カエル合唱団

天気……太陽が照りつけて、木々の葉が明るい緑色に輝いている。夏の盛りはもう過ぎているので、日中外を歩いていても汗はあまり出なくなった。木陰に入ると涼しささえ感じられる。

翌朝、ぼくは馬小跳のうちへ行くことにした。馬小跳のうちがあるマンション棟の下まで来ると、外壁を伝わって、馬小跳のうちの窓台のところまで登っていった。ぼくが不意に姿を現したので、馬小跳がびっくりしたような顔をしていた。馬小跳はぼくを部屋の中に入れてから
「笑い猫、また何かあったのか」
と聞いた。ぼくは、うなずいた。それを見て、馬小跳はすぐにスマートフォンを取り出して、毛超と唐飛と張達に電話をかけていた。馬小跳はそのあとすぐに、ぼくを抱えてうちを出た。ぼくに何かあったことを感じて、解決策を話し合うために、いつものように翠湖公園の中にある、灌木地帯に向かっていた。馬小跳がそこへ着くと、張達はもうすでに来ていた。そのあとしばらくしてから毛超がやってきた。そして最後に唐飛がやってきた。唐飛は息をぜいぜい吐きながら
「馬小跳、一体、何があったのだ?」
と聞いていた。
「おれにもよく分からないが、何か重大な事件が起きたようだ」
馬小跳がそう答えていた。
「どうして、そう言えるのだ?」
唐飛が聞き返していた。
「ささいなことだったら、笑い猫が、わざわざ、おれのうちに来ることはないからだ。つべこべ言わないで、笑い猫のあとについていってみよう」
馬小跳がそう言った。
「分かった。お前の言うことを信用することにする」
唐飛がそう答えた。
「笑い猫、事件が起きた場所へ、おれたちを案内してくれないか」
馬小跳が、ぼくにそう言った。ぼくはうなずいてから、馬小跳たちを案内して、翠湖公園を出て遊園地のほうへ向かっていった。遊園地は翠湖公園からはかなり遠いところにあるので、唐飛は息があがっていた。
「ずいぶん遠いところへ行くのだなあ。一体、どこまで行くのだ?」
唐飛がそう言って不機嫌そうな顔をしていた。馬小跳と毛超も疲れていたので、答える元気がなかったし、どこまで行くのか分からなかったので、返事はしなかった。張達はまだ元気が残っていたので、唐飛の問いに答えようとしていた。
「も、も、もう少しで……」
吃音障害のある張達は、どもりながら、そう言った。
歩いている途中、唐飛は何度も何度も
「まだか、まだか」
と、聞いていた。
そのたびに張達が
「も、も、もう少しで……」
と、答えていた。
お昼ごろ、ぼくたちは、ようやく町の郊外にある遊園地に着いた。
「あー、そうだったのか。学校が夏休みになったので、笑い猫は、おれたちをここへ遊びに連れてきたのだ」
毛超がそう言った。それを聞いて唐飛が
「もしそうだとしたら、がっかりだ。遊ぶところだったら、もっと近くにあるのに」
と言って、へなへなと地面に座り込んだ。
ぼくが、馬小跳たちをここへ連れてきたのは、もちろん、遊ばせるためではなかった。ツヨシ―がここにいるかもしれないので、いたら助けてもらうためだった。そのことを理解させるために、ぼくは馬小跳たちをハンバーガー売り場へ連れていくことにした。昨日、その近くにリキシーとオカマーがいて、移動小屋の中で何かを見せていたからだ。小屋の中にツヨシ―がいるかもしれないと、老いらくさんが言っていた。ぼくもそう思っていたから、ツヨシ―がいたら、馬小跳たちはきっと助けてくれるはずだ。ぼくはそう思って、ハンバーガー売り場のほうへ近づいていった。ぼくのあとから馬小跳たちがついてきた。
ハンバーガー売り場の看板が見えてきた時、唐飛がうれしそうな顔をしながら
「あの店はとても有名な店だ。おなかが減っているから、買って食べたいな」
と言った。
「そうだな。それにしても長い列ができている。買うためには、最後尾に並ばなければならないから、かなり時間がかかりそうだ」
毛超がそう言った。
「あれっ、最後尾の近くに小屋のようなものがある。あれは何かな?」
