天気……気温が日ごとに下がり、寒さがめっきりつのってきた。今の時季は花はほとんど咲いていないが、山茶花や椿は寒さにもめげないで花を咲かせていて、殺風景な公園の中に彩りを添えてくれている。
昨晩、博士と女の人は、老いらくさんが連れてきたネズミの大軍団に圧倒されて、明け方近くまでリビングの床の上で気を失ったままでいた。ネズミたちは一晩中、家の中で騒ぎまわったり、食べたり、飲んだり、散らかしたりして、好き勝手なことをしていた。そして夜が白々と明け始めたころ、ネズミたちはまるで洪水が引くように、家からさっと出ていった。
それからまもなく女の人が意識を取り戻した。博士の意識はまだ戻らないでいた。
「早く、目をさまして。ネズミたちはいなくなりましたよ」
女の人が博士に声をかけていた。その声を聞いて、博士がようやく目をさました。
「昨夜はまるで悪夢のような目に遭いましたね。どうしてこんなことが起きたのでしょうか」
ぼうっとした顔のまま、女の人がそう言っていた。
「恐ろしくて、まったく生きた心地がしなかった」
博士が昨夜のことを思い出しながら、そう答えていた。
「もし、これからも、ネズミたちが毎晩ここにやってきて、こんな騒ぎを起こしたら、とても生活できなくなります。どうすればいいのでしょうか」
女の人は不安におびえているような目で、博士に聞いていた。
「悪因悪果と言うが、ぼくたちがおこなっていることが原因で、このような報いを受けているのかもしれない」
博士がそう答えていた。
「でもわたしたちはよいことをしていて、悪いことはしていないはずです」
女の人がそう答えていた。
「でも人をだましているのは事実だから、良心の呵責にさいなまれないこともない」
博士がそう言った。
「そうかもしれませんが、わたしたちが以前、ネズミ退治の薬を売っていたときにはネズミたちはここへ来なかったのに、今になってどうしてここへ来たのでしょうか」
女の人が博士に聞いていた。
「ネズミ退治の薬を食べてもネズミたちは死ななかったし、食べたらおいしかったから薬を探すのに夢中で、そのために、ここへ来なかったのではないだろうか。ぼくとお母さんが薬を売るのをやめたので、ネズミたちは薬をもう一度、売ってほしいと思ったり、これまでのことを感謝するためにここへきて床に額ずいたのではないでしょうか」
博士がそう答えていた。
「そうでしょうか。もしそうだとすれば、わたしたちがもう一度、ネズミ退治の薬を売る商売に戻ったら、ネズミたちはもうここへ来なくなって安心して眠られるようになるのでしょうか」
女の人がそう聞いていた。
「その可能性はある」
博士がそう答えていた。それを聞いて女の人が首を横に振っていた。
「でもわたしは以前のような商売には、もう戻りたくありません」
女の人がきっぱりとした声で、そう言った。
「今の仕事も人をだましている点では変わりがない。違いがあるとすれば、今の仕事のほうが知的で、人々の尊敬を買うこともできるし、お金もずっと儲かるということだ。ぼくもできたら、今の仕事を続けたいと思う。しかしネズミから、警鐘を鳴らされて戒められているような気がする。見栄やお金儲けに執着しているぼくやお母さんに、神様がネズミを通して、悪いことはするなと言って、災いを与えているのかもしれない」
博士がそう言った。
「見栄やお金儲けに執着しなくなったら、わたしたちは幸せな日々が送れるようになるのでしょうか」
女の人が聞き返していた。
「そう思う」
博士がうなずいていた。
「でも立派な仕事をして尊敬の目で見られたらうれしいし、お金がたくさんあったほうが楽しい生活ができるから、幸せな日々が送れるのではないでしょうか」
女の人が反論していた。
「そうとも限らない。立派な仕事をして周囲から尊敬のまなざしで見られても、それがいつまでも続くとは限らないし、不正なやりかたでお金を手にすると、穏やかな気持ちではいられないからだ」
博士がそう答えていた。
