野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

(そう)(げん)が心配だな。調律(ちょうりつ)してしっかり()めておかないといけないが、女御(にょうご)様のお力ではとても無理だ。笛の少年たちにはまだ()が重い。大将(たいしょう)を呼んだ方がよいだろう」
源氏(げんじ)(きみ)がご子息(しそく)を呼ぶようお命じになったから、
<大将様も演奏をお聞きになるのか>
女君(おんなぎみ)たちはついたての後ろで緊張なさる。
明石(あかし)の君以外は源氏の君が直接楽器をお教えになった方たちなので、お師匠(ししょう)としても大将様の評価は気になるところね。

<女御様は内裏(だいり)での音楽会にも慣れていらっしゃるから大丈夫だろう。このなかでは和琴(わごん)が難しい。弾く人が自分の感性(かんせい)を頼りに音色をつくっていかなければならないから、ふつうの女性はとまどうものだ。しかも合奏となると、少しでもとまどえば、ひとりだけ調子(ちょうし)(はず)れになってしまう>
(むらさき)(うえ)に和琴をお(まか)せしたことをお気の毒にお思いになる。

大将様はすっかり日が暮れるころにお越しになった。
内裏での音楽会より念入りに身支度(みじたく)なさって、美しいお着物に深くお(こう)をたきしめていらっしゃる。
白梅(はくばい)の花が雪のように咲き乱れている。
梅の香りがゆったりと御殿(ごてん)の方へ吹いていくと、室内のお香の香りと合わさってすばらしい香りになるの。

()(えん)にお座りになった大将様に、源氏の君は(すだれ)の下から筝をお出しになった。
「上級貴族にこのようなことをさせるのは悪いが、この筝の調律を頼みたいのだ。他の男を呼べる会ではないからね」
大将様はかしこまって受け取ると、すぐに調整してお返ししようとなさる。
「試しに少しくらいは弾いてみよ。こういう会ははじまりの雰囲気が大切なのだ」
「いえ、このようなすばらしい音楽会に私の音色などを混ぜるわけにはまいりません」
恐縮(きょうしゅく)してお断りなさると、
「気持ちは分からないでもないが、女君たちの演奏に負けることを怖れて逃げたと(うわさ)されては(はじ)だろう」
と源氏の君はお笑いになる。

ほんの少しさらりと弾いて、簾の向こうにお返しになった。
同じ濡れ縁には、笛の少年たちが大人びた格好で(ひか)えている。
まだ未熟(みじゅく)だけれど、将来が楽しみになるような音色で笛を吹きはじめた。