怪しい町

天気……日が沈むと気温が急に下がり、堪えられないほど寒さが体にしみる。街灯の明かりも冷たく感じられる。

博士と女の人は、かなり大きな家に住んでいた。まるで大富豪が住んでいる家のような立派な門構えの家だったから、ぼくも老いらくさんも車を降りたとたんに仰天していた。
「へっ、ネズミ退治の薬を売る商人が、こんな立派な家に住んでいたのか」
老いらくさんが、あっけにとられたような顔をしながら、そう言った。老いらくさんの声が博士と女の人の耳に入った。
「あれっ、何だ、今の声は?」
博士がそう言って、辺りをきょろきょろ見回していた。
「確か、ネズミの声だったような気がします」
女の人も気になって、車を降りてから、家の周りをあちこち見回していた。しかしどれほど探してもネズミを見つけることができなかったので、博士も女の人も、とうとう探すのをあきらめて家の中に入っていった。玄関のドアが開いた瞬間に、ぼくと老いらくさんも、家の中にそっと入っていった。室内にある家具やインテリアも、アンティークなものが多くて、かなり高級そうに見えた。老いらくさんは声を出しながら楽しそうに家具やインテリアの上を跳ね回っていた。姿は見えなくても、ネズミの声は絶え間なく聞こえていたので、博士と女の人は、まるで亡霊に取りつかれたような顔をしながら、声のするほうにモップを振り回したり、足を動かして蹴とばそうとしていた。老いらくさんは、そのたびに攻撃をさっとかわしながら、あいかわらず楽しそうに跳びはねていた。博士も女の人もとうとう疲れてしまい、床の上に仰向けにぐったりと、のびてしまった。
「わしはこの女の人にも見覚えがある」
床の上に仰向けになっている女の人の顔をじっと見ながら、老いらくさんがそう言った。
「どこで見たのですか?」
ぼくは聞き返した。
「この男がネズミ退治の薬を売っていた時、いつもいっしょについて回っていて、客の中に紛れ込んで、さくらをしていた人だ」
と言った。ぼくには意味がよく分からなかったので
「さくらって何ですか。花のさくらですか」
と聞き返した。すると老いらくさんが首を横に振った。
「そのさくらではない。客のふりをして品物をほめたり買ったりして、客に買わせようとする人のことをさくらと言うのだ。息子の商売を助けるために、この女の人は自分でお金を出して買っているふりをして、この薬は効能が抜群で人気のある薬であるように客に吹聴していた」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくはこの女の人に対する嫌悪感も強く抱くようになった。
博士と女の人は床の上に仰向けになったまま、憂いに沈んだような顔をしながら話をしていた。
「ぼくやお母さんが今、こんな目に遭っているのは、これまでしてきた悪事の報いを受けているからではないでしょうか」
博士が力ない声で、そう言っていた。
「……」
女の人は答に詰まっていた。
「こんなことわざがある。『善には善の報いがあり、悪には悪の報いがある』」
博士がそう言った。
「因果応報か……」
女の人がそうつぶやいていた。
「『神様は見ている』と言うから、もしかしたら神様が、ネズミの声に託して、ぼくとお母さんに懲罰を与えているのかもしれない」
博士がそう言った。
「それは考え過ぎですよ。確かに以前はネズミ退治の薬を売っていましたが、今は改心して子どもや親のために貢献しています。それなのに、どうして神様がネズミの声に託して、わたしたちを脅かすようなことをされるのでしょうか」
女の人が反論していた。
「子どもや親のために貢献していると言っても、人をだましている点では、以前と少しも変わりがありません。そのことで神様が冠を曲げて、ネズミの声に託して警告を発しているのかもしれません」
博士がそう言っていた。
「でも今おこなっていることは、ネズミとは全然関係ないことではありませんか。以前は確かにネズミ退治の薬を売っていましたが、家ネズミには効かない薬だったから、食べても死ななかったはずです。死ななかったどころか、おいしく食べることができたはずです。わたしたちはネズミから感謝されるべきなのに、感謝されるどころか脅かされている。どうして、こんな目に遭わなければならないのでしょうか」
女の人は合点がいかないような顔をしながら、そう言っていた。
「そうだね。まったくその通りです」
博士がそう答えていた。
博士と女の人の話を聞いて、ぼくは思わず、おかしくてたまらなくなった。ぼくが笑っているのを見て、老いらくさんが、けげんそうな顔をしながら
「笑い猫、何がそんなにおかしいのだ?」
と聞いた。
「博士と女の人が老いらくさんの悪口を言っていたからです」
ぼくはそう答えた。
「どんな悪口を言っていたのか」
老いらくさんが心中穏やかではないような顔をしながらそう言った。