「世の中にはお金持ちの人がたくさんいます。その人たちの中には穏やかな気持ちではいられない人もたくさんいるのでしょうか」
女の人が聞いていた。
「いると思う。お金持ちには二つのタイプがある。一つは、才能や力量が優れていて、しかも道徳的に正しいことをして、多くの人に認められている人。もう一つは才能や力量は人並みだが、よこしまなやり方を駆使してお金を儲ける術にたけている人。後者のタイプのお金持ちはお金がたくさん入っても穏やかな気持ちではいられないはずだ」
博士がそう答えていた。
「わたしたちはどちらのタイプなのでしょうか」
女の人が聞いていた。
「答えるまでもなく、分かると思う」
博士がそう言っていた。
「……」
女の人は、しょんぼりとした顔をしながら、うつむいていた。
博士は、足の踏み場もないほど散らかっている部屋の中を、うつろな目で見ながら
「苦渋の決断だが、今の仕事から足を洗おう」
と言っていた。
「……」
女の人は、ぼうっとした顔をしていた。
博士と女の人は部屋の中を片付けてから、朝ご飯を食べていた。魚も肉も野菜もネズミにかじられていたものがたくさんあったので、博士も女の人も食べないでゴミ箱に捨てていた。ぼくと老いらくさんは、それを見て、ゴミ箱の中に顔をつっこんで食べ物をあさっていた。ぼくも老いらくさんも姿が見えないので気づかれることはなかった。
十時ごろ、博士と女の人は再び車に乗って、うちを出ていた。ぼくと老いらくさんも、後部座席にさっと乗り込んだ。博士と女の人は桜木横丁の中にある天才児育成センターの玄関の前で車を止めると、玄関の鍵を開けて建物の中に入っていった。ぼくと老いらくさんも建物の中に入っていった。博士と女の人は本屋の隣にある部屋の中に入っていって、そこに置いてあった金庫を二人で重そうに抱えながら車の中に積み込んでいた。金庫は全部で七つあった。金庫を車に積み終えると、博士と女の人は建物の玄関に鍵をかけてから、再び、うちへ帰っていった。
うちへ着くと、金庫をリビングに運び込んで、お金を数えていた。金庫の中には札束が山のように入っていた。博士も女の人も、目を細めながら、ほくほくしながら札束を数えていた。それを見て老いらくさんが大きな声で
「ペテン、ペテン、ペテン」
と言った。ネズミの声を聞いて、博士と女の人は恐怖のあまり、がくがくと震えだして、数えるのをやめてしまった。
「ネズミがまた戻ってきた。姿は見えないが、確かにこの声はネズミの声だ。幽霊ネズミが、ぼくたちをまた悩ませている。ぼくたちが不正なお金を持っているからよくないのだ」
博士がそう言った。
「だったら、どうすればいいのですか?」
女の人が博士に聞き返していた。
「仕方がないが……」
博士が言い淀んでいた。
「まさか、お金を返すというのでは?」
女の人が聞き返していた。
「……」
博士は返答できないでいた。
「それはいやです。絶対にいやです。たとえ、あぶく銭であっても、わたしは絶対に返したくありません」
女の人はそう言い張っていた。
「しかし、ほかにどんな方法があるか。返さない限り、ネズミはこれからも毎日、ここにやってきて、ぼくやお母さんを苦しめ続けるはずだ。ネズミ退治の薬も効かないし、そのうちに、ぼくやお母さんは発狂して、お金どころではなくなる。お母さんはそれでもいいと思っているのですか」
博士が厳しい声でそう言っていた。
「……」
女の人は答に詰まっていた。
それからまもなく博士と女の人は金庫に再び鍵をかけてから車に積み込んでいた。ぼくと老いらくさんは後部座席に乗り込んだ。車は再び桜木横丁の中にある天才児育成センターに戻ってきた。博士と女の人は車から金庫を下ろして部屋の中に運び込んでいた。ぼくと老いらくさんはその様子をロビーから見ていた。金庫を全部、部屋の中に運び終えると部屋に鍵をかけてから、博士と女の人は事務室の中で仕事をしていた。パソコンで文を作成しているように見えた。三十分ほどで事務室から出てきて、玄関の前に張り紙を貼っていた。ぼくは文字は読めないので、どんなことが書かれているのか見当もつかなかった。
