夜のはじめころ、浮舟の君の隠れ家にまた誰かが来た。
この客も門の外で「宇治から参りました」と言う。
<薫の君のお手紙を届けにきた使者だろうか>
弁の尼が門を開けさせると、門のなかに乗り物が入ってきた。
<使者が乗り物で来るはずはない。どういうことだ>
と弁の尼は怪しむ。
「こちらに弁の尼君はいらっしゃいますか。宇治の薫の君のご領地で管理人をしている者でございます」
と、乗り物のなかの人物は供を通じて名乗った。
弁の尼が戸のところまで出てみると、濡れ縁に立っていたのは薫の君でいらっしゃったの。
外は弱い雨が降っている。
風が冷ややかに吹きこんで、すばらしい香りが部屋のなかに入ってきた。
<薫の君だ>
女房たちはあわてる。
たった今、弁の尼から薫の君の仰せを聞いたばかりだもの、何の準備もしていない。
「どうして突然。今夜お越しになるだなんて尼君はおっしゃっていませんでしたよ」
「そもそも姫様とは文通もなさっていない段階ですのに」
うろたえて口々に言う。
「姫君が気楽なところに滞在なさっていると聞きましたから、積もる思いを申し上げたくて参りました」
浮舟の君は、こういうときどうお返事したらよいかも分からない。
乳母が言う。
「お越しになった以上、立たせたままご対応するわけにはまいりません。縁側に客席をご用意いたしましょう。すぐにご自宅の母君にご連絡なさいませ。ここから近くですから、駆けつけてくださるかもしれません」
弁の尼は薫の君の味方をして口を挟む。
「そんなに大げさにしなくてもよいでしょう。若いおふたりがお話をなさったところで、急にどうこうはなりませんよ。不思議なほど気長で慎重な方ですから、姫君のお許しなく失礼なことはなさいません」
乳母を安心させるようなことを言っていると、雨が激しくなって空は暗くなった。
田舎くさい警備の男たちが、
「物騒な夜だ。門に鍵をかけよう。お客の乗り物が困ったところにあるな」
「門のなかに入れるなら入れてしまえばよいのに、お供は何をしているんだ」
と関東訛りで騒いでいる。
聞いたこともない荒々しい話し方に薫の君は驚かれながらも、
「ここで雨宿りさせていただくしかないな」
と優雅におっしゃって、濡れ縁にお座りになった。
「『東屋』という歌のようだ。なかには入れてもらえず、軒先から雨がぽたぽたと落ちてくる」
お着物に落ちた雫を払われると、あたり一面にすばらしい香りが漂った。
これには田舎者たちも驚いたことでしょうね。
結局、女房たちは縁側に薫の君をお入れした。
浮舟の君は直接お話をしようなどとはとても思えず、部屋に引っこんでいる。
それを女房たちがなんとか戸のあたりまで引っぱってきた。
戸を少しだけ開けて、そこからおふたりにお話をしていただくつもりよ。
「厳重な仕切りですね。まさか戸の外に座らされるとは」
薫の君はひとつため息をおつきになると、するりと戸の向こうに入ってしまわれたの。
大君の身代わりにしたい、ということはあえておっしゃらない。
「あなたのお姿をちらりと拝見したことがあったのです。それからどうにも忘れられなかった。これはきっと運命ですよ。自分でも信じられないほどあなたのことが恋しい」
口説きながら間近でご覧になった浮舟の君は、上品でおっとりしている。
<亡き大君に見劣りしない人だ。よい身代わりができた>
とお思いになる。
この客も門の外で「宇治から参りました」と言う。
<薫の君のお手紙を届けにきた使者だろうか>
弁の尼が門を開けさせると、門のなかに乗り物が入ってきた。
<使者が乗り物で来るはずはない。どういうことだ>
と弁の尼は怪しむ。
「こちらに弁の尼君はいらっしゃいますか。宇治の薫の君のご領地で管理人をしている者でございます」
と、乗り物のなかの人物は供を通じて名乗った。
弁の尼が戸のところまで出てみると、濡れ縁に立っていたのは薫の君でいらっしゃったの。
外は弱い雨が降っている。
風が冷ややかに吹きこんで、すばらしい香りが部屋のなかに入ってきた。
<薫の君だ>
女房たちはあわてる。
たった今、弁の尼から薫の君の仰せを聞いたばかりだもの、何の準備もしていない。
「どうして突然。今夜お越しになるだなんて尼君はおっしゃっていませんでしたよ」
「そもそも姫様とは文通もなさっていない段階ですのに」
うろたえて口々に言う。
「姫君が気楽なところに滞在なさっていると聞きましたから、積もる思いを申し上げたくて参りました」
浮舟の君は、こういうときどうお返事したらよいかも分からない。
乳母が言う。
「お越しになった以上、立たせたままご対応するわけにはまいりません。縁側に客席をご用意いたしましょう。すぐにご自宅の母君にご連絡なさいませ。ここから近くですから、駆けつけてくださるかもしれません」
弁の尼は薫の君の味方をして口を挟む。
「そんなに大げさにしなくてもよいでしょう。若いおふたりがお話をなさったところで、急にどうこうはなりませんよ。不思議なほど気長で慎重な方ですから、姫君のお許しなく失礼なことはなさいません」
乳母を安心させるようなことを言っていると、雨が激しくなって空は暗くなった。
田舎くさい警備の男たちが、
「物騒な夜だ。門に鍵をかけよう。お客の乗り物が困ったところにあるな」
「門のなかに入れるなら入れてしまえばよいのに、お供は何をしているんだ」
と関東訛りで騒いでいる。
聞いたこともない荒々しい話し方に薫の君は驚かれながらも、
「ここで雨宿りさせていただくしかないな」
と優雅におっしゃって、濡れ縁にお座りになった。
「『東屋』という歌のようだ。なかには入れてもらえず、軒先から雨がぽたぽたと落ちてくる」
お着物に落ちた雫を払われると、あたり一面にすばらしい香りが漂った。
これには田舎者たちも驚いたことでしょうね。
結局、女房たちは縁側に薫の君をお入れした。
浮舟の君は直接お話をしようなどとはとても思えず、部屋に引っこんでいる。
それを女房たちがなんとか戸のあたりまで引っぱってきた。
戸を少しだけ開けて、そこからおふたりにお話をしていただくつもりよ。
「厳重な仕切りですね。まさか戸の外に座らされるとは」
薫の君はひとつため息をおつきになると、するりと戸の向こうに入ってしまわれたの。
大君の身代わりにしたい、ということはあえておっしゃらない。
「あなたのお姿をちらりと拝見したことがあったのです。それからどうにも忘れられなかった。これはきっと運命ですよ。自分でも信じられないほどあなたのことが恋しい」
口説きながら間近でご覧になった浮舟の君は、上品でおっとりしている。
<亡き大君に見劣りしない人だ。よい身代わりができた>
とお思いになる。



