翌朝、源氏の君と紫の上は日が高くなるまでお休みになっていた。
「姫宮様の琴はずいぶんお上手になられたと思いませんか」
源氏の君がお尋ねになる。
「ええ、とてもお上手でございました。練習をおはじめになったころはまだ初々しい音色でしたのに。あなたが付ききりでお教えなさったのですから、それもそのはずでございましょうけれど」
「我ながらよい師匠ぶりだった。琴の伝授はいろいろと面倒で、時間もかかるからお教えするつもりはなかったのだが、入道の上皇様が期待しておられると聞いてね。せっかく姫宮様のご後見役にお選びいただいたのだから、そのくらいのことはしてさしあげなければと決心したのですよ。
あなたにはあまり楽器を教えてあげられませんでしたね。お小さかったころは私も何かと忙しかったのです。近ごろは暇はできたけれど、つぎつぎと対処しなければならないことが起きるものだから、ろくに聞いてあげることもしていない。それなのにあなたは本当にお上手になって、昨夜の和琴などは大将がたいそうほめていましたよ。いつのまにか私の理想どおりに育ってくれていてうれしい」
紫の上は、音楽はもちろん家庭的なことにも才能がおありなの。
六条の院の細々としたことを管理して指示を出し、さらに今では皇子様たちの祖母君として、あらゆるお世話を完璧に取り仕切っていらっしゃる。
<これほど何もかもできてしまう女性は世間にいないだろう>
感心なさると同時に、なんだか不吉なようにも思われる。
今年、紫の上は厄年の三十七歳でいらっしゃる。
源氏の君がはじめてお会いになったときから三十年近くが経っているの。
しみじみと昔を思い出しながら、この一年を無事に過ごされるようご注意をなさる。
「厄払いのお祈りなどはいつも以上にしっかりさせて、注意深くお過ごしなさい。私は何かと忙しくて気が回らないことがあるかもしれない。あなたの方でいろいろと考えて、おおがかりな法要をするということなら私の方で手配しよう。昔、あなたや私が世話になった北山の僧侶は亡くなってしまったのだったね。惜しいことだ。あなたの親戚だからというのではなく、こういうときに頼りになる立派な僧侶だったのに」
お互いの年齢を思ってしみじみとお続けになる。
「私は皇子として生まれて、今も世間から立派に扱われている。しかしその代わりなのだろうか、肉親とは縁が薄く悲しい思いをすることが多かった。母君を物心つく前に亡くし、しばらくして祖母君もお亡くなりになった。それから父君である上皇様を失った。私を守ってくださるはずの肉親が皆いなくなってしまわれた。この年になってもまだ思い出しては悲しくなるのだよ。生きるとは何か、死ぬとは何か、そんなことばかり考えているから、かえって長生きしているのかもしれない。
一方あなたは、なんともお幸せな身の上ですよ。たしかに私が須磨や明石へ行っていた間は寂しい思いをさせたが、それ以外では何もつらいことなどなかったでしょう。後宮のお妃様たちは、最上位の中宮様であってもご苦労が多いものですよ。身分の高い姫君同士で帝のご愛情を競い合うのですからね。
あなたは父親同然の私の屋敷の奥深くで育てられ、大人になっても娘時代と変わらずのんびり過ごしている。これほど安心な生活はないでしょう。自覚はおありだろうか。
ひとつ予想外だったことがあるとすれば、姫宮様がご降嫁なさったことでしょうね。それは私も多少心苦しく思っているが、かえって私の愛情はよりいっそう深まったのだからご満足だろう。あなたはそのあたりをきちんと分かっている人だから信頼できるのですよ」
「仰せのとおり、私などには幸せすぎる人生でしたけれど」
お返事の最後は消えるように小さくなる。
紫の上にとって「生きる」とはご自分を源氏の君のお好みに合わせることで、それは同時にご自分の首を絞めて、本来の紫の上が「死ぬ」ことでもあったの。
こんなときでも「最後まではっきり言いきらないのが貴婦人らしい」と評価される。
そういう世界で、三十年近く、死にながら生きていらっしゃったのよ。
すぐにいつものほほえみを取り戻しておっしゃる。
「正直なところ、もう先は長くないような気がしているのです。それなのに厄年の一年をこのまま過ごすのは気がかりです。前々からお願いしております出家を、どうかお許しいただきとう存じます」
「だからその件はいけないと言ってあるでしょう。あなたが出家してしまったら、私はどうやって生きていけばよいのだ。この先何かおもしろいことがあるような年でもないけれど、毎日あなたのお顔を見られることが最高の幸せなのですよ。私の誠意を最後まで見ていてください」
源氏の君のお許しがなければ、紫の上はご出家なさることはできない。
<あぁ、また同じ繰り返しだ>
これまで何度お願いなさっても、源氏の君はお許しにならなかった。
つらくて涙ぐまれるのを、源氏の君は気の毒とも美しいともお思いになりながら慰めていらっしゃる。
