野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

美しい月が出たころ、中将(ちゅうじょう)様がお越しになった。
尼君(あまぎみ)のお留守にどうして。あぁ、嫌だ>
浮舟(うきふね)(きみ)は部屋の奥深くに(かく)れる。
女房(にょうぼう)はなだめるように言う。
「そこまで警戒(けいかい)なさらなくても。あまりに潔癖(けっぺき)でいらっしゃいますね。客席の方へ少しお寄りになって、中将様のお話をお聞きになるだけでよろしいのです。こんな月夜はご愛情がいっそう身にしみるものですよ」
浮舟の君はぞっとして(ふる)える。

女君(おんなぎみ)もお留守だと女房から言わせたけれど、中将様は本当のことをご存じだった。
昼間、中将様のお手紙を届けにきた使者(ししゃ)が、そのあたりをきちんと確認してご報告したらしい。
中将様は(うら)(ごと)をたくさんおっしゃってから、
「お声が聞きたいとは申しません。ただ直接私の話を聞いてくださいませんか。その上で判断していただきたいのです」
とお願いなさるけれど、女君は出てこない。

<なんと冷淡(れいたん)な。恋の始まりにうってつけな夜だというのに、お心が()れないのか>
さらに恨みながら中将様はおっしゃった。
山里(やまざと)の秋の夜ですよ。この(もの)(さみ)しい空気を、あなたがお分かりにならないはずはないでしょう。私たちは物思いをする者同士ですから、きっと気が合うと存じます」
さすがに女房が代わりにお返事できる内容ではない。
「尼君がいらっしゃいませんから、姫君がお返事なさいませ」
と責めたてる。

浮舟の君は仕方なく、お返事か(ひと)(ごと)か分からないくらいにつぶやいた。
「勝手に同士にされてしまったこと。そんな自覚はなかったのに」
これを女房が中将様にお伝えすると、
「少しでもこちらに出ていらっしゃるよう、そなたからも申し上げよ」
としつこくおっしゃる。