野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

「とんでもないことを言わないでおくれ。(かおる)(きみ)はご立派な縁談(えんだん)がたくさんおありだったのに、それをすべてお断りになって、ついに(みかど)姫君(ひめぎみ)とご結婚なさったとか。それほどの方が姫を本気で愛してくださるはずがない。女房(にょうぼう)としてお屋敷に置いて、ときどきかわいがるくらいのことはしてくださるかもしれないけれど。こちらの身分からすればそれでも十分ありがたいこととはいえ、母親としては心配になってしまう。

去年お訪ねした中君(なかのきみ)を思い出してごらん。『匂宮(におうのみや)様に深く愛されている幸運な女性だ』と世間はうらやましがっているけれど、実際はお悩みが多そうだったではないか。やはり結婚するなら、一途(いちず)に自分だけを愛してくれる男が(たの)もしいのだよ。

私だってそうだ。亡き(はち)(みや)様は優雅でお美しかったけれど、私のことを恋人とは思ってくださらなかった。ああいうご身分の高い方たちにとって、女房なんてそんなものだよ。それがどれほどつらかったか。
今の夫はがさつで見た目も悪いけれど、浮気をすることはなかった。だから長年安心して暮らせたのだ。あの人は良くも悪くも裏がない。それでああやって、私や姫に配慮(はいりょ)もせず浮かれているのだろう。そういうところは(にく)たらしいが、単純な男だから女性関係で苦しめられることはなかった。何かあれば私も(だま)ってはいないから、喧嘩(けんか)をしてでもはっきりさせてきたのだ。

そうやって夫と私が対等な関係でやってこられたのは、お互いの身分が()()っているからだ。上級貴族や親王(しんのう)様のおそばに上がると言えば聞こえはよい。高貴(こうき)な方にお(つか)えすることに(あこが)れる若い女は多いだろう。しかしね、この身分では、おそばに上がったところで幸せにはなれないのだよ。
こうして姫のご将来を悩んでいるが、そもそもは二十年前の私が悪い。たかが女房のくせに、恐れ多くも宮様のお子を生んでしまった。私のせいで姫はつらい境遇(きょうぐう)にいる。どうにかして世間体(せけんてい)の悪くない結婚をさせてあげたい」