「姫宮様の琴はずいぶんお上手になられたと思いませんか」
源氏の君がお尋ねになる。
「ええ、とてもお上手でございました。練習をおはじめになったころはまだ初々しい音色でしたのに。あなたが付ききりでお教えなさったのですから、それもそのはずでございましょうけれど」
「我ながらよい師匠ぶりだった。琴の伝授はいろいろと面倒で、時間もかかるからお教えするつもりはなかったのだが、入道の上皇様が期待しておられると聞いてね。せっかく姫宮様のご後見役にお選びいただいたのだから、そのくらいのことはしてさしあげなければと決心したのですよ。
あなたにはあまり楽器を教えてあげられませんでしたね。お小さかったころは私も何かと忙しかったのです。近ごろは暇はできたけれど、つぎつぎと対処しなければならないことが起きるものだから、ろくに聞いてあげることもしていない。それなのにあなたは本当にお上手になって、昨夜の和琴などは大将がたいそうほめていましたよ。いつのまにか私の理想どおりに育ってくれていてうれしい」
紫の上は、音楽はもちろん家庭的なことにも才能がおありなの。
六条の院の細々としたことを管理して指示を出し、さらに今では皇子様たちの祖母君として、あらゆるお世話を完璧に取り仕切っていらっしゃる。
<これほど何もかもできてしまう女性は世間にいないだろう>
感心なさると同時に、なんだか不吉なようにも思われる。
今年、紫の上は厄年の三十七歳でいらっしゃる。
源氏の君がはじめてお会いになったときから三十年近くが経っているの。
しみじみと昔を思い出しながら、この一年を無事に過ごされるようご注意をなさる。
「厄払いのお祈りなどはいつも以上にしっかりさせて、注意深くお過ごしなさい。私は何かと忙しくて気が回らないことがあるかもしれない。あなたの方でいろいろと考えて、おおがかりな法要をするということなら私の方で手配しよう。昔、あなたや私が世話になった北山の僧侶は亡くなってしまったのだったね。惜しいことだ。あなたの親戚だからというのではなく、こういうときに頼りになる立派な僧侶だったのに」
お互いの年齢を思ってしみじみとお続けになる。
「私は皇子として生まれて、今も世間から立派に扱われている。しかしその代わりなのだろうか、肉親とは縁が薄く悲しい思いをすることが多かった。母君を物心つく前に亡くし、しばらくして祖母君もお亡くなりになった。それから父君である上皇様を失った。私を守ってくださるはずの肉親が皆いなくなってしまわれた。この年になってもまだ思い出しては悲しくなるのだよ。生きるとは何か、死ぬとは何か、そんなことばかり考えているから、かえって長生きしているのかもしれない。
一方あなたは、なんともお幸せな身の上ですよ。たしかに私が須磨や明石へ行っていた間は寂しい思いをさせたが、それ以外では何もつらいことなどなかったでしょう。後宮のお妃様たちは、最上位の中宮様であってもご苦労が多いものですよ。身分の高い姫君同士で帝のご愛情を競い合うのですからね。
あなたは父親同然の私の屋敷の奥深くで育てられ、大人になっても娘時代と変わらずのんびり過ごしている。これほど安心な生活はないでしょう。自覚はおありだろうか。
ひとつ予想外だったことがあるとすれば、姫宮様がご降嫁なさったことでしょうね。それは私も多少心苦しく思っているが、かえって私の愛情はよりいっそう深まったのだからご満足だろう。あなたはそのあたりをきちんと分かっている人だから信頼できるのですよ」
「仰せのとおり、私などには幸せすぎる人生でしたけれど」
お返事の最後は消えるように小さくなる。
紫の上にとって「生きる」とはご自分を源氏の君のお好みに合わせることで、それは同時にご自分の首を絞めて、本来の紫の上が「死ぬ」ことでもあったの。
こんなときでも「最後まではっきり言いきらないのが貴婦人らしい」と評価される。
そういう世界で、三十年近く、死にながら生きていらっしゃったのよ。
すぐにいつものほほえみを取り戻しておっしゃる。
「正直なところ、もう先は長くないような気がしているのです。それなのに厄年の一年をこのまま過ごすのは気がかりです。前々からお願いしております出家を、どうかお許しいただきとう存じます」
「だからその件はいけないと言ってあるでしょう。あなたが出家してしまったら、私はどうやって生きていけばよいのだ。この先何かおもしろいことがあるような年でもないけれど、毎日あなたのお顔を見られることが最高の幸せなのですよ。私の誠意を最後まで見ていてください」
源氏の君のお許しがなければ、紫の上はご出家なさることはできない。
<あぁ、また同じ繰り返しだ>
これまで何度お願いなさっても、源氏の君はお許しにならなかった。
つらくて涙ぐまれるのを、源氏の君は気の毒とも美しいともお思いになりながら慰めていらっしゃる。



