図書館のあるじさま!~読書ぎらいのわたしが図書委員になったら分類男子のあるじになりました!~

「それなら父親から教わったんじゃないのか? 十司文ってことは父親は有名な小説家だろう? 文章を書いて話を作るのを仕事にしている奴だ」
「パパのことを知っているの?」
「まあな。この本に載っていたからな」

 そう言って、総玖くんが片手を振っただけで近くの棚から一冊の分厚い本が飛んでくる。
 まるで鳥のように総玖くんの手の上にピタリと載った本に驚いていると、「これが『ビブリティカ』の力だ」と教えてくれた。

「オレたち『ビブリティカ』はこうやって探している本を『呼ぶ』んだ。できるのは自分の分類に限るけどな。オレの場合は『0類』の本だ」
「それでもすごいよ! まるで魔法みたい!」

 わたしが興奮したからだろうか。総玖くんは得意そうにニッて笑いながら「まあな」と得意そうに返事をする。

「この『出版人物事典』には、年代や本の会社――出版社ごとに本を出した人の名前が書かれている。去年発売した本の作者の中に名前があったはずだ……十司英蒔って名前が」

 そう言いながら総玖くんが「と」から始まるページを捲る。そしてパパの名前を見つけたのか、「ほら」と細かい文字がびっしりと書かれたページのとある箇所を指で軽く叩いた。
 本を受け取ったわたしが覗き込むと、そこにはパパこと十司英蒔が書いた本や簡単なパパのプロフィール、顔写真まで載っていたのだった。
 誕生日や住んでいる都道府県、最初に発売した小説、コンテストでの受賞歴、好きな食べ物や場所以外にも家族に関する話もあり、「小学生の一人娘を溺愛している」なんて書かれていたのだった。

「そのプロフィールに書かれている『一人娘』っていうのがあんただろう? 今年中等部に入学したのなら、去年までは小学生ということでおかしくないからな」
「それだけでわたしのパパが十司英蒔なんて分からないと思うけど……」
「顔だってそっくりだろう。それに何十年か前に発売された『出版人物事典』には十司英蒔が赤ん坊のお前を抱いた写真が掲載されていたぞ。今は個人情報の保護を優先して、写真に写っている本人が『本に載せて良い』と言わない限り使わないみたいだけどな」

 げっ! パパってばわたしが写っている写真を勝手に使っていたんだ。
 これまでパパが有名な作家ってだけで、クラスメイトやクラスメイトのパパやママたちから、「人気俳優やアイドルに会ったことがある?」とか、「テレビの取材が来たことある?」って聞かれて大変だったんだから。
 それもあって誰も知り合いがいない、この永都学園を選んだのに……。

「何十年か前の『出版人物事典』って……シリーズものの漫画のように何冊も出ているの?」
「ああ。事典や辞書は同じタイトルで毎年発売するんだ。新しい情報を載せたり、間違った情報や変更があった情報を直したりしてな」

 つまり漫画のように毎回内容が異なるいろんな話が続くわけではなくて、同じ情報を何度も繰り返し載せているということか。その中で少しずつ情報を足して、同じ内容でも毎年ちょっとずつ変わっているみたいな。

「事典って何でもあるの?」
「事典は人名や地名、歴史、食べ物、生き物、植物、機械なんかのあらゆるできごとやモノについて書かれているんだ。地名って言っても日本国内の地名だけじゃなくて、都道府県ごとの地名や海外の地名について説明しているものもある。そういった特定のできごとやモノだけを書いている事典のことは『専門事典』って呼ぶんだ」

 生き物に関する事典だけでも、陸の生き物、海の生き物と分かれていて、その中でも今度は住んでいる場所や地域ごとにさらに分かれる。陸の生き物の場合は住んでいる場所が山と森とサバンナのどこで変わってくるし、海の生き物は川と海かのどちらかで説明する生き物がちがってくる。
 住む場所が同じでも今度は生き物の種類ごとで変わってきて、陸に住む生き物でも、犬や猫、ハムスター、うさぎのように人と暮らしているか、シカやクマ、キツネやタヌキのように自然で暮らしているか。チョウやアリのような昆虫か、スズメやカラスのような鳥かでも細かく分かれるんだって。
 それで生き物の事典だけでも、「山の生き物」、「サバンナの生き物」、「空を飛ぶ生き物」、「海を泳ぐ生き物」、「川で暮らす生き物」で何十冊もあるんだ。

