野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

夜が()けて空気が冷たくなったころ、やっと月が出てきた。
「春の朧月夜(おぼろづきよ)は明るさが頼りないな。秋は月もよいし、楽器の音に虫の音があわさってすばらしく響くものだが」
源氏(げんじ)(きみ)は秋派でいらっしゃるのかしら。
大将(たいしょう)様がお返事なさる。
「たしかに秋の明るい月のもとでは楽器の音もはっきりと響きますが、見事(みごと)すぎる月や秋草(あきくさ)の花に()(うつ)りされまして、今ひとつ音楽に集中できないような気がいたします。むしろ、春の(かすみ)の間から(はかな)げな月が見えるころに、静かに吹いた笛の音の方が、美しく(のぼ)っていくように思われます。今回の音楽会は、春の夕暮れにやさしくとけあうようなすばらしい会でございました」
大将様は春派というよりも、今日の音楽会の味方をなさりたいみたい。

「春か秋のどちらが優れているかは難しい問題だね。昔の賢人(けんじん)にも決められなかったことなのだから、私たちではどうにもなるまい。ただ、秋の曲よりも春の曲の方が格上に(あつか)われるから、音楽の面ではそなたの言うことが正しいのかもしれない。
ところで女君(おんなぎみ)たちの演奏はどうだった。内裏(だいり)で名人が弾くのと比べてそれほど(おと)らないように聞こえたが、長年参内(さんだい)もせず引きこもっているせいで、上手(じょうず)下手(へた)かを聞き分ける力が弱くなっているだけだろうか。それにしてもここの女君たちは音楽の才能がおありだと思うのだよ」

「おっしゃるとおりでございます。私もそれを申し上げようと思いましたが、若造(わかぞう)がえらそうに批評(ひひょう)してはと遠慮しておりました。女君たちはどなたも驚くほどお上手で、歌を歌うのも緊張いたしました。とくに和琴(わごん)は、名人である前の太政(だいじょう)大臣(だいじん)様くらいしか弾きこなせる方はおられませんのに、ご立派に音色を成立させていらっしゃいました」
(むらさき)(うえ)を大将様がおほめになると、
「それほどではないだろうに、ずいぶんと持ち上げてくれるのだね」
と、源氏の君は満足そうにほほえみなさった。