もう八十歳を過ぎた大尼君は、記憶があいまいになっていらっしゃる。
お客様が亡き孫娘の婿君だと分からないから、年寄りくさい昔話もなさらない。
咳まじりの震え声でうれしそうにおっしゃった。
「どなたか存じませんが、横笛は月によく合うものでございますね。ほら、あなたは琴をお弾きなさい」
と、尼君に琴を勧めなさる。
中将様はその口調から、この老人が尼君の母親だとお気づきになった。
<亡き妻の祖母君か。妻は若くして亡くなったのに、これほどお年の祖母君がお元気とは>
人の寿命は分からないものだとお悲しい。
秋らしい調子で笛を吹いて、
「さぁ、義母君も」
とお誘いになる。
尼君は風流なことが好きな人なので、
「昔お聞きしたときよりもさらにすばらしい音色でございます。こんな山奥で松風の音ばかりを聞いているせいで、そんなふうに感じるのでしょうか。私はずいぶん下手になっておりますけれど」
と謙遜しながらお弾きになった。
近ごろは琴を弾く人が少ないので、めずらしくて風情がある。
琴と松風が響きあい、さらにそこへ笛の音が合わさる。
音楽が月まで届いたかのように月光が冴えていく。
大尼君はますます楽しくなって、眠気など吹き飛んでしまった。
「私は昔、和琴をなかなか上手に弾いたのですよ。今の人たちとはもう弾き方が違うでしょうけれど。でも、息子の僧都が叱りますからね。『尼が浮かれた遊びをしてはいけません。お経だけ読んでいらっしゃい』なんて。それですっかり弾かなくなってしまいました。ただ、よい音色の和琴はまだ持っていますよ」
いかにも弾きたそうにおっしゃるので、中将様は思わず笑ってしまわれる。
「僧都様がそんなことを。極楽浄土には美しい音楽が響きわたっていると申しますよ。仏様たちだって楽しんでいらっしゃるのですから、音楽が悪いことのはずがありません。ぜひお聞かせください」
大尼君はにこにこして、
「あらまぁ、それなら。和琴を持ってきておくれ」
と女房にお命じになる。
尼君も女房たちも見苦しいとは思うけれど、大尼君がお気の毒なので止めることはなさらない。
和琴が届くと、大尼君は先ほどまでの笛の調子に合わせることもなく、好きなようにお弾きになる。
曲に合わせて得意顔で古めかしい歌もお歌いになった。
「めずらしい曲をお聞かせいただきました」
と中将様はおほめになったけれど、大尼君はお耳が遠くて聞こえない。
女房が大きな声で繰り返すと、ようやくうなずかれた。
「近ごろのお若い人は音楽なんてお好きではないのかと思っておりましたよ。この家にここ何か月かお暮らしの姫君は、まったくご興味がないようですからね。せっかくの美人が、いつも辛気臭くなさっていて」
冗談のつもりで笑っておっしゃるのを、尼君は困ったことだとお思いになる。
お客様が亡き孫娘の婿君だと分からないから、年寄りくさい昔話もなさらない。
咳まじりの震え声でうれしそうにおっしゃった。
「どなたか存じませんが、横笛は月によく合うものでございますね。ほら、あなたは琴をお弾きなさい」
と、尼君に琴を勧めなさる。
中将様はその口調から、この老人が尼君の母親だとお気づきになった。
<亡き妻の祖母君か。妻は若くして亡くなったのに、これほどお年の祖母君がお元気とは>
人の寿命は分からないものだとお悲しい。
秋らしい調子で笛を吹いて、
「さぁ、義母君も」
とお誘いになる。
尼君は風流なことが好きな人なので、
「昔お聞きしたときよりもさらにすばらしい音色でございます。こんな山奥で松風の音ばかりを聞いているせいで、そんなふうに感じるのでしょうか。私はずいぶん下手になっておりますけれど」
と謙遜しながらお弾きになった。
近ごろは琴を弾く人が少ないので、めずらしくて風情がある。
琴と松風が響きあい、さらにそこへ笛の音が合わさる。
音楽が月まで届いたかのように月光が冴えていく。
大尼君はますます楽しくなって、眠気など吹き飛んでしまった。
「私は昔、和琴をなかなか上手に弾いたのですよ。今の人たちとはもう弾き方が違うでしょうけれど。でも、息子の僧都が叱りますからね。『尼が浮かれた遊びをしてはいけません。お経だけ読んでいらっしゃい』なんて。それですっかり弾かなくなってしまいました。ただ、よい音色の和琴はまだ持っていますよ」
いかにも弾きたそうにおっしゃるので、中将様は思わず笑ってしまわれる。
「僧都様がそんなことを。極楽浄土には美しい音楽が響きわたっていると申しますよ。仏様たちだって楽しんでいらっしゃるのですから、音楽が悪いことのはずがありません。ぜひお聞かせください」
大尼君はにこにこして、
「あらまぁ、それなら。和琴を持ってきておくれ」
と女房にお命じになる。
尼君も女房たちも見苦しいとは思うけれど、大尼君がお気の毒なので止めることはなさらない。
和琴が届くと、大尼君は先ほどまでの笛の調子に合わせることもなく、好きなようにお弾きになる。
曲に合わせて得意顔で古めかしい歌もお歌いになった。
「めずらしい曲をお聞かせいただきました」
と中将様はおほめになったけれど、大尼君はお耳が遠くて聞こえない。
女房が大きな声で繰り返すと、ようやくうなずかれた。
「近ごろのお若い人は音楽なんてお好きではないのかと思っておりましたよ。この家にここ何か月かお暮らしの姫君は、まったくご興味がないようですからね。せっかくの美人が、いつも辛気臭くなさっていて」
冗談のつもりで笑っておっしゃるのを、尼君は困ったことだとお思いになる。



