野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

長谷(はせ)(でら)でお祈りをして帰る途中、(おお)尼君(あまぎみ)のご体調が悪くなってしまった。
まだ先は長いのに、とても小野(おの)の家までお帰りになれそうにない。
さいわい近くに知人の家があった。
そこで休ませてもらうことにしたけれど、ご体調はひどくなるばかり。
危篤(きとく)状態だと僧都(そうづ)に連絡すると、僧都は山に(こも)って修行(しゅぎょう)中だったにもかかわらず、
<老いた母が旅の途中で亡くなるなんて>
()けつけなさった。

さすがにもう寿命(じゅみょう)というお年だけれど、弟子(でし)と一緒になってご病気回復のお祈りをなさる。
その(さわ)ぎを家の(あるじ)が聞きつけて、心配そうに言った。
「今ここでお亡くなりになるのは困ります。私はもうすぐ山へ修行に行くつもりで、今は大切な準備期間なのです。不吉(ふきつ)なことが起これば行けなくなってしまいます」

ひどい言い方のように思うかもしれないけれど、当時としてはかなり重要な問題なの。
僧都はそれなら仕方がないと納得なさった。
長く滞在できるような広い家でもなかったから、大尼君を乗り物に乗せて、少しずつ帰り道を進んでいく。
ところが今度は方角(ほうがく)(うらな)いで悪い結果が出た。
小野(おの)の方角には進めなくなったから、どこかしばらく泊まれそうなところを探すしかない。

昔の(みかど)別荘(べっそう)で、「宇治(うじ)(いん)」と呼ばれているお屋敷がこのあたりにある。
僧都はそこの管理人と知り合いなので、弟子に行かせて、
「一日か二日、泊めてもらえないだろうか」
とお尋ねになった。
弟子はみすぼらしい老人を連れて戻ってきた。

「管理人殿は昨日長谷(はせ)(でら)へお参りにいかれました。私は留守番を頼まれた者でございます。お泊まりになるということでしたらすぐにお越しくださいませ。恐れ多くも朝廷(ちょうてい)が所有なさる別荘ですが、とくにどう使われてもいないのです。広い建物には、お参りの行き帰りの人たちがしょっちゅう泊まっていかれます」
今なら他の客はいないと老人は言うので、僧都は一安心なさる。

「それはよい。静かなところなら気楽に過ごせるだろう」
と、まず僧都と弟子たちが向かう。
大尼君と尼君(あまぎみ)はあとからゆっくりいらっしゃるわ。