馬小跳がけげんそうな顔をしながら、そう言った。
「何だろう?」
「人が二人いるぞ」
「行ってみよう」
馬小跳たちは興味津々とした顔をしながら小屋に近づいていった。ぼくも、ついていった。小屋の前にいたのは、ぼくが思っていた通り、リキシーとオカマーだった。昨日と同じように、大きな声を張り上げて、威勢よく客引きをしていた。リキシーとオカマーは、客引きに夢中になっていたので、ぼくのことは眼中になかった。
小屋の前にも長い行列ができていた。馬小跳が、小屋の前に並んでいた男の子の一人に
「何を見ようと思っているの?」
と聞いていた。
「テレビで見たことのある、逆立ちガエルが、あの中にいて、面白い芸を見せてくれるそうだから見たいの」
と、答えていた。
「逆立ちガエル?」
馬小跳が男の子に聞き返していた。男の子がうなずいた。
「そう、逆立ちガエル。ツヨシ―とも呼ばれているみたい」
男の子がそう答えていた。それを聞いて、ぼくは、
(ああ、やっぱりツヨシ―はここにいたのか)
と思った。
「ツヨシ―のことは、おれもテレビで見たことがある。ツヨシ―が、どうしてこんなところにいるのだ」
馬小跳がけげんそうな声で、男の子に聞いていた。
「ぼくにもよく分からない」
男の子がそう答えていた。
馬小跳はそれからまもなく、唐飛と毛超と張達を、小屋から少し離れたところに連れていった。ぼくもついていった。
「笑い猫が、おれたちをここに連れてきたのは遊ばせるためではない。ツヨシ―を助け出すためだ」
馬小跳がそう言った。
「ツヨシ―って、誰?」
唐飛が聞き返した。
「お前は、ツヨシ―を知らないのか?」
毛超があきれたような顔をしていた。唐飛はきまり悪そうに、うなずいた。
「まったくお前ってやつは、それでも人間か?」
毛超は、そう言って、唐飛を蔑んだような目で見ていた。
「お、お、おれは、知、知、知っている」
張達は、どもりながら、そう答えた。
毛超は唐飛にツヨシ―のことを話して聞かせた。
「そうか。そんなに立派なカエルだったら何としてでも助けてあげなければならない。あんな狭いところに閉じ込められて見世物になっているのはかわいそうだ」
唐飛は毛超の話を聞いて、そう言った。
「そうだな。おれも、そう思う。でも、どうやったら助けてあげることができるのだろうか」
毛超が、そう答えていた。馬小跳たちは考えにふけっていた。
しばらくしてから馬小跳が
「おれがまずツヨシ―の様子を見に行ってくる。おれが戻ってくるまで、お前たちはここでじっとしていろ。行動を起こすのはそれからだ」
と言った。
「分かった」
毛超と唐飛と張達は異口同音に、そう答えていた。
馬小跳はそのあと、再び移動小屋のほうに近づいていった。ぼくもついていった。リキシーとオカマーの威勢のいい呼び声に誘われてやってきた子どもの数がますます多くなっていた。
「さあ、みなさん、世にも珍しいカエルの芸をお見せいたします。十元で安いですよ」
オカマーは、そう言いながら、盛んに宣伝していた。列の最後尾に馬小跳が並んだのを見て、オカマーが馬小跳に近づいてきてお金を要求していた。馬小跳が十元渡すとオカマーが、にっこりして
「ありがとう。これからお見せするカエルはとても屈強なカエルですから、君に感動を与えると思います。その感動を作文に書いて学校に提出したら、きっと先生からほめられると思います」
と言った。それを聞いて、ぼくは、よくもまあ、そんな見え透いたことが言えるものだと思って、あきれていた。馬小跳も、少しもうれしそうな顔をしていなかった。リキシーとオカマーは、ぼくのことを見知っているので、あまり近づきすぎたら警戒されるかもしれないと思ったので、そのあとすぐ唐飛たちのところへ帰っていった。
馬小跳は列に並んで少しずつ前に進んでいた。馬小跳が見る順番が来ると、リキシーが馬小跳に、野太い声で
「台の上に上がれ」
