野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

(かおる)(きみ)浮舟(うきふね)(きみ)宇治(うじ)へ連れていくおつもりなの。
だんだん夜が明けてくる。
若い侍従(じじゅう)は薫の君のお美しさにすっかり魅了(みりょう)され、困ったことになったなどと思っていない。
浮舟の君は正気(しょうき)を失ってうつ()している。
「このあたりは道が悪くて乗り物が()れるから」
薫の君は女君(おんなぎみ)()き寄せなさった。

朝日が乗り物のなかに差しこんだ。
大君(おおいぎみ)がお元気でいらっしゃったら、こうしておふたりのお(とも)をさせていただくこともあったのだろうか。そうだったらよかったのに、長生きすると理想とは少し違うものを見ることになるのだ>
(べん)(あま)は悲しくて、我慢(がまん)しようとしても涙がこぼれる。
侍従は事情を知らないから、ただいまいましく思う。
<ご新婚夫婦に尼がお供しているだけでも縁起(えんぎ)が悪いのに、しくしく泣くだなんて。これだから涙もろい年寄りは嫌なのよ>

薫の君は浮舟の君を気に入ってはいらっしゃるけれど、やはり亡き大君が恋しい。
宇治への道を進むにつれて、お目が涙で(くも)る。
ぼんやりなさっていると、乗り物から()れ出たお(そで)が、色が変わるほど(きり)()れてしまった。
お手に取ってご覧になりながら、
「これは私の涙で濡れたのだろうか。身代わりを手に入れたというのに、こんなにも悲しい」
と薫の君はつぶやかれる。
ますます泣いてしまう弁の尼を見て、侍従は、
<せっかく姫様のお幸せが始まった日なのに。厄介(やっかい)な尼がついてきてしまったわ>
と思う。

<いけない。めそめそしていたらさらに姫を不安にしてしまう>
薫の君は浮舟の君を思いやって、やさしく話しかけなさる。
「この山道は私の思い出の道なのですよ。少し起き上がって山の景色(けしき)をご覧なさい。そんなふうに()せていないで」
体を起こされると、浮舟の君は軽く顔を隠しながら遠慮がちに外を見た。

目元は亡き大君そっくりだけれど、おっとりしすぎている感じがあって、薫の君には頼りなく見える。
<大君も幼子(おさなご)のように純真(じゅんしん)だったが、ご態度は慎重(しんちょう)でいらっしゃった>
行き場のない悲しさが大空いっぱいに広がっていく。