図書館のあるじさま!~読書ぎらいのわたしが図書委員になったら分類男子のあるじになりました!~

「私たち『ビブリティカ』はそれぞれの分類を多くの生徒さんたちに知ってもらって、図書館が生徒さんたちと本の出会いの場所となるお手伝いをするために、図書館の最初の館長によって作られました」

 この図書館ができたのは学園と同じ頃だから、そろそろ百年になるのかな。その頃に生まれたのならもうおじいちゃんの年齢になっているはずだけど、歴彦さんも心聖くんもずっと若い。心聖くんなんて、わたしと同い年くらいに見えるし。
 
「つまり人じゃないということですか?」
「はい。私たちは歳を取りません。図書館で使われている分類から生まれたので、基本的には図書館の外に出ることもできません。ただここであるじとなる人を待つしかないのです」

 歴彦さんが教えてくれた十個の分類以外にも図書館ごとに独自の分類があって。
 この永都学園の図書館では、絵本と紙芝居を「絵本」、図書館二階にある視聴ブース用に貸出しているDVDやCDを「視聴覚」っていう独自の分類を作って別の棚に置いているとか。
 どちらも置いている数が少ないから、分類するまでも無いんだって。

「三十年程前までは本を読む生徒さんが多かったので私たちの姿を見える人が幾人もいて、そうした人たちが図書委員を任されていました。しかし最近は本を読む生徒さんが減って、私たちの姿が見える人もいなくなってしまいまして……最後のあるじ候補は十年前の図書委員でしょうか」
「そのあるじというのもよく分からなくて……あるじっていうのは何ですか?」
「あるじはその名の通り、私たち『ビブリティカ』の力を最大限に引き出してくれる特別な力を持つ方のことです。実は私たち『ビブリティカ』はあるじがいなければ、こうして自由に歩き回ることも、本を探すお手伝いもできません」
「でも。おふたりはわたしの目の前にいますよね? 総玖くんだって……」

 わたしの質問になぜか歴彦さんだけでなく、心聖くんまで下を向いて顔を曇らせてしまう。
 
「今はかろうじて私と心聖さん、そして総玖さんの三人だけが動けますが……他の『ビブリティカ』は眠ってしまいました」
「眠るって……?」
「……人の姿になれなくなって、消えたんだよ」

 そう眉間に皺を寄せながら答えてくれたのは心聖くんだった。

「『ビブリティカ』はあるじとなる人間がいてこそ存在できるんだ。いなくなれば消えるしかない。あんたがあるじにならなければ、いずれはおれたちも消えるってことだよ」
「心聖さん、そういう言い方は……」
「ツグ兄は優しいから言いたくないだろうけど、どうせいずれは知ることになるんだから。それなら早いうちに教えておいた方がいいって。その方がお互いに気楽になれてさ!」

 そしてこれまでずっと強気だった心聖くんが弱々しく呟いたのだった。

「生半可な覚悟であるじになってほしくないんだけど……おれだって消えたくない……」

 その言葉でわたしはハッと気付いてしまう。
 心聖くんはさっきから機嫌が悪そうにしているけど、もしかしてわたしの本音を聞こうとしているのかな。
 心聖くんたち「ビブリティカ」のあるじになりたいのか、それともなりたくないのか。
 もしわたしがあるじに相応しくなかったら、心聖くんだけじゃなくて歴彦さんや総玖くんのたち「ビブリティカ」のこれからに関係するもの。
 歴彦さんの話によると、十人いるはずの「ビブリティカ」の中で、残っている「ビブリティカ」は三人だけ。
 それはつまり心聖くんたちに残された時間は少ないということ。
 今はこうしてわたしと話しているけれども、三人だっていつ「眠っても」おかしくないから。
 心聖くんたちの今後が決まると考えてしまうと、あるじになる覚悟があるのかどうか、気になってしまう気持ちも分からなくない。

「『ビブリティカ』が全員いなくなったら、この図書館はどうなるんですか?」
「……『図書館』として続けることは難しいかもしれません。今は私たち『ビブリティカ』を理由に、図書館を任されている司書さんが学園に『図書館』を残すように掛け合っていますが、それも長くは続かないと思われます」
「どうしてですか?」
「十司さんは『デジタル図書館』をご存知ですか?」

