大尼君たちの乗り物が宇治の院に到着した。
乗り物から出るときにひどく苦しまれるので、大騒ぎになる。
ご容態が少し落ち着いたのを見届けてから、
「あの女性はどうなった」
と僧都は弟子にお尋ねになった。
「ずいぶん衰弱しております。何も申しませんし、息もかすかです。まるで妖怪に魂を奪われた人のようで」
「何のお話ですか」
そばにいた尼君が怪しんでお尋ねになった。
僧都は事情を説明して、
「六十年以上生きてきたが、こんなにめずらしいことは初めてだ」
とおっしゃるやいなや、尼君は涙をこぼされる。
「長谷寺で観音様からお告げを受ける夢を見たのです。それに関係する人かもしれません。私にも会わせてください」
急いで尼君が病室に向かわれると、女は捨て置いたように寝かされていた。
たいそう若く美しい女で、上等な生地の白い着物に赤い袴を着けている。
着物に焚きしめられたすばらしい香りから、身分の高さが感じられる。
「あぁ、やっぱり。死んでしまった姫の生まれ変わりだ」
尼君は女房たちを呼ぶと、自分の部屋へ運びこませなさる。
発見されたときの不気味な様子を見ていない人たちだから、とくに怖がりもせず運んだ。
生きているかわからないほどの様子だったけれど、さすがに女はうっすらと目を開けた。
「気づきましたか。何かおっしゃってください。あなたは誰。どうやってここまでいらしたの」
尼君が尋ねても女はぼんやりとしているから、薬湯を飲ませてごらんになる。
するとますます弱っていって、今にも死にそうになってしまった。
<よけいなことをしたかもしれない。どうしよう>
尼君は兄僧都の弟子のところへ行って、
「死んでしまいそうなのです。どうかお祈りをしてください」
とお願いなさる。
「もう手遅れでしょう。中途半端な看病などなさらない方がよかったのに」
弟子はそう言いながらもお祈りを始めた。
僧都も様子を見にいらっしゃった。
「どんな具合だ。何が憑りついているのか、よく懲らしめて問いただせ」
とおっしゃるけれど、もはやそんな容態ではない。
弟子たちは集まって相談する。
「まもなく死ぬだろう。よく分からない死人が出たことで、私たちはしばらくこの院に籠らなければならなくなるぞ。面倒だな」
「しかも身分の高そうな人だ。死んだら僧都様は丁寧に弔おうとなさるはず。厄介なことになった」
死ぬことばかり話すので、尼君はむっとなさる。
「静かにしてください。私ができるかぎりの看病をします。この女性のことは誰にも言ってはいけませんよ。きっとご身分の高い人ですから、噂になったらお名前に傷がつきます」
大尼君の看病は放り出して、この女に付ききりになってしまわれる。
顔立ちがとても美しい病人なので、尼君は死なせてなるものかと世話をなさる。
女はときどき目を開けて、涙を流す。
「弱気になってはいけませんよ。長谷寺の観音様が、死んだ娘の代わりにあなたを私に授けてくださったのです。あなたまで死んでしまったら、私は娘を二度亡くすことになります。せっかく観音様のお導きで出会えたのですから、さぁ、何か少しでもおっしゃって」
必死に話しかけなさるけれど、女は弱々しい声で言った。
「私など生きていない方がよいのです。夜になったら、人目を避けて近くの川へ投げこんでください」
「めずらしく何かおっしゃってうれしいと思えば、なんと恐ろしいことを。どうしてそんなことをおっしゃるのです。川というのはどういうことですか。ここは宇治の院ですよ。どうやってここまでいらしたの」
なんとか女の素性を聞き出そうとなさるけれど、女はもう黙ってしまった。
<もしかしたら、どこか怪我をしているのでは>
尼君は女の体をご覧になる。
とくに痛そうなところはなく美しい。
それなのにどうして生きようとしないのかと、情けなくてお悲しい。
<妖怪が美しい娘に化けて、私の心をもてあそんでいるのかもしれない>
