野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

(かおる)(きみ)はいつものように、親密そうにひそひそ話をなさる。
どんなお話でも、「大君(おおいぎみ)のことが忘れられない」という結論につながっていく。
そこから今度は中君(なかのきみ)への恋心を(うった)えなさるので、中君は困ってしまわれるの。
どうにかして薫の君のご興味を他へそらそうと、中君もお声をひそめて姫君(ひめぎみ)のお話をなさった。

「あなた様が『大君の身代わりにしたい』とおっしゃった姫が、実は今、この屋敷に来ているのです」
薫の君ははっとなさったけれど、中君を口説いていらっしゃったところだもの。
すぐに「ではその姫のところへ」とはならない。
「私の願いをすっかり(かな)えてくださるような身代わりならよいのですが、中途半端な人では、かえって苦しむことになりましょう」
「あらあら、贅沢(ぜいたく)な」
少し苦笑なさった中君もおかわいらしい。

「ならば、その姫に私の思いをすべてお伝えください。あなた様が『身代わり』とおっしゃいますと、なんだか不吉な気がいたしますよ。亡き大君が、『妹を私の代わりと思って愛してください』とおっしゃったことが思い出されまして」
薫の君は涙ぐみながら、
「大君そっくりな姫なら、(やく)(ばら)いのおまじないで使う身代わりの人形(ひとがた)のように、そばに置いてかわいがってあげましょう」
とご冗談になさる。

「あのおまじないでは、最後は人形を川に流すのですもの。少しおかわいがりになって捨てられるのでは姫がお気の毒です。あなた様にはつぎつぎにかわいらしい人形が現れるでしょうけれど」
「私こそ(むな)しい人形でございますよ。どこへ流されていっても、いつかあなた様のところへ辿(たど)りつけるのでは、恋が(かな)うのではと期待している。この馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい期待はどうしたらよいのでしょう」

こんな秘密の会話をなさっているうちに暗くなっていく。
<話の内容は聞こえなくても、守夫人はきっと物陰から覗いているだろう>
これ以上薫の君に長居(ながい)されて、あやしまれてはいけない。
「今夜のところはもうお帰りなされませ」
というようなことを中君はうまくおっしゃった。