怪しい町

天気……朝から空全体が厚い雲に覆われていて、どんよりとしてとても暗い。昼間は時折、雲の切れ間から太陽が顔をのぞかせることもあったが、すぐにまた厚い雲の中に隠れてしまい、暖かさが感じられないまま一日が過ぎていった。

ぼくと老いらくさんは本屋の中に入ると、同じ指南書があるかないか見てまわることにした。でもぼくも老いらくさんも人の字が読めないので、同じかどうか見分けることができずに途方に暮れていた。するとそのとき本屋の奥のほうから、かすかな物音が聞こえてくるのに、ぼくは気がついた。ぼくは老いらくさんといっしょに、音がするほうに近づいていった。するとコピー機の前で男の人が指南書を複写していた。それを見て、ぼくはがくぜんとした。同じ指南書を何冊も作っていたことが分かったからだ。店長は一冊しかない貴重な指南書だと言って、高いお金で売っていたが、あれは真っ赤なうそだったのだ。老いらくさんにそのことを話すと、老いらくさんが激憤していた。
「許せない。こんな不正なことをして人をだますのは言語道断だ。今度はおまえといっしょに、店長を脅してやろう」
老いらくさんがそう言った。
「そうですね。この前は老いらくさんや、老いらくさんの子孫が博士のうちで騒ぎを起こして、それが原因で天才児育成センターを休業に追い込むことができました。今度は、ぼくも片棒をかつぎます」
ぼくはそう答えた。
「そうか、それは助かる」
老いらくさんがそう答えた。
夜の八時を過ぎたころ、店長は、玄関に鍵をかけてから、うちへ帰っていった。ぼくと老いらくさんは、そのまま本屋の中に残って、本棚の中に収納されていた指南書を全部引っ張り出して床に落とした。
「わしは、これらの指南書をかじって売り物にならないようにしてやる。おまえは口でくわえて天井を支えているはりの上まで持っていけ」
老いらくさんがそう言った。
ぼくには合点がいかなかったので、老いらくさんに聞き返した。
「はりの上まで持っていって、どうするのですか」
「上からばたばたと落として、びっくりさせるのだ」
老いらくさんがそう言った。
「面白いですね。ぼくの姿は見えないから、まるで幽霊がはりの上にいて、下に落としているように見えるかもしれないですね」
ぼくはそう答えた。
「そのとおりだ」
老いらくさんがそう言った。
ぼくと老いらくさんは、それから夜通し仕事をして、指南書を、はりの上まで運んだり、歯でかじったりしていた。
夜が明けて、朝の八時過ぎに、店長が店にやってきた。玄関のドアの鍵を開けて、中に入って来たとたんに、指南書が床に散乱しているのに気がついて、仰天していた。
「何だ、どうしてこんなになっているのだ……」
店長は、そう言って、絶句していた。
色を失って、気絶しそうになっている店長の様子を、ぼくと老いらくさんは、はりの上から、勝ち誇ったような顔をしながら見ていた。
しばらくしてから、お客さんがやってきた。四十代の女の人だった。女の人はあたり一面に指南書が散らばっているのを見て、びっくりしながら
「どうしたのですか」
と、心配そうな声で聞いていた。
「おれにもよく分からない。今朝、店に来たら、こうなっていた」
店長が、失意に沈んだような声でそう答えていた。女の人が床に散らばっていた指南書を一冊拾い上げてから
「ネズミがかじったような跡がついています」
と言っていた。それを聞いて店長はその指南書を受け取って、じっくり見ながら
「確かに、これはネズミがかじった跡だ」
と言っていた。
「ネズミ退治の薬は置いておかなかったのですか」
女の人が聞いていた。
「置いていた。しかし効き目がなかったようだ」
店長がそう答えていた。
「せっかく買いに来たのに、こんなものは買えないから、買わないで帰ることにします」
女の人が、不機嫌そうな顔をしながらそう言った。それを聞いて、店長が
「ちょっと待ってください」
と言って、店の奥のほうに入っていって、しばらくしてから、指南書を数冊持ってきた。
「これは大丈夫ですから、お売りできます」
店長がそう言って、指南書を、女の人に見せていた。女の人は指南書を受け取って、中味を見ながら
「確かにこれは大丈夫なようですね。ネズミにかじられた跡はついていないので、これなら買えないこともありません。これを買って帰ろうかしら」
と言っていた。それを聞いて、店主は、ほっとしたような顔をしながら
「ありがとうございます」
と答えていた。
「一冊、おいくらですか」
女の人が聞いていた。
「一冊、三百元です」
店主がそう答えていた。
