「荻原くん、ありがとう。荻原くんがいてくれて、ほんとに良かったよ」
生ぬるい風が私の髪をなびかせる。
髪が口にくっついて、それを取ろうとしたら――私よりも先に荻原くんが手を伸ばした。
「千秋ちゃん。俺と、付き合ってみない?」
……うん? 突拍子もないことを言い出す、変な人。
しかも、タイミングまでも変だ。
私、さっきも泣き叫びながら言ったと思うんだけど。
「好きでもない人と付き合うの、もうやめろって言われる」って。
それなのに、どうして今このタイミングで。
心臓が、変な音を立てる。驚きと、戸惑いと、少しの温度。
「…付き合うとか、そういうの私向いてなくて。恋もしたことないし…」
ピュッて、またあったかい風。
私の髪を荻原くんが顔にかからないように整えてくれる。
「じゃあ、付き合わなくてもいいからさ。恋人らしいことしてみようよ」
「…どうして?」
「そしたら、少しは恋愛が分かるかも知れないじゃん? 大丈夫。俺、絶対傷つかないって言いきれるから」
まっすぐ、私を見る目。
髪を持っていた手が、そのまま頬まですべる。
頬に触れる、私の体温よりも少し熱い手。そこから緊張が広がっていく。
ドクッドクッ。心臓が尋常じゃないくらいうるさい。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。
荻原くんの瞳が、まるで逃げ場を塞ぐみたいに私を捉えている。



