そもそもこの衛門の督様がどうして女三の宮様に恋心を抱かれたかというとね。
宮様の乳母と衛門の督様の乳母が姉妹なの。
それでまだ宮様がお小さかったころから、入道の上皇様が宮様をどれほどかわいがっておられるかお聞きになっていて、ご想像とご期待で恋心がふくれあがっていったというわけ。
宮様の乳母の娘も宮様にお仕えしている。
衛門の督様は「小侍従」と呼ばれるその娘を味方につけようとなさっているの。
源氏の君が紫の上のご看病で二条の院に行かれたままと聞いて、衛門の督様は小侍従をお屋敷にお呼びになった。
「若いころから女三の宮様に恋い焦がれてきたが、そなたという伝手があったから、ご様子を伺うことも、こちらの気持ちをお伝えすることもできた。それには感謝しているが、いっこうに私の恋は進んでいない。
父君の入道の上皇様でさえ、源氏の君と結婚させたことを後悔なさっているそうではないか。『姫宮を本当に愛して世話してくれる男と結婚させればよかった。かえって女二の宮の結婚の方が安心で、将来も長く頼りにできる婿だろう』と仰せになったとか。お気の毒で悔しい。やはりいくらご姉妹でも別物だから、私が本当にほしかったのは女三の宮様なのだ」
苦しそうにおっしゃるので、小侍従はあきれてしまう。
「贅沢すぎるお望みですこと。恐れ多くも女二の宮様を頂戴なさって、さらに女三の宮様までほしいとおっしゃるのですか」
苦笑いして衛門の督様はおっしゃる。
「そうだよ。そう思ってもおかしくはないだろう。入道の上皇様も帝も、私の求婚を検討はしてくださっていたのだ。そなたやそなたの母が、あと少し私のことをよく申し上げていてくれたら話は変わったはずだ」
「まさか、そのようなことで変わりはいたしませんよ。ご競争相手はあの源氏の君だったというのに、どうしてあなた様のようなご身分の方が勝てたとお思いなのです。今でこそそれなりにご出世なさっていますけれど、あのころは上級貴族でもいらっしゃらなかったのに」
びっくりするほどはっきり申し上げるので、衛門の督様は圧倒されてしまわれる。
「あぁ、そなたを責めても仕方がない。昔のことより今のことだ。私の気持ちをほんの少しだけ姫宮様にお伝えしたいのだよ。そのくらいの手引きはしてくれてもよいだろう。それ以上の身の程知らずな考えはもうない。姫宮様のご身分に対しても、夫君である源氏の君に対しても恐れ多いからね」
「十分に身の程知らずなお考えでございますよ。とんでもないことを思いつかれるのだから困ってしまう。お呼びになったから参りましたけれど、来なければようございました」
「そんなに怒るな。あまり冷たいことを言わないでおくれ。男女の仲などどうなるか分からないものだ。女御や中宮の位にある方に帝以外の男が近づいたことだって、これまでまったくなかったとは言えないだろう。それを思えば姫宮様に近づくことくらい、そなた次第でどうとでもなる。
源氏の君のご正妻というのはこの上なくご立派なお立場だけれど、内心ではお寂しいことも多いのではないか。入道の上皇様に一番かわいがられた女三の宮様が、格下の身分の女君たちに混ざっていらしては、何かと不愉快なこともおありだろう。世間中がそう言っている。
源氏の君のお年を考えれば、いつ何が起きてもふしぎではない。お亡くなりになったら私がご再婚相手になれるかもしれないのだ。今の状況が永遠に続くと信じこんで、他の男の面子をつぶすようなことを言ってはいけない」
「源氏の君のご愛情が薄いとしても、それ以上のご結婚先はあなた様を含めて他にございませんよ。そもそもこのご結婚はふつうのご関係ではないのです。後見役がいらっしゃらない姫宮様を入道の上皇様がご心配なさって、親代わりとして源氏の君にお預けになったのですもの。お互いにそれを理解して同情しあっておられるのですから、よけいな悪口をおっしゃいますな」
小侍従はますます腹を立てるから、衛門の督様はわざと弱々しく最後の一押しをなさる。
「強気なことを言ってしまったけれど、本当はね、ご立派な源氏の君を見慣れておられる姫宮様に、私の姿をお目にかける自信なんてないのだよ。せいぜいついたて越しに一言申し上げられるかどうかで、それだけのことなら宮様の品位に傷がつくこともないだろう。神様や仏様に、かしこまってほんの一言お声をおかけするのと同じなのだ」
あくまでも姫宮様を恐れ多い存在とした上でお願いなさるの。
先ほどまでありえないことだと思っていた小侍従は、つい同情してしまう。
「ちょうどよい機会があったら、でございますよ。源氏の君がいらっしゃらない夜は、ご寝室の周りに女房が集まりますし、宮様のお近くに控えているお役目の人もいますから、そんな機会は来ないかもしれませんけれど」
