野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

「ではその姫に、『亡き大君(おおいぎみ)の身代わりにしたい』という私の望みをお伝えください。大君がお亡くなりになってから、ずっと身代わりになる人を探していたのです。(あさ)はかな思いつきだと受け取られないように、それと私が恥をかかないように、うまく仲介(ちゅうかい)してくださいませ。何分(なにぶん)恋愛事に不慣れで、みっともないお願いですけれど」
そう言って(かおる)(きみ)はお帰りになった。

(かみ)夫人(ふじん)は、すっかり薫の君に魅了(みりょう)されている。
「なんという理想的な男性だろう」
とほめそやす。
乳母(めのと)がたびたび「姫様を薫の君に差し上げては」と言っていたときは、とんでもないことだと思っていた。
でも、こうしてすばらしいお姿を拝見すると、
七夕(たなばた)織姫(おりひめ)のようでもかまわない。年に一度でお会いできるだけでもうれしくなる彦星(ひこぼし)様だ>
と思ってしまう。

<姫はそこらの男には()しい美しさだというのに、よくもまぁ少将(しょうしょう)様などをありがたがって婿(むこ)にしようとしたものよ。それもこれも田舎(いなか)くさい夫を基準に男性を見る(くせ)がついていたせいだ>
今ではあのころの自分に(くや)しくなる。
薫の君がお座りになっていたあたりからは、すばらしい(のこ)()(ただよ)う。
どんな言葉にしても(うそ)っぽくなってしまうほどのよい香りよ。

薫の君を見慣れている女房(にょうぼう)たちも、香りのすばらしさには毎回新鮮に感動する。
「仏様もお(こう)はお好きですものね。幼いころから仏教の修行(しゅぎょう)を熱心になさっていたおかげで、あんなによい香りがお体から漂うのでしょう」
前世(ぜんせ)によほどすばらしい行いをなさったにちがいありませんよ」
口々にほめるのを、守夫人はうなずきながら聞いている。