「知りたいですか?」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「知りたい、とても知りたい」
老いらくさんが、そう答えた。
「分かりました。では話してあげましょう」
ぼくはそう言ってから、声をひそめながら老いらくさんに悪口の内容を話して聞かせた。ぼくの話を聞いて、老いらくさんが
「そうか。わしらネズミは、この親子のペテン師に感謝しなければならないと言っていたのか」
と、つぶやくような声で言った。
「そうです。そう言っていました」
ぼくはそう答えた。
「分かった。では、わしはこれから外に出て、わしの子孫たちをたくさん連れてくるから、この家の中で盛大な感謝祭を開こう。おまえはしばらく、ここで待っていろ」
老いらくさんがそう言った。
「分かりました。待っています」
ぼくはそう答えた。老いらくさんはそれからまもなく、玄関のほうへ出ていった。玄関の鍵はかかっていたが、玄関の横にある小窓が一枚だけ少し開いていたので、老いらくさんは、そのすきまから、外へ出ていった。
部屋の中からネズミの声がしなくなったので、博士も女の人も、ほっとしていた。
「ネズミはいなくなったようですね。あの窓のすきまから出て行ったのでしょうか」
女の人がそう言った。
「そうかもしれません。よかったです」
博士がそう答えていた。
「ではこれから楽しく夕ご飯を食べましょう。お酒も飲みましょう」
女の人がそう言った。
「そうしましょう」
博士がうなずいていた。それからまもなく女の人は台所に立っていって夕ご飯の準備を始めていた。できあがった料理がテーブルの上に並べられると、博士と女の人は楽しそうに会話を弾ませながら、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりしていた。
「今日もいい仕事ができましたね。これからも健康に気をつけて、ますます頑張りましょう」
女の人がそう言った。
「そうですね。これから仕事がますますうまくいくように乾杯」
博士がそう答えていた。それを聞いて、ぼくは不愉快な気持ちになった。
(何が、いい仕事ができたか。人をだまして、お金をとって)
ぼくは心の中で、そうつぶやいていた。
博士と女の人はご飯を食べ終わると、テレビを見たり、お風呂に入ったりして、くつろいでから、十時過ぎに、それぞれの部屋に入っていって床に就いていた。ぼくも居間のソファーの上で気持ちよく寝ていた。
夜の十二時を過ぎたころ、老いらくさんがやってきて、ぼくを起こした。
「笑い猫、玄関の横にある小窓を全部開けてくれないか。狭すぎて入りにくいから」
と言った。
「分かりました」
ぼくはそう答えてから、居間を出て、玄関の横にある小窓を手で全部開けた。
するとそれからまもなく、ネズミの大群が窓から、わっと入ってきた。その数はゆうに百匹は超えていた。ネズミたちは家の中のあちこちに散らばっていって、楽しそうに、はしゃぎまわっていた。椅子やテーブルの上や食器棚の中は言うまでもなく、天井からつりさげられている蛍光灯にぶら下がってブランコをこいでいるネズミや、博士や女の人が寝ている部屋に入ってきて床頭台の上で騒いでいるネズミもいた。
博士と女の人はびっくりして目をさました。
「何だ、何だ、いつのまに、どこからこんなにたくさんのネズミが、うちの中に入ってきたのだ」
博士が、すっとんきょうな声をあげながら、ベッドから、がばっと、跳ね起きた。女の人も寝ている布団の上で跳びまわっているネズミを見て、何が起きたのか分からないで目を白黒させていた。博士と女の人は、それぞれの寝室から出ると、リビングのほうにいった。するとリビングの中にもネズミがたくさんいて、せわしなく動きまわっていたので、博士も女の人も目を疑いながら、まるで悪夢でも見ているようかのような顔をしながら、ぼうぜんとしていた。それからまもなく、博士も女の人もリビングの床の上に、へなへなと倒れ込んでしまった。
老いらくさんが、それを見てネズミたちをリビングに呼び寄せていた。
「さあ、みんな、こっちへこい。この人たちに感謝しろ」
老いらくさんがそう言った。
「どうして感謝しなければならないのですか」
あるネズミが老いらくさんに聞いていた。
「この人たちは以前はネズミ退治の薬を売っていた。でも、わしら家ネズミにはまったく効かない薬だった。おまえたちが今も生きていられるのは、この人たちのおかげだからだ」
老いらくさんがそう説明していた。
「分かりました。ぼくたちは、この人たちに深く感謝します」
ネズミがそう答えていた。
それからまもなくネズミたちは、次々と床に額ずいて「トン、トン、トン」と、三回、頭を軽く床にぶつける伝統の方法で、博士と女の人に感謝の念を伝えていた。
たくさんのネズミたちが自分たちに感謝してくれているのを見て、博士と女の人は、頭の中がぼうっとなって、それからまもなく二人とも気を失ってしまった。