新年になった。
山里にはまだ春らしさが見えず、川は凍ったままだから川音もしない。
静まりきった空気が心細い。
浮舟の君はふと匂宮様のことを思い出す。
<まだ宇治の山荘にいたころ、宮様が川向こうの隠れ家に私をお連れになった。あれも雪の日だった。『どれほど険しい雪道でも戸惑ったりはしない。あなたの魅力には惑わされているけれど』なんて甘いことをおっしゃったのだ>
宮様のことはすっかり嫌になってしまったけれど、あのときの思い出は胸にある。
筆を取って、
「ふりしきる雪を見ると昔のことを思い出して悲しい」
と書いた。
修行の合間に、こうして思ったことを書きためていく。
<私が山荘から姿を消したことを、『もう去年の出来事になってしまった』と思い出してくれている人もいるだろう>
母君や乳母、女房たちの顔を思い浮かべる。
地元の人が縁起物の若菜を届けてくれた。
雪の間から生えてきた若菜は生命力の象徴で、本格的な春が近づく合図でもある。
「尼姿におなりになったとはいえ、やはりあなたのご将来を期待してしまいます」
という言葉を添えて、尼君は若菜を浮舟の君におあげになった。
「今年からは私が尼君のために若菜を摘みましょう。どうか長生きしてくださいませ」
浮舟の君のお返事を聞いて、
<もう私だけが頼りだと思っていらっしゃるのだろう>
と尼君は同情なさる。
<ふつうの姿で私を頼ってくださっていたら、いくらでもご結婚のお世話をしたのに>
つくづく悲しくてお泣きになった。
お庭の紅梅が咲いた。
色も香りも昔見たものと変わらないから、
<こうしていると昔に戻ったような気がするけれど>
と浮舟の君はぼんやり眺める。
他の花でも同じはずなのに、とくに紅梅に心が惹かれるのは、匂宮様のお袖の香りを思い出すのでしょうね。
仏様に水をお供えさせたついでに、女房に命じて紅梅を一枝折らせる。
梅は文句を言うように少し散って、華やかに香りを漂わせた。
「まるで宮様のお袖の香りがしみこんだような花だこと。宮様のお姿は見えないけれど」
と、これも紙に書いておく。
山里にはまだ春らしさが見えず、川は凍ったままだから川音もしない。
静まりきった空気が心細い。
浮舟の君はふと匂宮様のことを思い出す。
<まだ宇治の山荘にいたころ、宮様が川向こうの隠れ家に私をお連れになった。あれも雪の日だった。『どれほど険しい雪道でも戸惑ったりはしない。あなたの魅力には惑わされているけれど』なんて甘いことをおっしゃったのだ>
宮様のことはすっかり嫌になってしまったけれど、あのときの思い出は胸にある。
筆を取って、
「ふりしきる雪を見ると昔のことを思い出して悲しい」
と書いた。
修行の合間に、こうして思ったことを書きためていく。
<私が山荘から姿を消したことを、『もう去年の出来事になってしまった』と思い出してくれている人もいるだろう>
母君や乳母、女房たちの顔を思い浮かべる。
地元の人が縁起物の若菜を届けてくれた。
雪の間から生えてきた若菜は生命力の象徴で、本格的な春が近づく合図でもある。
「尼姿におなりになったとはいえ、やはりあなたのご将来を期待してしまいます」
という言葉を添えて、尼君は若菜を浮舟の君におあげになった。
「今年からは私が尼君のために若菜を摘みましょう。どうか長生きしてくださいませ」
浮舟の君のお返事を聞いて、
<もう私だけが頼りだと思っていらっしゃるのだろう>
と尼君は同情なさる。
<ふつうの姿で私を頼ってくださっていたら、いくらでもご結婚のお世話をしたのに>
つくづく悲しくてお泣きになった。
お庭の紅梅が咲いた。
色も香りも昔見たものと変わらないから、
<こうしていると昔に戻ったような気がするけれど>
と浮舟の君はぼんやり眺める。
他の花でも同じはずなのに、とくに紅梅に心が惹かれるのは、匂宮様のお袖の香りを思い出すのでしょうね。
仏様に水をお供えさせたついでに、女房に命じて紅梅を一枝折らせる。
梅は文句を言うように少し散って、華やかに香りを漂わせた。
「まるで宮様のお袖の香りがしみこんだような花だこと。宮様のお姿は見えないけれど」
と、これも紙に書いておく。



