「ただいま……」
図書館を出て自宅に帰った時には、もう十八時を過ぎていた。本当はもっと早く帰るつもりだったのに、結局電車に間に合わなくてこんな時間になっちゃった。
書店で働いているママが戻っていないと良いけど。
一応連絡したけど、遅いって怒られたらどうしよう。ママは心配性なところがあるから帰りが遅くなると怒るんだよね。
でもそんな心配は必要なかった。
「おう、おかえり。ママは残業するから帰りが遅くなるって」
そう言って、リビングから顔を出したのは、くたびれたシャツとセーター姿のパパ――今日だけで何度も話題に出た人気作家の十司英蒔だった。
ここ最近はわたしたち家族や知り合い以外と会わないからか、髭も髪も伸び放題で、服もママが洗濯機に入れないと同じものを着ている。
自分のことになると適当になるのが、うちのパパなんだよね。
「パパ、今日のお仕事は終わったの?」
「ちょうどキリが良いところで終わったから書斎から出てきたんだ。これからまた出版社の編集さんとリモートで打ち合わせだよ。また地方でサイン会を行うからね」
わたしのパパは作家ということもあって、基本的には自宅にある仕事部屋の書斎で小説を書いているんだけど、行き詰って書けなくなると近所の喫茶店やビジネスホテルで仕事をすることも多いんだよね。近くを散歩しながら次の話を考えていることもあるみたい。
いつもこの時間帯は筆が乗って書斎で小説を書いているか、気分転換に近所を散策しているかのどちらかだから、今日のようにリビングで顔を合わせることは珍しい。
「この間もサイン会で県外に出掛けていなかった?」
「この前は映画の舞台挨拶。今度のサイン会は仙台だよ。また仙台駅近くのマエルビルのアルゼン書店なんだ。お土産に文の好きな笹かまぼこが入ったひょうたん型のアメリカンドッグを買ってくるね」
「パパがお酒のおつまみに食べたいだけでしょ……」
パパは新作を発売するとたまに出版社主催のサイン会で地方に行くことがあって、その都市ごとのお土産を買ってきてくれる。
前に仙台でサイン会を開催した時は仙台駅の老舗かまぼこ店で売っていたっていう、ひょうたんの形の甘い揚げ物の中に仙台名物の笹かまぼこが入っているアメリカンドッグをお土産に買ってくれた。
甘しょっぱくてふわふわなアメリカンドッグの表面に描かれたケチャップの渦巻きも可愛かったんだよね。
「そういう文も遅かったじゃないか。部活の見学でもしてきたのかい?」
「ううん。学校の図書館に寄っていたの。今日のクラス委員決めで図書委員になっちゃったから……」
「へえ。あの本ぎらいの文がねえ……」
感心したように呟くパパにムカッてしちゃう。パパのせいで図書委員になったんだからねっ!
