聖クラウン祭から二週間後。
私立聖クラウン学園に、静かな異変が起きていた。
校内掲示板ランキング。
購買部人気商品。
非公式ファンクラブ会員数。
昼休みの中庭人口密度。
そのすべてにおいて、ある二人組が学園を席巻していた。
白銀の王子・天城恒一。
黄金の問題児・如月ハル。
通称『王子と問題児』
なお、天城本人はその呼称を断固拒否している。
ある日の生徒会室で、天城は掲示板の張り紙を見て頭を抱えていた。
【速報】王子、靴下左右違いの件で問題児を追いかける。
「なぜ毎朝観測されているんですか……」
「人気者じゃん」
「他人事みたいに言わないでください。原因はあなたです」
「靴下のこと?」
「全部です!」
「……如月」
「すぴー」
「起きてください」
「あと五分」
「ここ生徒会室です」
「知ってる」
「知ってて寝るな!」
天城は額を押さえた。
なぜこうなったのか。
理由は簡単である。
聖クラウン祭後、理事長の鶴の一声がかかった。
「如月ハルくんを、生徒会庶務補佐に任命します」
しかし、如月は言った。
「嫌です」
「だめです」
「え?」
結果、如月は、生徒会庶務補佐に任命され、天城は生徒会長兼如月監視役に任命されたのだった。
如月、生徒会役員、初日。
「では如月、職員室から書類をもらってきてください」
「了解」
三十分経って、やっと戻ってきた。
職員室に行く途中で、猫と遊び、パンを買い、中庭で寝転び、なぜか園芸部を手伝っていたという。
「なぜ薔薇に水を」
「なんか気になったから」
「職員室からの書類は」
「無事です」
「しわしわです!」
生徒会会議。
本来なら厳粛な空気で進むはずが、
「次の議題、文化部予算配分について──」
「天城」
「なんですか」
「これ」
「……?」
「会議資料に混ざってた」
一枚の紙。
そこには。
【天城恒一・笑顔特集】
(文化祭舞台裏隠し撮り)
「…………」
「女子こわ」
「提出しないでください!」
副会長(女子)は静かに咳払いした。
「ちなみに生徒会内回覧率、現在100%です」
「なぜですか!?」
「癒やし」
「副会長!」
* * *
九月。
生徒会の仕事で校内各部活を巡回する日。
如月が一緒について来たのは、単純に「暇だったから」らしい。
最初の訪問先は茶道部だった。
静謐な和室。流れる緊張感。湯の音だけが響く空間。
開口一番、如月が言った。
「天城、正座つらくない?」
「静かにしてください」
「俺、めっちゃつらい」
「なんでついてきた!」
次は写真部。
「撮っていいですか?」
と言われ、如月は、
「いいよ」
と、答えた。
出来上がった写真が、後日文化部通信の表紙を飾った。
題名は『光』だった。
「なぜ、あなたが表紙なんですか」
「顔、かな」
「生徒会長の私より目立たないでください」
* * *
十二月。
生徒会はクリスマス装飾の取りまとめを担当する。
天城が指示書を作り、業者と折衝し、設置場所を細かく決めた。
如月の担当は、正面玄関のツリー飾りつけ。
簡単な作業のはずだった。
三時間後。
「……如月」
「完成」
「……これは」
「どう?」
「ツリーより、あなたが目立っています」
クリスマスツリー、高さ二メートル。
頂上に星。
周囲にオーナメント。
全部、正しく飾られていた。
問題は如月がツリーの隣に立っていることで、なぜか全員がツリーより先に如月を見た。
「飾りつけが終わったら離れてください」
「いや、バランス見てて」
「バランスの問題ではありません」
「あと星、ちょっと曲がってる」
「では直してください」
「届かない」
「……」
天城は脚立を持ってきた。
如月を押しのけて自分で星を直した。
その構図を、通りかかった写真部員が撮影した。
翌日、非公式ファンクラブの壁紙が更新されたことを、天城は三日後に知った。
クリスマスイブ。
生徒会室に残って書類を片付けていると、如月が缶ホットコーヒーを二本持ってきた。
「残業?」
「仕事です」
「手伝う」
「あなたが増やした分もあります」
「……じゃあ、責任とって手伝う」
珍しく、如月は本当に手伝った。
しかも、意外と字が丁寧だった。
「……字、きれいですね」
