野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

常陸(ひたち)(かみ)は、少将(しょうしょう)様を最高に(とうと)婿君(むこぎみ)とあがめている。
それなのに(かみ)夫人(ふじん)が一緒になってお世話をしないから、みっともないと腹を立てているの。
かといって守夫人はお世話をする気になれない。
<この少将様のせいで家庭内がごたごたしたあげく、姫が二条(にじょう)(いん)で危ない目に()い、今は居場所もなくさすらっているのだ>
と思うと嫌でたまらず、新婦の母親らしいことはほとんどしない。
少将様が浮舟(うきふね)(きみ)と結婚する予定だったころは、「私の命をかけてお世話しよう」と思っていたけれど、もうそんな気分にはなれない。

<二条の院でかしこまっている姿をちらりと見たけれど、ここではどんな様子だろう。まだくつろいだ姿は見ていないもの>
退屈(たいくつ)な昼ころ、守夫人は婿君の部屋へ行ってこっそり(のぞ)いてみた。
少将様は白い着物に華やかな色の着物を重ねて、縁側(えんがわ)で庭を見ていらっしゃる。
<悪くないように見える。すっきりしているではないか>
それよりも少将様の隣にいる(いもうと)(むすめ)の方が問題よ。
まだ幼いからか、恥じらうこともなく無邪気(むじゃき)に婿君にくっついて寝転んでいる。
匂宮(におうのみや)様と中君(なかのきみ)が優雅に並んでいらっしゃったご様子を思い出すと、同じ夫婦とはいえ格段の違いだと、守夫人はがっかりする。

少将様は近くの女房たちに冗談を言って笑っていらっしゃる。
<二条の院で見かけたときはぱっとしなかったけれど、くつろいだ姿はなかなかよいわね。本当に同じ人かしら。あのとき中君の女房が『あれが少将様よ』とささやいていたけれど、もしかしたら別の少将様を人違いして言ったのかもしれない>
とまで守夫人は思っていたの。

ところがそのとき、少将様が自慢(じまん)げにおっしゃった。
「先日二条の院へ上がったのだよ。お庭の(はぎ)が特別に美しかった。どこにあんな種があるのだろう。同じ萩でもあれは上品さが別格だ。宮様がお出ましになるところだったから、さすがに折ることはできなかったがね。
私が(ひか)えていると、宮様はすばらしいお声で和歌を口ずさまれたよ。知っているかい、『色あせることさえ()しい萩に、折れそうなほど(つゆ)が置いている』という有名なあれだ。あのすばらしいお姿を、若いあなたたちにも見せたかったなぁ」

物陰から聞いている守夫人はいらっとする。
「まぁ、風流(ふうりゅう)気取りだこと。結婚相手を平気で取りかえる恥知らずのくせに、和歌がどうだこうだなんて。匂宮様の御前(ごぜん)で完全に存在感をなくしていた男に、風流なんて分かるのかしら」
ぶつぶつとつぶやくと、少将様を試してみることにした。
「お約束いたしましたのにね。あなたのお心変わりも露のせいでしょうか」

少将様は驚きながらもさすがに気の毒に思われたようで、しおらしくお返事なさった。
「亡き(はち)(みや)様の姫君(ひめぎみ)とはつゆ知らず、申し訳ないことをいたしました。もし知っておりましたら心変わりなどしませんでしたのに。またあらためて、直接申し開きさせていただきましょう」