野いちご源氏物語 五〇 東屋(あずまや)

何も知らない母親は、姫君(ひめぎみ)の結婚に向けて最後の仕上げをしている。
女房(にょうぼう)たちによい着物を着せ、部屋の(かざ)りつけにも細かく気を(つか)う。
(かみ)を洗って整えた姫君は、少将(しょうしょう)様程度の男と結婚させるのは()しいほど美しい。

<かわいそうな姫だ。亡き(はち)(みや)様がご自分のお子と認めてくださっていれば、お望みどおり(かおる)(きみ)に差し上げることもできただろうに。しかし私ひとりがそう考えて(くや)しがっていても、世間はたかが地方長官の娘としか思ってくれない。それどころか、宮様のお子と知れば軽蔑(けいべつ)するかもしれないのだから悲しい>
この()(およ)んでも、本当に少将様と結婚させてよいのか悩む。

「身分がそこそこで、人柄(ひとがら)もよさそうな少将様がせっかく求婚してくださったのだから」と、夫にも相談せずに姫君のご結婚を決めてしまったの。
あの口のうまい仲介(ちゅうかい)役に、すっかり乗せられてしまったのよね。

結婚が明日明後日というところまで近づいた。
母親は気持ちが落ち着かず、屋敷のなかをうろうろしている。
そこへ(かみ)がやって来た。
「忙しそうですね。私の娘の婿(むこ)を横取りするつもりで準備なさっているのだろうか。少将様はもう、あなたの(とうと)い姫君をお望みになってはいませんよ。私と血のつながった娘の方がよいと(おお)せなのです。

ご自分の連れ子をうまく結婚させたと思っていたかもしれないが、少将様は私の子だと勘違いして求婚なさったらしい。『血のつながっていない娘なら、この縁談(えんだん)はなかったことにしてくれ』とおっしゃったから、それならいっそ本物の娘を差し上げようと思ってね。そういうわけで、あなたが決めていた結婚の日に、少将様は私の娘と結婚なさる。あの子だってあなたが生んだ子なのだから、よろこぶとよい」
相手の気持ちなど考えもしない人だから、(にく)たらしくずけずけと言う。

母親は情けなくて声も出ない。
何もかもが嫌になって、涙がこぼれそうになる。
そっと姫君の部屋に戻っていった。