野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

(おんな)(いち)(みや)様のご体調はすっかりよくなった。
僧都(そうづ)比叡(ひえい)(ざん)に戻る途中で小野(おの)の家にお寄りになる。
尼君(あまぎみ)はかんかんに腹を立てていらっしゃる。
「若い女性が(あま)などになっては、かえって生きにくいのですよ。出家(しゅっけ)を後悔なさったら(ばち)当たりです。どうして私に相談してくださらなかったのですか」
(あに)僧都(そうづ)をお責めになるけれど、もはやどうしようもない。

僧都は浮舟(うきふね)(きみ)におっしゃった。
「今はただお(きょう)をお読みなさい。年寄りだろうと若者だろうと、将来のことなど何も分かりません。妹はああ言っていますが、あなたは恐ろしい目にお()いになった。あれほどしつこい妖怪(ようかい)()りつかれては、出家したいと願うのも当然ですよ」
正気を失った状態で僧都に見つけられたことを思い出して、浮舟の君は恥ずかしい。

「これで尼用の着物をお作りなさい」
と、中宮(ちゅうぐう)様からご褒美(ほうび)として頂戴(ちょうだい)なさった布地(ぬのじ)をおあげになる。
「私が生きているうちはお世話いたしましょう。何も心配はいりません。(ぞく)世間(せけん)に比べてここはよいところですよ。出世だとか立派な結婚だとか、そんなものに執着(しゅうちゃく)して苦しむ必要はない。この山里(やまざと)の家で静かに修行(しゅぎょう)をなさっていれば、悪い感情など生まれません。そうしているうちに、想像しているよりもあっという間に命は()きてしまいます」
と、出家生活の(こころ)(がま)えをお教えになる。
ありがたい仏教の()だと浮舟の君は感激している。

心細い風が一日中吹いている日で、
「こんな日には山で修行している者も泣きたくなるのですよ」
と僧都はおっしゃった。
<私も今は山の修行者なのだろう。道理(どうり)で涙が止まらない>
浮舟の君は涙を(そで)でぬぐいながら、ふと外を見る。

家の前の道に貴族の一行(いっこう)が来ている。
近くに登山口(とざんぐち)があるけれど、このあたりを通る人はあまりいない。
しかも僧侶(そうりょ)ではなく貴族だなんてめずらしいと思っていると、この一行の(あるじ)中将(ちゅうじょう)様だった。
出家してしまった浮舟の君に(うら)(ごと)を言おうとやって来たものの、紅葉(こうよう)が美しくて、早くもつらくなっていらっしゃる。
<たしかにこういう風情(ふぜい)ある山里に、明るくて積極的な女性は似合わないな>
とご自分を納得させながら、尼君をお訪ねになった。

「少し(ひま)ができましたから、小野(おの)の紅葉は見ごろだろうかと思ってやってまいりました。妻が生きていたころのように、こちらにも泊めていただきたいものですが」
中将様が挨拶(あいさつ)なさると、尼君はいつものようにお泣きになった。
姫君(ひめぎみ)が出家してしまわれた今となっては、あなた様にお泊まりいただく理由もございません」
「ご出家のことはお聞きしました。私を待っている人などいないのは分かっておりますが、どうしても()(どお)りできなかったのです」
悲しそうに中将様はおっしゃる。