昨晩、博士と女の人は、老いらくさんが連れてきたネズミの大軍団に圧倒されて、明け方近くまでリビングの床の上で気を失ったままでいた。ネズミたちは一晩中、家の中で騒ぎまわったり、食べたり、飲んだり、散らかしたりして、好き勝手なことをしていた。そして夜が白々と明け始めたころ、ネズミたちはまるで洪水が引くように、家からさっと出ていった。
それからまもなく女の人が意識を取り戻した。博士の意識はまだ戻らないでいた。
「早く、目をさまして。ネズミたちはいなくなりましたよ」
女の人が博士に声をかけていた。その声を聞いて、博士がようやく目をさました。
「昨夜はまるで悪夢のような目に遭いましたね。どうしてこんなことが起きたのでしょうか」
ぼうっとした顔のまま、女の人がそう言っていた。
「恐ろしくて、まったく生きた心地がしなかった」
博士が昨夜のことを思い出しながら、そう答えていた。
「もし、これからも、ネズミたちが毎晩ここにやってきて、こんな騒ぎを起こしたら、とても生活できなくなります。どうすればいいのでしょうか」
女の人は不安におびえているような目で、博士に聞いていた。
「悪因悪果と言うが、ぼくたちがおこなっていることが原因で、このような報いを受けているのかもしれない」
博士がそう答えていた。
「でもわたしたちはよいことをしていて、悪いことはしていないはずです」
女の人がそう答えていた。
「でも人をだましているのは事実だから、良心の呵責にさいなまれないこともない」
博士がそう言った。
「そうかもしれませんが、わたしたちが以前、ネズミ退治の薬を売っていたときにはネズミたちはここへ来なかったのに、今になってどうしてここへ来たのでしょうか」
女の人が博士に聞いていた。
「ネズミ退治の薬を食べてもネズミたちは死ななかったし、食べたらおいしかったから薬を探すのに夢中で、そのために、ここへ来なかったのではないだろうか。ぼくとお母さんが薬を売るのをやめたので、ネズミたちは薬をもう一度、売ってほしいと思ったり、これまでのことを感謝するためにここへきて床に額ずいたのではないでしょうか」
博士がそう答えていた。
「そうでしょうか。もしそうだとすれば、わたしたちがもう一度、ネズミ退治の薬を売る商売に戻ったら、ネズミたちはもうここへ来なくなって安心して眠られるようになるのでしょうか」
女の人がそう聞いていた。
「その可能性はある」
博士がそう答えていた。それを聞いて女の人が首を横に振っていた。
「でもわたしは以前のような商売には、もう戻りたくありません」
女の人がきっぱりとした声で、そう言った。
「今の仕事も人をだましている点では変わりがない。違いがあるとすれば、今の仕事のほうが知的で、人々の尊敬を買うこともできるし、お金もずっと儲かるということだ。ぼくもできたら、今の仕事を続けたいと思う。しかしネズミから、警鐘を鳴らされて戒められているような気がする。見栄やお金儲けに執着しているぼくやお母さんに、神様がネズミを通して、悪いことはするなと言って、災いを与えているのかもしれない」
博士がそう言った。
「見栄やお金儲けに執着しなくなったら、わたしたちは幸せな日々が送れるようになるのでしょうか」
女の人が聞き返していた。
「そう思う」
博士がうなずいていた。
「でも立派な仕事をして尊敬の目で見られたらうれしいし、お金がたくさんあったほうが楽しい生活ができるから、幸せな日々が送れるのではないでしょうか」
女の人が反論していた。
「そうとも限らない。立派な仕事をして周囲から尊敬のまなざしで見られても、それがいつまでも続くとは限らないし、不正なやりかたでお金を手にすると、穏やかな気持ちではいられないからだ」
博士がそう答えていた。
「世の中にはお金持ちの人がたくさんいます。その人たちの中には穏やかな気持ちではいられない人もたくさんいるのでしょうか」
