野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

はさみと切った(かみ)を入れる箱を浮舟(うきふね)(きみ)は差し出した。
僧都(そうづ)弟子(でし)を呼んで、
「お(ぐし)を切ってさしあげよ」
とお命じになる。
宇治(うじ)(いん)にもお(とも)をしていた弟子たちだから、
<あのときの妖怪(ようかい)()りつき方はたしかにひどかった。一度あんな目に()えば、出家(しゅっけ)したくなるのも当然かもしれない>
と納得する。
とはいえついたての向こうから髪を出すと、もったいないほどの美しさなので、しばらく切るのをためらってしまう。

こんなことになっているのに女房(にょうぼう)たちは気づかない。
それぞれ僧都のお供に知り合いがいて、その接待(せったい)をしている。
女童(めのわらわ)ひとりだけが気づいて女房たちに知らせた。
あわててやって来ると、もう浮舟の君は尼姿(あますがた)になっている。

僧都はとりあえずご自分のお着物を浮舟の君に着せなさった。
儀式(ぎしき)(おごそ)かに進んでいき、
「ご両親がいらっしゃる方角(ほうがく)に向かって手を合わせなさい」
と僧都がおっしゃる。
母君(ははぎみ)は今どこにいらっしゃるのだろう>
どの方角を向けばよいか分からず、我慢(がまん)できなくて泣いてしまう。

女房はうろたえる。
「あぁ、とんでもないことを。どうしてこんな軽はずみなことをなさったのですか。尼君(あまぎみ)がお帰りになったらなんとおっしゃるか」
うるさく騒ぐのを僧都がお(しか)りになったので、女房はただ茫然(ぼうぜん)としているしかない。
浮舟の君は、出家するときの決まり文句を僧都に教えられながら(とな)えていく。
「この世での愛情を捨てることが、残された人のためでもあるのだ」という出家者を(はげ)ます言葉に、
<私はもう誰かへの愛情など捨てきっているけれど>
と浮舟の君は悲しくなる。

弟子はせっかくの美しい髪を完全には切れなくて、
「あとで尼君たちが整えてさしあげてください」
と言う。
前髪は僧都がお切りになった。
「尼姿になったことを後悔なさいませんように」
などと出家生活の(こころ)(がま)えをお話しになる。

<この家でお世話になっているかぎり、出家などとても許してもらえそうにないと思っていたけれど、なんという(さいわ)いだろう。ついに尼になることができた。生きていた甲斐(かい)があった>
と浮舟の君はよろこぶ。