野いちご源氏物語 五三 手習(てならい)

<本当に姫が生き返ったようだ>
尼君(あまぎみ)はうれしくて、浮舟(うきふね)(きみ)を座らせると(かみ)をといておやりになる。
寝こんでいたときはまったく手入れしていなかったのに、ひどく傷んではいない。
といていくとつやつやと美しく輝いた。
白髪(しらが)の年寄りばかりのこの家には不似合いな人だ。まるで(てん)から下りてきた天女(てんにょ)のようで、だとしたらいつか天に帰ってしまうのかもしれない>
不安になって尼君はお尋ねになる。

「私は心からあなたを大切に思っておりますのに、あなたはいつまでも本当のことを話してくれませんね。どこのどなたなのですか。どうしてあの宇治(うじ)(いん)にいらっしゃったのです」
「あいにくすべて忘れてしまったようなのです。自分が誰なのか、どこでどう暮らしていたのか、まったく覚えていません。ただかすかに思い出せるのは、死にたいと願っていたとき、不思議な人が現れて、その人にどこかへ連れていかれたような気がします。でも、その他のことはさっぱり」

浮舟の君はこれ以上のことを教えるつもりはない。
わざと子どもっぽく言ってから、
「私は死んだことになっているはずです。まだ生きていると知られたくありません。とても恐ろしいことになる気がするのです」
と泣いた。
尼君は無理に聞き出すのも気の毒だと思って、もうお聞きになれない。
かぐや姫よりもめずらしい人を見つけたような心地がして、
<月に帰ってしまったらどうしよう>
とはらはらしてしまわれる。

僧都と尼君は身分の高い家のご出身よ。
尼君はもともと立派な貴族のご正妻(せいさい)だった。
夫を亡くした後は一人娘の姫君(ひめぎみ)を大切に世話して、将来有望(ゆうぼう)な若者と結婚させなさった。
しかしその姫君まで亡くなってしまい、この世にがっかりして出家(しゅっけ)すると、母である(おお)尼君(あまぎみ)の住む小野(おの)に移っていらっしゃったの。
<あの子の代わりになるような人がほしい>
と長年願っていたら、姫君以上に美しい人と(めぐ)りあわれた。
夢のようだとあやしむ気持ちはありながらも、うれしいとお思いになる。
年は取っていても、すっきりと上品で美しい尼君よ。