女の人が聞いていた。
「いると思う。お金持ちには二つのタイプがある。一つは、才能や力量が優れていて、しかも道徳的に正しいことをして、多くの人に認められている人。もう一つは才能や力量は人並みだが、よこしまなやり方を駆使してお金を儲ける術にたけている人。後者のタイプのお金持ちはお金がたくさん入っても穏やかな気持ちではいられないはずだ」
博士がそう答えていた。
「わたしたちはどちらのタイプなのでしょうか」
女の人が聞いていた。
「答えるまでもなく、分かると思う」
博士がそう言っていた。
「……」
女の人は、しょんぼりとした顔をしながら、うつむいていた。
博士は、足の踏み場もないほど散らかっている部屋の中を、うつろな目で見ながら
「苦渋の決断だが、今の仕事から足を洗おう」
と言っていた。
「……」
女の人は、ぼうっとした顔をしていた。
博士と女の人は部屋の中を片付けてから、朝ご飯を食べていた。魚も肉も野菜もネズミにかじられていたものがたくさんあったので、博士も女の人も食べないでゴミ箱に捨てていた。ぼくと老いらくさんは、それを見て、ゴミ箱の中に顔をつっこんで食べ物をあさっていた。ぼくも老いらくさんも姿が見えないので気づかれることはなかった。
十時ごろ、博士と女の人は再び車に乗って、うちを出ていた。ぼくと老いらくさんも、後部座席にさっと乗り込んだ。博士と女の人は桜木横丁の中にある天才児育成センターの玄関の前で車を止めると、玄関の鍵を開けて建物の中に入っていった。ぼくと老いらくさんも建物の中に入っていった。博士と女の人は本屋の隣にある部屋の中に入っていって、そこに置いてあった金庫を二人で重そうに抱えながら車の中に積み込んでいた。金庫は全部で七つあった。金庫を車に積み終えると、博士と女の人は建物の玄関に鍵をかけてから、再び、うちへ帰っていった。
うちへ着くと、金庫をリビングに運び込んで、お金を数えていた。金庫の中には札束が山のように入っていた。博士も女の人も、目を細めながら、ほくほくしながら札束を数えていた。それを見て老いらくさんが大きな声で
「ペテン、ペテン、ペテン」
と言った。ネズミの声を聞いて、博士と女の人は恐怖のあまり、がくがくと震えだして、数えるのをやめてしまった。
「ネズミがまた戻ってきた。姿は見えないが、確かにこの声はネズミの声だ。幽霊ネズミが、ぼくたちをまた悩ませている。ぼくたちが不正なお金を持っているからよくないのだ」
博士がそう言った。
「だったら、どうすればいいのですか?」
女の人が博士に聞き返していた。
「仕方がないが……」
博士が言い淀んでいた。
「まさか、お金を返すというのでは?」
女の人が聞き返していた。
「……」
博士は返答できないでいた。
「それはいやです。絶対にいやです。たとえ、あぶく銭であっても、わたしは絶対に返したくありません」
女の人はそう言い張っていた。
「しかし、ほかにどんな方法があるか。返さない限り、ネズミはこれからも毎日、ここにやってきて、ぼくやお母さんを苦しめ続けるはずだ。ネズミ退治の薬も効かないし、そのうちに、ぼくやお母さんは発狂して、お金どころではなくなる。お母さんはそれでもいいと思っているのですか」
博士が厳しい声でそう言っていた。
「……」
女の人は答に詰まっていた。
それからまもなく博士と女の人は金庫に再び鍵をかけてから車に積み込んでいた。ぼくと老いらくさんは後部座席に乗り込んだ。車は再び桜木横丁の中にある天才児育成センターに戻ってきた。博士と女の人は車から金庫を下ろして部屋の中に運び込んでいた。ぼくと老いらくさんはその様子をロビーから見ていた。金庫を全部、部屋の中に運び終えると部屋に鍵をかけてから、博士と女の人は事務室の中で仕事をしていた。パソコンで文を作成しているように見えた。三十分ほどで事務室から出てきて、玄関の前に張り紙を貼っていた。ぼくは文字は読めないので、どんなことが書かれているのか見当もつかなかった。

