野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

恋心を(うった)えるという雰囲気ではなくなってしまったので、中将(ちゅうじょう)様はお帰りになった。
山からの風に乗って、遠ざかっていく中将様の(ふえ)の音が聞こえる。
尼君(あまぎみ)は昔を思い出して一睡(いっすい)もできずにいらっしゃった。

翌朝早く、中将様からお手紙が届いた。
「昨夜はいろいろと心が乱れまして、ゆっくりとお話もせず失礼いたしました。亡き妻のことも、冷たい姫君(ひめぎみ)のことも悲しくて。私の誠意(せいい)をお分かりいただけるよう姫君をご説得ください。これほど必死になっておりますのは、姫君への思いがあふれそうだからです」

尼君は涙をこぼしながらお返事をお書きになる。
「あなた様の笛の音で昔を思い出し、お帰りになるときも涙が止まりませんでした。姫君のご様子は、老いた母が調子に乗って申し上げたとおりです。感情がないようにただぼんやりしておいでですから、あなた様のお気持ちがお分かりになるかどうか」
また代理の手紙なので、中将様はつまらなくお思いになる。

それからは頻繁(ひんぱん)に中将様からのお手紙が届くけれど、浮舟(うきふね)(きみ)はなびくどころか、出家(しゅっけ)のことばかり考えている。
<あぁ、面倒だ。男はいつだって女を思いどおりにしようとする。(かおる)(きみ)匂宮(におうのみや)様もそうでいらっしゃった。早く(あま)になって、恋愛の対象外になりたい>
と、尼君をまねてお(きょう)を読む。

こんなふうに日々を過ごしているので、
<若い姫君なのだからもっと華やかになさってもよいのに、もともと暗いご性格なのだろう>
と尼君は(あきら)めていらっしゃる。
顔立ちが美しいので、見ている分にはそれでも楽しい。
たまに少し微笑(ほほえ)んだときなどは、めずらしくて尼君のお心が(おど)る。