困りながらそう申し上げて六条の院に帰っていった。
宮様の乳母と衛門の督様の乳母が姉妹なの。
それでまだ宮様がお小さかったころから、入道の上皇様が宮様をどれほどかわいがっておられるかお聞きになっていて、ご想像とご期待で恋心がふくれあがっていったというわけ。
宮様の乳母の娘も宮様にお仕えしている。
衛門の督様は「小侍従」と呼ばれるその娘を味方につけようとなさっているの。
源氏の君が紫の上のご看病で二条の院に行かれたままと聞いて、衛門の督様は小侍従をお屋敷にお呼びになった。
「若いころから女三の宮様に恋い焦がれてきたが、そなたという伝手があったから、ご様子を伺うことも、こちらの気持ちをお伝えすることもできた。それには感謝しているが、いっこうに私の恋は進んでいない。
父君の入道の上皇様でさえ、源氏の君と結婚させたことを後悔なさっているそうではないか。『姫宮を本当に愛して世話してくれる男と結婚させればよかった。かえって女二の宮の結婚の方が安心で、将来も長く頼りにできる婿だろう』と仰せになったとか。お気の毒で悔しい。やはりいくらご姉妹でも別物だから、私が本当にほしかったのは女三の宮様なのだ」
苦しそうにおっしゃるので、小侍従はあきれてしまう。
「贅沢すぎるお望みですこと。恐れ多くも女二の宮様を頂戴なさって、さらに女三の宮様までほしいとおっしゃるのですか」
苦笑いして衛門の督様はおっしゃる。
「そうだよ。そう思ってもおかしくはないだろう。入道の上皇様も帝も、私の求婚を検討はしてくださっていたのだ。そなたやそなたの母が、あと少し私のことをよく申し上げていてくれたら話は変わったはずだ」
「まさか、そのようなことで変わりはいたしませんよ。ご競争相手はあの源氏の君だったというのに、どうしてあなた様のようなご身分の方が勝てたとお思いなのです。今でこそそれなりにご出世なさっていますけれど、あのころは上級貴族でもいらっしゃらなかったのに」
びっくりするほどはっきり申し上げるので、衛門の督様は圧倒されてしまわれる。
「あぁ、そなたを責めても仕方がない。昔のことより今のことだ。私の気持ちをほんの少しだけ姫宮様にお伝えしたいのだよ。そのくらいの手引きはしてくれてもよいだろう。それ以上の身の程知らずな考えはもうない。姫宮様のご身分に対しても、夫君である源氏の君に対しても恐れ多いからね」
「十分に身の程知らずなお考えでございますよ。とんでもないことを思いつかれるのだから困ってしまう。お呼びになったから参りましたけれど、来なければようございました」
「そんなに怒るな。あまり冷たいことを言わないでおくれ。男女の仲などどうなるか分からないものだ。女御や中宮の位にある方に帝以外の男が近づいたことだって、これまでまったくなかったとは言えないだろう。それを思えば姫宮様に近づくことくらい、そなた次第でどうとでもなる。
源氏の君のご正妻というのはこの上なくご立派なお立場だけれど、内心ではお寂しいことも多いのではないか。入道の上皇様に一番かわいがられた女三の宮様が、格下の身分の女君たちに混ざっていらしては、何かと不愉快なこともおありだろう。世間中がそう言っている。
源氏の君のお年を考えれば、いつ何が起きてもふしぎではない。お亡くなりになったら私がご再婚相手になれるかもしれないのだ。今の状況が永遠に続くと信じこんで、他の男の面子をつぶすようなことを言ってはいけない」
「源氏の君のご愛情が薄いとしても、それ以上のご結婚先はあなた様を含めて他にございませんよ。そもそもこのご結婚はふつうのご関係ではないのです。後見役がいらっしゃらない姫宮様を入道の上皇様がご心配なさって、親代わりとして源氏の君にお預けになったのですもの。お互いにそれを理解して同情しあっておられるのですから、よけいな悪口をおっしゃいますな」
小侍従はますます腹を立てるから、衛門の督様はわざと弱々しく最後の一押しをなさる。
「強気なことを言ってしまったけれど、本当はね、ご立派な源氏の君を見慣れておられる姫宮様に、私の姿をお目にかける自信なんてないのだよ。せいぜいついたて越しに一言申し上げられるかどうかで、それだけのことなら宮様の品位に傷がつくこともないだろう。神様や仏様に、かしこまってほんの一言お声をおかけするのと同じなのだ」
あくまでも姫宮様を恐れ多い存在とした上でお願いなさるの。
先ほどまでありえないことだと思っていた小侍従は、つい同情してしまう。
「ちょうどよい機会があったら、でございますよ。源氏の君がいらっしゃらない夜は、ご寝室の周りに女房が集まりますし、宮様のお近くに控えているお役目の人もいますから、そんな機会は来ないかもしれませんけれど」
困りながらそう申し上げて六条の院に帰っていった。



