王宮の一室。
すでに報告を受けていた国王のもとに、重臣たちが集められていた。
室内には、言葉を選ぶような緊張が満ちている。
その中で、グレイグ・ハルトマン副団長が一歩進み出た。
「先ほど、塔にてミルバーグの王女への襲撃が発生しました」
「団長は現場におります。現在、王女の安全確保を最優先に対応中です」
国王は短くうなずく。
「……塔は、安全とは言えないな」
宰相が静かに口を開いた。
「再度の襲撃も想定すべきでしょう」
内務卿も続ける。
「現状の警備体制では、不十分かと存じます」
わずかな沈黙が落ちる。
その間を測るように、グレイグが口を開いた。
「団長は、王女を自身の屋敷へ移動させる判断を下しております」
国王の視線が上がる。
「……許可を求めているのだな」
「はい。護衛の増強および馬車の手配は、許可が下り次第、即時実行可能です」
国王は一度だけ目を閉じ、短く指示を出す。
「許可する」
「はっ」
グレイグは深く頭を下げる。
国王は続ける。
「団長の判断を優先し、王女の安全を最優先とする」
「承知いたしました」
この場の方針は決まった。
――――――――――
どれくらい時間が経ったのか分からないまま、騎士の人数が増え、馬車が到着した。
リリスはまだ眠っている。
どうしようかと迷っていると、ダリアさんが一歩前に出た。
「姫様、私が残りますから。意識が回復次第、リリスさんは団長の屋敷へお連れします」
その言葉に、顔を上げる。
「……お願いします、ダリアさん」
「お任せください」
ダリアさんはしっかりとうなずいた。
ウィル様は変わらぬ落ち着きで、馬車へと案内してくれた。
手を添えられ、座席に腰を下ろすと、
「少し、お待ちください」
そう言って扉が閉められた。
その瞬間だった。
張り詰めていたものが、一気にほどけた。
すごく、怖かった……。
体が震え出し、涙が溢れだす。
あのとき、リリスを庇った瞬間――死にたくないと思った。
そして同時に、庇ったことを後悔したことにも気づいてしまった。
――もし、もう一度同じことが起きたら。
きっと、リリスを庇えないかもしれない。
そう思ってしまう、自分の心もどうしようなく嫌だった。
震える体を両手で押さえる。
でも、抑えようとするほどに、涙は止まってくれなくて。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します」
ウィル様が中へ入ってくる。
間に合うはずもない。
一番見られてはいけない姿を、あっさりと見られてしまった。
ウィル様は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐにそれを消す。
何事もなかったかのように、私の斜め前の席へ腰を下ろした。
――早く泣き止まないと
私はうつむき、ハンカチを取り出して顔に当てる。
必死に涙を止めようとする。
この時ばかりは、ウィル様の無関心さに救われた気がした。
しばらくして、ようやく落ち着く。
「……見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
なんとか声を絞り出す。
「いえ」
ウィル様は一度だけ私を見て、すぐに視線を外す。
ひとつだけ気になっていたことを口にする。
「あの、騎士の方々にお怪我はありませんでしたか?」
ウィル様は視線を戻した。
「ええ、大丈夫です」
その言葉に、私はほっと息をついた。
自分のせいで誰かが傷つくことだけは、耐えられない。
そのとき、
「……あのようなことは、もう絶対にしないでください」
怖いくらいの低い声が落ちる。
一瞬、意味が分からなかった。
けれどすぐに、理解する。
「あのときは……ただ、とっさに体が動いてしまって」
「一歩間違えれば、命を落としていました」
はっきりとした言葉が落ちてくる。
私は思わず息を詰めた。
「分かっています。私のせいで、リリスまで――」
最後まで言い切る前に、
「私が言いたいのは、そういうことではありません」
言葉を遮られた。
その声音には、わずかに苛立ちが混じっている。
私は思わず顔を上げた。
「王女が侍女を庇って命を落とすなど、許されることではありません」
「あなたには、王女としての自覚が足りなさすぎる」
はっきりと言い切られる。
リリスと同じ言葉だった。
そんなことは、言われなくても分かっている。
それでも
「それは、守る価値があるなら……かと」
気づけば、言葉が出ていた。
「不吉を呼ぶ姫のために命を落とすなんて……そんなこと、あってはいけませんから」
その言葉に、ウィル様は小さく息をついた。
「私には、あなたが不吉を呼ぶ存在には見えませんが」
淡々としているが、どこかきっぱりとした声だった。
「髪と目の色が違う、それだけです」
そして一瞬だけ視線を落とす。
「……もっとも、我が国の事情にあなたを巻き込んでいるのは事実です。その点については、弁解の余地もありませんが」
――私を、普通の人として扱う言葉。
何も言えず、ただウィル様を見つめる。
それに気づいたのか、彼はわずかにため息をついた。
「……失礼しました」
「兄も、同じことをしたことがありまして。少し私情が入りました」
「い、いえ……大丈夫です」
うまく言葉にならないまま、なんとか返す。
再び、沈黙が落ちる。
こんなふうに言葉を交わしたのも、感情を見せられたのも、初めてだった。
――たぶん、私に対してではない。
お兄様……きっと国王様のことなのだろう。
でも、ウィル様はひとつだけ、分かっていない。
「……着きました」
馬車が止まり、声がかかる。
ウィル様が扉に手をかける。
「あの」
思い切って声をかけた。
ウィル様が振り返る。
「余計なことかもしれませんが……」
一瞬、息を整える。
「ウィル様が大切にされている方々も、同じくらい心配されていると思います」
わずかに、目が見開かれる。
けれど何も言わず、視線を戻す。
怒らせたかもしれない。
そう思った瞬間――
「……覚えておきます」
扉を開けながら、ウィル様は低く言った。