「そこだけ?」
「むしろ、なぜ、そこだけなんですか」
「書くの好きだから」
「……」
知らなかった、と天城は思った。
いつも雑で、忘れて、転んでいる如月が、字だけはひとつひとつ丁寧に書く。
その事実が、なぜか少しだけ、心に引っかかった。
「如月」
「ん?」
「……字、もっと活かせばいいのに」
「え、褒めてる?」
「事実を言っています」
「褒めてんじゃん」
如月は、にやにやしながらコーヒーを飲んだ。
天城は目を逸らして、書類の続きに集中した。
窓の外で、雪が降り始めていた。
* * *
三月。
聖クラウン学園に春が来た。
校門の前に、桜が五分咲きだった。
登校してくる生徒たちが、それぞれの形で新しい季節を迎える準備をしている。
天城はいつも通り、六時半に如月を迎えに行った。
玄関ドアを三回ノックすると、今日は珍しく、ちゃんとドアから出てきた。
「おはよう」
「……靴下は」
「両方おなじ」
「ネクタイは」
「自分でやった」
確認すると、ネクタイはほぼ正しく結ばれていた。
少しだけ緩かったが、天城は何も言わなかった。
登校道に桜が散っていた。
如月はしばらく黙って歩いていたが、不意に言った。
「もうすぐ三年になるね」
「そうですね」
「天城ってさ」
「なんですか」
「来年も生徒会長やるの?」
「当然です」
「俺は?」
「あなたは庶務補佐継続です」
「自動更新?」
「問題がありますか?」
「別に」
如月は空を見上げながら、ふっと笑った。
「ない」
たったそれだけの返事だったが、天城はなぜか少しだけほっとした。
その感情に名前をつけることは、まだしていない。
しなくても、たぶん、いい。
校門に近づくと、新入生と思しき一団が緊張した顔で立っていた。
入学式は明日だが、下見に来たらしい。
一人が天城に気づき、ひそひそと隣に話しかけた。
「ねえ、あの人……」
「有名な人?」
「生徒会長の天城先輩じゃない?」
次の瞬間。
「天城ー! ネクタイ曲がってるよ!」
如月が、当たり前みたいに、天城のネクタイを直した。
全校、静止。
新入生、沈黙。
そして。
「逆もあるの!?」
「供給過多!」
「聖クラウンに受かってよかった!」
天城はもう、訂正しなかった。
……少なくとも、以前ほど本気では。
ため息をつきながらも、どこか少しだけ、諦めたように笑う。
「……まったく」
「なに?」
「あなたは本当に」
「うん」
「問題児です」
「今更?」
「ですが」
「ん?」
「……悪くありません」
「それ、前も言ってた」
「もう言いません」
「録音しよ」
「やめなさい!」
放課後。
生徒会室の窓から、夕陽が差し込んでいた。
珍しく、如月はソファで寝ていなかった。
「……」
「珍しいですね」
「なにが」
「静かです」
如月は窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「なんかさ」
「?」
「前の学校より、今のほうが好きかも」
天城は、少しだけ手を止めた。
「……そうですか」
「うん」
「なぜ」
「だって」
如月は笑う。
「怒りながら迎えに来るし」
「嫌々です」
「昼くれるし」
「ついでです」
「ちゃんと見てくれるし」
「……」
夕陽の中、その言葉は、思ったより静かに響いた。
「……あなたは」
「うん?」
「放っておくと危険ですから」
「ふは」
「笑うな」
如月は、少しだけ目を細めた。
「でもさ」
「?」
「そういうの、嫌いじゃない」
その瞬間。
天城、ペン先を滑らせ、重要書類にインクを飛ばす。
「っ!?」
「え、今」
「見ないでください!」
「動揺した?」
「してません!」
「したなー」
「してません!」
聖クラウン学園は、本日も平和ではない。
完璧じゃない王子と、問題だらけの隣人。
騒がしくて、少し特別で、どこか温かいその日々は、これからもずっと続いていく。
朝、如月はたぶんまた靴下を左右違えて。
天城はたぶんまた嫌々迎えに行って。
どこかで猫と遊び、パンに釣られ、書類をしわしわにしながら。
それでも毎日、同じ道を、同じ速度で、並んで歩く。
白銀の王子の隣には、
今日も、問題児がいる。