「ちなみに国語辞典や漢字辞典のように、ことばの意味や由来について書かれている本は『辞典』って書く。読み方は同じでも漢字はちがうからテストでまちがえるなよ」
「そもそも図書館って必要なの? 今どき本なんてインターネットでも読めるし、書店に行けば手に入るよ」
「図書館ってのはな。日本国憲法で決められた本と本を読む場所を提供する役目を持っているんだ。日本国憲法には『表現の自由』っていうのがある。ようは自分が考えていることを好きに言ったり書いたりして良いってことだ。あんただってインターネットのSNSでその日にあったことを書いて発信したり、誰かが投稿した文章を読んだり、写真や動画を観たりするだろう。それも日本国憲法で守られているからだ」

 日本国憲法なら小学校の社会の授業でやったから知っている。わたしたちこの日本に住む人たちが守るべき決まり事ややっても良いことが書かれているんだよね。
 わたしたち子供が学校で勉強して、パパやママたち大人がお仕事をして税金を納めることもこの日本国憲法で決まっているからだって。
 
「そんな『考える』ために必要な材料となる本や情報を誰でも手に入れられるようにしているのが図書館ってわけ。図書館は金持ちの人も貧しい人も、男や女、子供や大人も関係なく使えるように開かれている。お金が無いから図書館を追い出された、女だから図書館を使わせてもらえなかったって話は聞いたことないだろう?」
「まあ、たしかに……」

 お金が足りないからとレストランでご飯を食べられなかった人の話は聞いたことがあるけど、子供だけで図書館に行ったからといって図書館を使わせてもらえなかったという話は聞いたことない。男の人は図書館を使えるけれども、女の人は使わせてもらえなかったという話も。
 
「図書館はどんな暴力や権力にも屈しないで、図書館が定めたルールで本を集めて全ての国民が使えるようにする。戦争の時はこうもいかなかったんだ。国民にとって都合が悪い本は没収されて燃やされて、『考える』ことさえ禁止された。その時に燃やされてもう読めなくなった本も数えきれないくらいあるんだ」
「どこかに残っていないの? 誰かが持っているとか、インターネットにあるとか」
「たまたま持っていた人がいて残った本もあるけれども、そうじゃない本も多い。その頃はインターネットなんて便利なものはないぞ。誰かが無断でインターネットに載せているとかないからな」

 図書館って歴史が長い建物なんだね。ただ単に本を置いている場所だと思っていた。

「ちなみに日本で最初の図書館は今から千年以上前の奈良時代にできたんだ。元々は貴族が読みたい人にだけ貸出していたのがきっかけだな。学校に図書館ができたのは戦後から。すでに明治時代や大正時代にはあったという話もあるな。生徒や学生たちに正しい知識と教養を身につけるために、学校に図書館を置くことが義務付けられたんだ。今ではコスパの悪さからすっかり読まれなくなったけどな。あんたと同じで」

 ぎくりと昨日のことを思い出す。やっぱり昨日言ったことを総玖くんは気にしていたんだ。
 そうだよね。歴彦さんの話だと総玖くんたち「ビブリティカ」は生徒と本の出会いをお手伝いするために生まれたんだもの。肝心の生徒が本を読みたいって思わなければ、本との出会いを手伝うこともできないよね。

「ご、ごめん。ひどいことを言って……でもあんたって呼ぶのはやめて。わたしには文って名前があるんだけど」
「あるじにならないって言っているヤツの名前を覚える必要ないだろう。ほら、そろそろ帰ったら。あまり遅くなったらマズイんだろう」

 壁に掛けられた時計を確認するとそろそろ図書館に出ないと電車に間に合わない時間だった。ジャマ者のように帰れと言われたからかちょっと納得いかないが、渋々帰ることにしたのだった。

「また来るから……」
「ちょっと待て」

 そう言って総玖くんが付いてくると、背伸びをしてわたしの頭に手を伸ばす。ほとんど同じ身長の総玖くんの顔が近づいてきたのでとっさに目を瞑ってしまったけれども、額に何か温かくて柔らかなものがちょっとだけ触れただけですぐに離れてしまう。
 何をされたのか恐る恐る目を開けると、身体を離した総玖くんが指先で摘まんでいた何かをポイッと捨てたところだった。

「頭にホコリが付いてた」
「それなら自分で取るから教えてくれればいいのに……」

 他にもついているかもしれないと気になって頭を触っていると、総玖くんに大きなため息をつかれてしまう。
 
「教える方が面倒だ。自分で取った方が早い」
「もう……」
「用はもう終わりだ。電車時間があるんだろう。早く帰れ」

 頬をぷくっと膨らませながらもカバンを持つと、帰り際に総玖くんを振り返る。背を向けた総玖くんはもう何も反応しなかったが、それでもボソリと呟いた言葉を、わたしは聞き逃さなかった。

「もう時間がないんだ。オレたちも、この図書館も……」