と言った。馬小跳は言われる通りにした。馬小跳が台の上に上がると、リキシーはすだれをあげて、馬小跳に小屋の中をのぞかせて、ストップウォッチで時間をはかっていた。制限時間の三分が過ぎると、リキシーはすだれをさっとおろして
「はい、そこまで」
と言った。
馬小跳はそのあと急いで唐飛たちのもとへ戻ってきた。
「どうだったか。中に何があったか」
唐飛が聞いていた。
「中にステージがあって、ステージの上にツヨシ―がいた」
馬小跳が興奮冷めやらない顔をしながら、そう言った。
「どんなことをしていたのだ?」
唐飛が聞き返していた。
「ガラスのステージの上で跳んだりはねたりしていた。ステージの下には電球が幾つもついていて、ステージが熱くなっているように見えた。ステージの上にも照明がついていて、強い光線がステージを照らしていて、ツヨシ―はまぶしくてたまらないように見えた。それでもツヨシ―はめげないで、前足で逆立ちをしながら、ぴょんぴょんと絶え間なく跳んだりはねたりしていた……」
馬小跳の状況説明を聞いて、唐飛たちの胸に憤りがこみあげてきているように見えた。
「ひどい。動物虐待もはなはだしい」
唐飛がそう言った。
「そうだな。許せない」
毛超はそう言った。
「か、かわいそう」
張達は、どもりながら、そう言った。
「ツヨシ―を助けるための何かいい方法がないだろうか」
毛超がそう言った。
「そうだなあ……」
「なかなか手ごわそうな相手だから、一筋縄ではいかないぞ」
「お、おれも、そう思う」
馬小跳たちは、考えあぐねていた。
しばらくしてから馬小跳が
「例えば、こういうのは、どうだろう?」
と言った。
「何かいい方法を思いついたか?」
毛超が聞き返した。
「うまくいくか、どうか、分からないが……」
馬小跳は自信がなさそうに、そう言った。
「言ってみろよ」
毛超がせきたてた。馬小跳は、ひそひそと小声で話を始めた。声が小さかったので、ぼくには話の内容がよく聞きとれなかった。
馬小跳は、それからまもなく毛超たちを移動小屋の前に連れていって、再び列に並んだ。オカマーが馬小跳に気がついて、けげんそうな顔をしながら
「あれっ、君は、さっき見たばかりの子どもでしょう。どうしてまた来たの?」
と、聞いていた。
「とても感動したから、もう一度見たいと思って……」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて、オカマーが嬉々とした顔をしていた。
「友だちを三人連れてきた」
馬小跳が、そう言うと、オカマーは、相好を崩しながら
「君は本当にいい子ですね。お友だちにも見せてあげたいのですね」
オカマーがそう言った。馬小跳はうなずいた。
馬小跳たちは十元ずつ払い、少しずつ前のほうに進んでいった。ぼくも馬小跳たちのあとからついていった。オカマーはぼくの姿に気がついたが、ぼくの後ろにも人がたくさん並んでいたので、見物料を集めることに忙しくて、ぼくを気にかける余裕はないように見えた。
馬小跳たちがツヨシ―を見る順番が近づいてくるにつれて、ぼくは緊張感がだんだん高まってきて、胸の中がドキドキし始めた。何かが起こりそうな予感がしたからだ。四人の男の子の中で毛超が一番前に並んでいた。そのあと、張達、馬小跳、唐飛の順で並んでいた。それからまもなく毛超が見る順番がやってきた。
「台の上に上がれ」
リキシーが、野太い声で毛超にそう言って、手で合図をした。毛超が台に乗ったのを確認すると、リキシーは小屋の窓にかけてあるすだれのひもを引いて、すだれを上にあげてから、毛超に小屋の中をのぞかせた。
「三分だぞ」
リキシーは、そう言ってから、時間をはかるためにストップウォッチをじっと見ていた。リキシーがストップウォッチを見ているすきに、毛超が小屋の中に手を入れて、中からツヨシ―を取り出して、あとに並んでいた張達に渡した。張達はツヨシ―を受け取ると、お菓子を入れるビニール袋の中にツヨシ―を入れてから、急いで走り出した。それに気がついたリキシーが
「こら、待て」