< 了 >
私立聖クラウン学園に、静かな異変が起きていた。
校内掲示板ランキング。
購買部人気商品。
非公式ファンクラブ会員数。
昼休みの中庭人口密度。
そのすべてにおいて、ある二人組が学園を席巻していた。
白銀の王子・天城恒一。
黄金の問題児・如月ハル。
通称『王子と問題児』
なお、天城本人はその呼称を断固拒否している。
ある日の生徒会室で、天城は掲示板の張り紙を見て頭を抱えていた。
【速報】王子、靴下左右違いの件で問題児を追いかける。
「なぜ毎朝観測されているんですか……」
「人気者じゃん」
「他人事みたいに言わないでください。原因はあなたです」
「靴下のこと?」
「全部です!」
「……如月」
「すぴー」
「起きてください」
「あと五分」
「ここ生徒会室です」
「知ってる」
「知ってて寝るな!」
天城は額を押さえた。
なぜこうなったのか。
理由は簡単である。
聖クラウン祭後、理事長の鶴の一声がかかった。
「如月ハルくんを、生徒会庶務補佐に任命します」
しかし、如月は言った。
「嫌です」
「だめです」
「え?」
結果、如月は、生徒会庶務補佐に任命され、天城は生徒会長兼如月監視役に任命されたのだった。
如月、生徒会役員、初日。
「では如月、職員室から書類をもらってきてください」
「了解」
三十分経って、やっと戻ってきた。
職員室に行く途中で、猫と遊び、パンを買い、中庭で寝転び、なぜか園芸部を手伝っていたという。
「なぜ薔薇に水を」
「なんか気になったから」
「職員室からの書類は」
「無事です」
「しわしわです!」
生徒会会議。
本来なら厳粛な空気で進むはずが、
「次の議題、文化部予算配分について──」
「天城」
「なんですか」
「これ」
「……?」
「会議資料に混ざってた」
一枚の紙。
そこには。
【天城恒一・笑顔特集】
(文化祭舞台裏隠し撮り)
「…………」
「女子こわ」
「提出しないでください!」
副会長(女子)は静かに咳払いした。
「ちなみに生徒会内回覧率、現在100%です」
「なぜですか!?」
「癒やし」
「副会長!」
* * *
九月。
生徒会の仕事で校内各部活を巡回する日。
如月が一緒について来たのは、単純に「暇だったから」らしい。
最初の訪問先は茶道部だった。
静謐な和室。流れる緊張感。湯の音だけが響く空間。
開口一番、如月が言った。
「天城、正座つらくない?」
「静かにしてください」
「俺、めっちゃつらい」
「なんでついてきた!」
次は写真部。
「撮っていいですか?」
と言われ、如月は、
「いいよ」
と、答えた。
出来上がった写真が、後日文化部通信の表紙を飾った。
題名は『光』だった。
「なぜ、あなたが表紙なんですか」
「顔、かな」
「生徒会長の私より目立たないでください」
* * *
十二月。
生徒会はクリスマス装飾の取りまとめを担当する。
天城が指示書を作り、業者と折衝し、設置場所を細かく決めた。
如月の担当は、正面玄関のツリー飾りつけ。
簡単な作業のはずだった。
三時間後。
「……如月」
「完成」
「……これは」
「どう?」
「ツリーより、あなたが目立っています」
クリスマスツリー、高さ二メートル。
頂上に星。
周囲にオーナメント。
全部、正しく飾られていた。
問題は如月がツリーの隣に立っていることで、なぜか全員がツリーより先に如月を見た。
「飾りつけが終わったら離れてください」
「いや、バランス見てて」
「バランスの問題ではありません」
「あと星、ちょっと曲がってる」
「では直してください」
「届かない」
「……」
天城は脚立を持ってきた。
如月を押しのけて自分で星を直した。
その構図を、通りかかった写真部員が撮影した。
翌日、非公式ファンクラブの壁紙が更新されたことを、天城は三日後に知った。
クリスマスイブ。
生徒会室に残って書類を片付けていると、如月が缶ホットコーヒーを二本持ってきた。
「残業?」
「仕事です」
「手伝う」
「あなたが増やした分もあります」
「……じゃあ、責任とって手伝う」
珍しく、如月は本当に手伝った。
しかも、意外と字が丁寧だった。
「……字、きれいですね」
「そこだけ?」
