野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

そのまま二月が終わってしまった。
これ以上ないほど源氏(げんじ)(きみ)はお(なげ)きになって、ためしに場所を変えてみてはと、(むらさき)(うえ)二条(にじょう)(いん)にお移しになる。
(みかど)もご病気をお聞きになって悲しまれる。
源氏の君のご子息(しそく)大将(たいしょう)様もできるかぎりのご協力をなさる。

「何度も出家(しゅっけ)をお願いしておりますのに、どうして」
少し意識がはっきりなさっているときには、か細い声で源氏の君をお(うら)みになる。
<死んでしまって別れるなら(あきら)めもつくだろうが、出家で別れるのは()えられない>
()しくて悲しくて、とても源氏の君にはお許しになれないの。
「昔から私の方こそ出家したいと思っていたのだ。あなたのためにそれを我慢していたのに、逆にあなたが私を置いて出家すると言うのか」

そうおっしゃっているうちにどんどんご病気は重くなって、危篤(きとく)状態になってしまわれることもたびたびある。
<どうしたらよいのだ>
源氏の君は混乱なさる。
出家を許せば、もしご病気から回復されてももうご夫婦ではいられない。
しかし出家をさせないままお亡くなりになったら、紫の上はあの世でお苦しみになる。

二条の院で紫の上に付ききりになって、姫宮(ひめみや)様のところへはまったく行かれない。
家来(けらい)女房(にょうぼう)たちも二条の院に移ってきて、六条(ろくじょう)(いん)は静まりかえっている。
姫宮様をはじめ、花散里(はなちるさと)の君や明石(あかし)の君もおいでだけれど、紫の上がいらっしゃらないだけでそうなってしまうの。

女御(にょうご)様も心配して六条の院から二条の院へお移りになった。
「もし妖怪(ようかい)()りついたら大変です。早く六条の院にお戻りなされませ」
苦しみながらおっしゃる。
女御様がお連れになったご次男の皇子(みこ)様がとてもおかわいらしくて、紫の上は涙をこぼされる。
「大人におなりになったところを拝見できませんね。私のこともお忘れになってしまうでしょうね」
弱々しくおっしゃるので、女御様もお泣きになる。

縁起(えんぎ)の悪いことを考えてはいけない。それほど深刻(しんこく)なご病気ではないのだ。気の持ちようでなんとでもなるものだから、心を落ち着かせてまだまだ生きておくれ」
僧侶(そうりょ)たちも懸命(けんめい)にお祈りしている。
妖怪が憑りついているわけではなさそうなの。
とにかく原因がはっきりしない。
ただ、毎日少しずつ弱っていかれるから、源氏の君は悲しくて他のことなど何もお考えになれない。