「少し安くしていただけませんか」
女の人が、そう言った。それを聞いて店主は、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら
「これらの指南書は、どれもこの一冊しかありませんから、安くはできません」
と言って、女の人の希望には答えられない旨を告げていた。
「そうですか、それは残念です。でもせっかく買いに来たのですから買います。三冊ください」
女の人がそう答えていた。女の人は指南書を受け取ると、もう一度ページをめくって中味を確かめてから、九百元払おうとしていた。
その瞬間、ぼくは、はりの上から、指南書を十冊、下に落とした。天井の近くから、突然、指南書が落ちてきたので、店長も、女の人もびっくりしていた。
「どうして、あんなところに指南書があって、落ちてきたのだ」
店長は合点がいかないような顔をしながら、そう言っていた。
「ネズミが、口でくわえて持っていったのではないでしょうか」
女の人がそう答えていた。
はりの上から落ちてきた指南書を店長は拾い集めていた。女の人も手伝っていた。
「あれ、この指南書は、わたしが今、買ったばかりの指南書とまったく同じものだわ」
女の人がそう言って、けげんそうな顔をしていた。
「そんなことはありません。同じ指南書はありません」
店長はそう答えていた。
「でもわたしには同じに見えます。どこが違うのでしょうか」
女の人が聞き返していた。店長は指南書の一番後ろのページを女の人に見せながら、
「ここに番号がふってあります。この番号はみな違っています」
と答えていた。それを聞いて、女の人は自分が買った指南書と、はりの上から落ちてきた指南書を見比べていた。
「確かに番号は違っています。でも指南書の中味はまったく同じです。同じものを幾つも作っていたにもかかわらず、一冊しかない貴重な指南書だと、うそを言って高値で売っていたのですか」
女の人が不機嫌そうな顔をしながら、店長に問い詰めていた。
「そういうわけではありませんが……。多くの人に読んでもらいたいと思って……」
店長が、しどろもどろに答えていた。
「売らんがために、うそを言って、客をだますような人は信用できません。買わないことにします」
女の人は怒って冠を曲げながら、店の前から去っていった。
女の人が買わないで帰っていったあと、店長は、天井を支えているはりをじっと見ていた。ぼくの姿は透明なので見えるはずがなかった。ぼくは、あかんべえをして、店長をからかってやった。
それからまもなく、今度は中年の男の人が店にやってきた。
「いらっしゃいませ」
店長がそう答えていた。
「指南書を見せてください」
男の人がそう言った。
「どうぞご覧になってください」
店長はそう答えてから、無傷のまま残っていた指南書を全部、机の上に並べていた。
男の人は指南書を一冊一冊、丁寧に見たあと、ポケットの中に手を入れていた。
(買うことにして財布を取り出すのかな)
と、ぼくは思った。ところが男の人が取り出したのは財布ではなくて身分証明書だった。
「警察の者です。さっき、女の人が交番に来て、『ここは怪しいところだから調べてください』と通報があったので調べに来ました。店の奥も調べさせてください」
と、厳しい目で、男の人が言っていた。
「……」
店長は答に詰まっていた。男の人が店の奥に入ろうとすると、店長は手を横に広げて制止しようとした。男の人は、その手を振り切って、店の奥に入っていった。するとそこにコピー機があって、コピー機の近くにある机の上にホチキスで製本された指南書がたくさん積み重ねられていた。男の人は、それらの指南書を手に取って一つ一つ見ながら
「同じ指南書はないと言って高値で売っていたそうだが、だましていたのか」
と問い詰めていた。
「けっして、そういうわけではありません。指南書の裏表紙にふってある番号はみんな違っています。だましたことにはなりません」
店長はそう言って、言い逃れをしていた。
「何をとぼけたことを言っているのか。もう今日限り、この店は営業停止とする」
男の人が厳しい口調でそう言っていた。それを聞いて、店長は返す言葉もなく、とほほとした顔をしながら、うつむいていた。男の人はそれからまもなく、店から出ていった。
店長は空虚な顔をしながら、上を見ていた。はりの上には、まだ指南書が幾つか残っていたので、ぼくは、ぱたぱたと下に落とした。
「幽霊がいる。姿は見えないが、はりの上に幽霊がいる」
店長はおびえたような声で、そう言った。それを聞いて、ぼくはまた、あかんべえをした。