とさえ疑ってしまわれる。
乗り物から出るときにひどく苦しまれるので、大騒ぎになる。
ご容態が少し落ち着いたのを見届けてから、
「あの女性はどうなった」
と僧都は弟子にお尋ねになった。
「ずいぶん衰弱しております。何も申しませんし、息もかすかです。まるで妖怪に魂を奪われた人のようで」
「何のお話ですか」
そばにいた尼君が怪しんでお尋ねになった。
僧都は事情を説明して、
「六十年以上生きてきたが、こんなにめずらしいことは初めてだ」
とおっしゃるやいなや、尼君は涙をこぼされる。
「長谷寺で観音様からお告げを受ける夢を見たのです。それに関係する人かもしれません。私にも会わせてください」
急いで尼君が病室に向かわれると、女は捨て置いたように寝かされていた。
たいそう若く美しい女で、上等な生地の白い着物に赤い袴を着けている。
着物に焚きしめられたすばらしい香りから、身分の高さが感じられる。
「あぁ、やっぱり。死んでしまった姫の生まれ変わりだ」
尼君は女房たちを呼ぶと、自分の部屋へ運びこませなさる。
発見されたときの不気味な様子を見ていない人たちだから、とくに怖がりもせず運んだ。
生きているかわからないほどの様子だったけれど、さすがに女はうっすらと目を開けた。
「気づきましたか。何かおっしゃってください。あなたは誰。どうやってここまでいらしたの」
尼君が尋ねても女はぼんやりとしているから、薬湯を飲ませてごらんになる。
するとますます弱っていって、今にも死にそうになってしまった。
<よけいなことをしたかもしれない。どうしよう>
尼君は兄僧都の弟子のところへ行って、
「死んでしまいそうなのです。どうかお祈りをしてください」
とお願いなさる。
「もう手遅れでしょう。中途半端な看病などなさらない方がよかったのに」
弟子はそう言いながらもお祈りを始めた。
僧都も様子を見にいらっしゃった。
「どんな具合だ。何が憑りついているのか、よく懲らしめて問いただせ」
とおっしゃるけれど、もはやそんな容態ではない。
弟子たちは集まって相談する。
「まもなく死ぬだろう。よく分からない死人が出たことで、私たちはしばらくこの院に籠らなければならなくなるぞ。面倒だな」
「しかも身分の高そうな人だ。死んだら僧都様は丁寧に弔おうとなさるはず。厄介なことになった」
死ぬことばかり話すので、尼君はむっとなさる。
「静かにしてください。私ができるかぎりの看病をします。この女性のことは誰にも言ってはいけませんよ。きっとご身分の高い人ですから、噂になったらお名前に傷がつきます」
大尼君の看病は放り出して、この女に付ききりになってしまわれる。
顔立ちがとても美しい病人なので、尼君は死なせてなるものかと世話をなさる。
女はときどき目を開けて、涙を流す。
「弱気になってはいけませんよ。長谷寺の観音様が、死んだ娘の代わりにあなたを私に授けてくださったのです。あなたまで死んでしまったら、私は娘を二度亡くすことになります。せっかく観音様のお導きで出会えたのですから、さぁ、何か少しでもおっしゃって」
必死に話しかけなさるけれど、女は弱々しい声で言った。
「私など生きていない方がよいのです。夜になったら、人目を避けて近くの川へ投げこんでください」
「めずらしく何かおっしゃってうれしいと思えば、なんと恐ろしいことを。どうしてそんなことをおっしゃるのです。川というのはどういうことですか。ここは宇治の院ですよ。どうやってここまでいらしたの」
なんとか女の素性を聞き出そうとなさるけれど、女はもう黙ってしまった。
<もしかしたら、どこか怪我をしているのでは>
尼君は女の体をご覧になる。
とくに痛そうなところはなく美しい。
それなのにどうして生きようとしないのかと、情けなくてお悲しい。
<妖怪が美しい娘に化けて、私の心をもてあそんでいるのかもしれない>
とさえ疑ってしまわれる。