と、激しい声で怒鳴りながら張達を追いかけてきた。オカマーも気がついて張達が逃げるのを阻止しようとしていた。それを見て、馬小跳がリキシーに果敢に飛び掛かっていって倒した。唐飛もオカマーに足をかけて倒した。
「くそっ、このガキどもは、ぐるになっていやがる」
「強奪は許さない」
リキシーとオカマーは忌々しそうに、そう言うと、すぐに立ち上がって、馬小跳と唐飛に拳法で強い蹴りを入れてから張達を追っていった。それを見て、ここはぼくが、リキシーとオカマーを追いかけていって妨害するしかないと思ったので、懸命にあとを追っていった。リキシーとオカマーは、ぼくが追いかけてきているのに気がついた。
「ボス、あの猫がまた来ていますよ」
オカマーが、リキシーに、怖気ながら、そう言っていた。
「かまうな、早く、あいつを追っていけ」
リキシーが、そう言って、逃げていく張達をじっと見据えていた。
張達は運動能力に優れているので、逃げ足が速い。しかし今はツヨシ―を入れたビニール袋を手に持っているので、それほどスピードはあがらず、リキシーとオカマーに追いつかれそうになった。それを見て、ぼくはリキシーの左のふくらはぎにかみついた。
「くそー、この猫、ぶっ殺してやる」
リキシーが、そう言って怒り心頭に発していた。リキシーが、荒々しい手つきでぼくをふくらはぎから離して地面にたたきつけてから、蹴りを入れようとした。その瞬間、ぼくはさっと飛びのいたので、かろうじて、ことなきをえた。ぼくは背中を弓状に曲げて、怒りのポーズを取りながら、毛を逆立てて、ぎらぎらした目でリキシーとオカマーをにらみ続けた。不気味な声を出して威嚇しながら、冷ややかな笑みで威圧した。ぼくのこの姿を見て、オカマーが、ぶるぶると震えながら
「怖くてたまらない。わたしたちは何も悪いことはしていないのに、どうしてこの猫は、こんなことをするのでしょうか」
と言っていた。
「まったく、その通りだ。この猫はおれたちの生計の道を断とうとしている。猫の分際で偉そうに」
リキシーは、そう答えて息巻いていた。リキシーの憤りは少しもおさまるところがなかった。
ぼくは恨まれる筋合いは何もないし、生計の道とは何のことなのか、意味がよく分からないでいた。ぼくが思っていることは、ただひたすらツヨシ―を助けることだけだった。
頭に血がのぼっていたリキシーは
「くそー、今度こそ、ぶっ殺してやる」
と言って、再び、ぼくに近づいてきた。殺気を感じて逃げようとしたが、今度は逃げるのが一瞬遅れて、思い切り蹴られてしまった。二度も三度も蹴られて、骨が折れてばらばらになったのではないかと思うほどの激しい痛みを感じた。それでもリキシーは、容赦なく、ぼくを蹴り続けようとしていた。それを見て、オカマーが
「ボス、それくらいにしてください。それ以上、蹴ったら死んでしまいますよ」
と言って、怒り狂っているリキシーをなだめようとしていた。
「猫の一匹や二匹ぐらい殺したって、何の罪に問われることもない」
と言って、リキシーは相変わらず息巻いていた。それを聞いて、ぼくは、ここは死んだふりをするしかないと思った。死んだと分かれば、いくら残忍なリキシーでも、これ以上、ぼくを蹴り続けることはしないだろうと思ったからだ。鬼の目にも涙と言うではないか。ぼくはそう思ったので、ぴくりとも動かないで、じっとしていた。それを見て、オカマーが悲しそうな声で
「かわいそうに、この猫は死んでしまった」
と言った。
それからまもなくリキシーとオカマーは、どこかへ行ってしまった。
ぼくがリキシーやオカマーと戦っていた場所は馬小跳たちがいる場所からは少し離れていたので、馬小跳たちはぼくの姿を見失って、遊園地の中をあちこち探し回っていた。その姿が見えたので、ぼくは声を出して返事をしようと思った。でも傷が痛くて声が出なかった。結局、馬小跳たちは、ぼくがどこにいるのか分からないまま帰っていった。そのあとぼくの意識はだんだん薄れていって、前後不覚になってしまった。