野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

長谷(はせ)(でら)へ行かれる尼君(あまぎみ)のお(とも)をする人が多いので、小野(おの)の家の方は人が少なくなる。
出発なさる一行(いっこう)を見ながら、
<頼りにする尼君が出かけてしまわれた。ひとりで過ごすのは心細い>
と、浮舟(うきふね)(きみ)はいつも以上に()()無沙汰(ぶさた)になる。
そこへ中将(ちゅうじょう)様からお手紙が届いた。

浮舟の君のお世話のために残った女房(にょうぼう)が、
「ご覧なさいませ」
(すす)めるけれど、女君(おんなぎみ)は見ようとはしない。
それどころか、人が少なくて気が(まぎ)れることもないので、これまでやこれからを思ってますます気分が(しず)む。

「見ているこちらがつらくなってまいります。囲碁(いご)でもなさいませんか」
女房に言われて、退屈(たいくつ)しのぎに打ってみようかと浮舟の君は思う。
「下手だけれど」
と言うので、女房は先手(せんて)(ゆず)った。
ところが浮舟の君は強い。
今度は女房が先手で打ったけれど、また浮舟の君が勝った。

「尼君のお帰りが待ち遠しい。姫君(ひめぎみ)の囲碁を見ていただきたいわ。尼君もお強いのですよ。(あに)僧都(そうづ)様にもお勝ちになるほどです。僧都様だって囲碁に自信がおありのようですが、あなた様はそれ以上でいらっしゃいましょう。尼君と勝負なさったらどちらがお勝ちになるかしら」
年配(ねんぱい)の、しかも尼姿(あますがた)の女房だというのにはしゃいでいる。
<よけいなことをしてしまった>
浮舟の君は後悔(こうかい)して、具合が悪いと言って横になった。

女房は優しく声をかける。
「たまにはこんな遊びをなさって、(ほが)らかにお過ごしなさいませ。せっかく若くてお美しいのに、もったいのうございますよ」
夕暮れ時の風が(さみ)しく吹いていく。
「秋の夕暮れは物寂しいという。私はそれが分かるほど風流(ふうりゅう)な人間ではないけれど、なぜか心は乱れ涙がこぼれる」
と、浮舟の君は紙に書いておいた。