽しみです」
バラクは満足そうに頷いてから、付け加えるように続けた。
「ですので、お昼は食堂へお越しください」
「わかりました」
アリスは頷いた。
―――――――――――――――
しばらくして、クララが食事の準備が整ったと呼びに来た。
食堂へ入った瞬間、思わず足を止める。
テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。
香りだけでも、いつも以上に手が込んでいることが分かった。
「どうぞ」
クララに促され、アリスは席へ着く。
その隣ではリリスが給仕の準備をしていた。
最初の一口を口に運んだ瞬間、アリスは思わず目を丸くする。
「美味しい……」
煮込み料理も、焼きたてのパンも、どれも驚くほど美味しい。
「お気に召したようで何よりです」
クララが穏やかに言った。
「はい。本当に美味しいです」
アリスは嬉しそうに微笑んだ。
食事が終わりに近づいた頃だった。
食堂の扉が開く。
最初に入ってきたのはバラクだった。
その後ろにはイメルダ、テリー、そして数名の使用人たちの姿もある。
皆で何かを運んでいた。
「え……?」
思わず立ち上がりかける。
テーブルの中央へ置かれたのは、とても大きな苺のホールケーキだった。
真っ白なクリームの上には真っ赤な苺が並び、甘い香りが広がる。
そして。
「お誕生日おめでとうございます、アリス様」
テリーが代表するようにそう告げた。
「おめでとうございます」
皆が口々に祝いの言葉を贈る。
アリスは一瞬言葉を失った。
まさかこんなふうに祝ってもらえるとは思っていなかった。
「ありがとうございます……」
ようやくそれだけを口にできた。
「こちらも皆からです」
イメルダが包みを差し出す。
アリスが開くと、中には上質な布や色とりどりの刺繍糸が入っていた。
思わず目を見開く。
どれも手芸好きのアリスには嬉しいものばかりだった。
「皆で相談して、選びました」
イメルダが少し照れくさそうに笑う。
「アリス様なら喜んでくださると思いまして」
アリスは贈り物を大切そうに抱えた。
「すごく嬉しいです。大切に使わせていただきます」
その様子を見ながら、クララが口を開く。
「アリス様」
「はい?」
「よろしければ、私たちもご一緒にケーキをいただいてもよろしいでしょうか」
アリスは目を瞬かせる。
「え……?」
クララは微笑んだ。
「以前、私の誕生日を祝っていただいた時、アリス様もご一緒にケーキを召し上がっておられましたでしょう」
「その時、とても楽しそうにしておられましたので」
アリスの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか。ぜひ!」
その笑顔を見て、使用人たちも自然と笑みを浮かべる。
リリスもまた、嬉しそうにその様子を見つめていた。
やがて切り分けられたケーキが配られていく。
賑やかな会話が交わされる中、アリスは笑みを浮かべた。
――こんな誕生日を迎えたのは初めてかもしれない。
アリスは目の前の苺のケーキを見つめた。