 わたしが首を振ると、歴彦さんが簡単に教えてくれる。
 紙に印刷された本を本棚に並べる図書館が「紙の図書館」に対して、パソコンやスマホで読む電子の本だけを貸出している図書館が「電子の図書館」。それを「デジタル図書館」って呼ぶんだって。
 電子の本は紙の本と違って場所も取らないし、本が壊される心配をする必要ない。
 返却日が過ぎたら自動的に返却される機能もあるから、返却日に本を返し忘れたとしても慌てて図書館に行かなくてもいいし、次に読みたい人も本が返ってくるのを待たなくていいんだって。
 直接図書館に借りに行って返却する手間も掛からないから、学校の図書館でも最近少しずつ取り入れているとか。

「毎年少しずつ図書館を使う人が減っていることから、この学園も今の図書館を取り壊して『デジタル図書館』に変える話がでています。この建物ももう古いですからね。本は全てデジタルにして生徒さんのスマホやパソコン実習室のパソコンから読めるようにするそうです」
「でもそれって……」

 歴彦さんの言う通り、学園の創立から建っていると言われているこの図書館はあちこちの床や本棚がボロボロで、お化け屋敷のようなおんぼろな見た目をしている。
 図書館に来る人が少ない理由の中に、この今にも崩れそうな図書館の建物というのもありそう。
 わたしだって図書委員じゃ無かったら理由もなく来たくないもの。自習ができるコワーキングスペースがあるって言われても、こんな古い建物で勉強に集中なんてできそうにない。

「この図書館を何十年も続けられたのは、私たち『ビブリティカ』があるじとなった人間と一緒に、学年やクラスを越えて多くの生徒さんが集まる場所となるように活動してきたからです。あるじとなる人間がいない以上、私たちにはどうすることもできません」
「それでもわたしはあるじになんてなれません。だって読書がきらいで、本のことなんて全然詳しくなくて……」
「これまでもそういうあるじは何人もいた。そんなあるじを支えるのもおれたち『ビブリティカ』の役目だ。君はただあるじになりたいかどうかだけ答えればいい」

 心聖くんたち「ビブリティカ」が存在するには図書館を一緒に盛り上げてくれる「あるじ」が必要で、その「あるじ」になれる人っていうのがわたし……。
 でもそんなわたしは読書がきらいで、ただ単に図書委員を押し付けられただけ。
 もし本が好きで正義感や責任感のある子があるじだったのなら、心聖くんたちと一緒に図書館を人が集まる場所となるように活動するのかな。
 すると、歴彦さんが心聖くんを止めるように肩に手を置いて、「すみません」とどこか寂しそうに笑ったのだった。

「急にこんな話をしても十司さんが困るだけですよね」
「そんなことは……」
「本当はこうしてまた図書館に来ていただけただけでも嬉しいのです。昔とは違って、今は本を読む生徒さんが減りました。勉強に部活動に数えきれない趣味の活動……やりたいこと、やらなければならないこと、時代の変化と共に内容や数も変わります。読書だけに時間を割くわけにいきませんから」

 そして歴彦さんに促された心聖くんが立ったので、わたしもカバンを持ってコワーキングスペースの個室を後にする。

「できることなら十司さんには私たちのあるじになってほしい。ですが私たちのあるじになることで、十司さんの他の趣味や勉強の邪魔してしまうことは心苦しい。学生の時にしかできないこともありますからね。限りある時間を大切にしてください」

 何を言ったらいいのか分からず、ただ心がモヤモヤと暗い気持ちのままで誰もいないカウンターまで戻ってくると、歴彦さんと心聖くんはカウンター内に入ってしまう。わたし以外の他の利用者が来るのを待つのだろう。
 これで用事は済んだのであとは帰るだけのはずが、なんとなく出入り口じゃなくて階段に足が向かってしまう。
 昨日と同じように長い螺旋階段を昇って最上階の三階に辿り着いて「0類」の棚に行くと、昨日まで散らかっていた本棚は番号ごとにあいうえお順に整っていたのだった。