「むしろ、なぜ、そこだけなんですか」
「書くの好きだから」
「……」
知らなかった、と天城は思った。
いつも雑で、忘れて、転んでいる如月が、字だけはひとつひとつ丁寧に書く。
その事実が、なぜか少しだけ、心に引っかかった。
「如月」
「ん?」
「……字、もっと活かせばいいのに」
「え、褒めてる?」
「事実を言っています」
「褒めてんじゃん」
如月は、にやにやしながらコーヒーを飲んだ。
天城は目を逸らして、書類の続きに集中した。
窓の外で、雪が降り始めていた。
* * *
三月。
聖クラウン学園に春が来た。
校門の前に、桜が五分咲きだった。
登校してくる生徒たちが、それぞれの形で新しい季節を迎える準備をしている。
天城はいつも通り、六時半に如月を迎えに行った。
玄関ドアを三回ノックすると、今日は珍しく、ちゃんとドアから出てきた。
「おはよう」
「……靴下は」
「両方おなじ」
「ネクタイは」
「自分でやった」
確認すると、ネクタイはほぼ正しく結ばれていた。
少しだけ緩かったが、天城は何も言わなかった。
登校道に桜が散っていた。
如月はしばらく黙って歩いていたが、不意に言った。
「もうすぐ三年になるね」
「そうですね」
「天城ってさ」
「なんですか」
「来年も生徒会長やるの?」
「当然です」
「俺は?」
「あなたは庶務補佐継続です」
「自動更新?」
「問題がありますか?」
「別に」
如月は空を見上げながら、ふっと笑った。
「ない」
たったそれだけの返事だったが、天城はなぜか少しだけほっとした。
その感情に名前をつけることは、まだしていない。
しなくても、たぶん、いい。
校門に近づくと、新入生と思しき一団が緊張した顔で立っていた。
入学式は明日だが、下見に来たらしい。
一人が天城に気づき、ひそひそと隣に話しかけた。
「ねえ、あの人……」
「有名な人?」
「生徒会長の天城先輩じゃない?」
次の瞬間。
「天城ー! ネクタイ曲がってるよ!」
如月が、当たり前みたいに、天城のネクタイを直した。
全校、静止。
新入生、沈黙。
そして。
「逆もあるの!?」
「供給過多!」
「聖クラウンに受かってよかった!」
天城はもう、訂正しなかった。
……少なくとも、以前ほど本気では。
ため息をつきながらも、どこか少しだけ、諦めたように笑う。
「……まったく」
「なに?」
「あなたは本当に」
「うん」
「問題児です」
「今更?」
「ですが」
「ん?」
「……悪くありません」
「それ、前も言ってた」
「もう言いません」
「録音しよ」
「やめなさい!」
放課後。
生徒会室の窓から、夕陽が差し込んでいた。
珍しく、如月はソファで寝ていなかった。
「……」
「珍しいですね」
「なにが」
「静かです」
如月は窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「なんかさ」
「?」
「前の学校より、今のほうが好きかも」
天城は、少しだけ手を止めた。
「……そうですか」
「うん」
「なぜ」
「だって」
如月は笑う。
「怒りながら迎えに来るし」
「嫌々です」
「昼くれるし」
「ついでです」
「ちゃんと見てくれるし」
「……」
夕陽の中、その言葉は、思ったより静かに響いた。
「……あなたは」
「うん?」
「放っておくと危険ですから」
「ふは」
「笑うな」
如月は、少しだけ目を細めた。
「でもさ」
「?」
「そういうの、嫌いじゃない」
その瞬間。
天城、ペン先を滑らせ、重要書類にインクを飛ばす。
「っ!?」
「え、今」
「見ないでください!」
「動揺した?」
「してません!」
「したなー」
「してません!」
聖クラウン学園は、本日も平和ではない。
完璧じゃない王子と、問題だらけの隣人。
騒がしくて、少し特別で、どこか温かいその日々は、これからもずっと続いていく。
朝、如月はたぶんまた靴下を左右違えて。
天城はたぶんまた嫌々迎えに行って。
どこかで猫と遊び、パンに釣られ、書類をしわしわにしながら。
それでも毎日、同じ道を、同じ速度で、並んで歩く。
白銀の王子の隣には、
今日も、問題児がいる。
< 了 >