手洗いをした後に、部屋で着替えてからリビングに戻ると、パパが夕食の用意をしていた。
と言っても、ママが朝に作って冷蔵庫に入れていた料理を温めて並べるだけだけど。わたしもパパも料理ができないから、ママは呆れながらもいつも夕食を用意してから会社に行くんだ。
パパを手伝って味噌汁を温め直していると、今日図書館で会った『ビブリティカ』と名乗っていた人たちを思い出してしまう。
教えられた通りに「0類」の棚に本を戻した後、サクと呼ばれていた金髪の男の子も、うるさいと様子を見に来た栗毛の男の子も見かけなかった。一階まで戻ってもカウンターに居た歴彦というお兄さんはどこにもいなくて、代わりにおじいちゃんと呼びたくなるような司書さんがカウンターに座っているだけだった。
サクって子が言っていた『ビブリティカ』が何か聞きたかったけれど、わざわざ三人がどこにいるのか聞くまでもないからって、そのまま帰ってきちゃった。でも電車にはギリギリ間に合わなくて、しばらく駅で待つことになったから、聞いても良かったかもしれない。
そんなことを考えているとパパに肘で突かれながら「味噌汁、沸騰しているぞ」と教えられて、慌てて火を止める。
「どうした、どうした。そんなに図書委員になったのが嫌なのか?」
半分面白そうに笑うパパに『ビブリティカ』のことを話しづらくて、適当に「うん」と頷く。
「だって本のこと詳しくないし、読書がきらいなのに図書委員をやれって言われてできるか不安なんだもの。小学校の時は図書委員って本が好きな子が立候補していたから、本当はそういう子の方が向いているような気がして……」
去年卒業をした小学校では、五年生になるとクラス委員を決める。運動委員や放送委員は男子から、保健委員や生物委員は女子から人気だった。他にも絵を描くのが好きな子は掲示委員、食べるのが大好きな子は給食委員をやっていたけど、同じように図書委員も本を読むことが大好きな子たちから大人気の委員会だった。
図書委員は図書室に本を借りに来る下級生や図書室の本を管理する司書さんの手伝いをしたり、毎月自分のオススメの本を紹介したりして、図書室がたくさん利用されるように企画やイベントを開催するんだけど、本が好きな人からしたら大好きな本に関わる仕事を体験しつつ、自分が好きな本をみんなに知ってもらうチャンスでもあるから、楽しい委員会だと思う。
わたしは特にやりたい委員会も無いし、じゃんけんもくじ運も悪いから、いつも余った委員会をやっていたんだけどね。
「わたしより図書委員に向いている子がいるのに、こんなわたしが図書委員なんてやってもいいのかなって」
「まあ、文は昔からタイパ重視だったからな。無駄なことや時間が掛かることはしたくないんだろう。読書や映画鑑賞みたいにさ」
「タイパって?」
「タイムパフォーマンス。略してタイパ。自分が使った時間に対して、満足感を得られることを大切にすることだよ。料理だって時間を掛けて作ったのに美味しく無かったら、達成感や満足を得られ無いだろう。時間を無駄にしたって思ってさ」
「それは当然じゃない。材料だって無駄になるし、それならお店で買ったり食べたりした方が時間を節約できるじゃない」
今どき大抵の料理はスーパーの惣菜コーナーやレストランなどのお店に並んでいる。成功するかどうかも分からない料理に挑戦するくらいなら、作れる人が作った料理を食べた方がずっと効率的。
人に作ってもらった分、お金は余分に掛かってしまうけれども、時間の効率と満足度を優先するのなら買った方がいいに決まっている。
「読書もそうなんだろう? 何時間もかけて最後まで読んだのに面白く無かったら、その分の時間が勿体なかったって考えてしまう。満足のいかない結末だったら、作者に文句の一つも言いたくなるだろう?」
「パパにもあるの? そんな経験……」
「あるさ。これはパパの話だけじゃない。誰もが絶対に通る道だからね。先生もコックさんもママのように会社で働いている人も一度は同じことを言われて、考えてしまうものさ」
電子レンジで温めた料理をテーブルに運びながらパパが話し続けるから、わたしもお椀に味噌汁をよそいながら話を聞く。
「ほんの一握りでも『満足』を得るために、みんな我慢している。でも文のように自由な時間が限られている学生にとっては、苦痛かもしれないね。時間を費やしても、本当に『満足』が得られるのか分からないんだから」
「……限られた時間の中で、自分の『満足』を優先するっておかしなことなのかな」
学校がある日は一日の大半を勉強に使って、家に帰れば宿題をしてパパたちや家の手伝いをする。
それ以外にもご飯を食べて、お風呂に入って。そして遅くならないうちに、明日に備えて眠ってしまう。
そうすると自分の自由な時間が少ししか無くて、その時間の中で自分の「満足」を満たすことを優先したくなる。
途中まで読んでいた漫画の続きを読んで、大好きな配信者さんの新作動画を見て、好きな音楽を聴いてゆっくりしたい。
優先順位を付けても、全て一日でできるかなんて分からない。一つも達成できないことやムダに終わることもあり得る。
そんな中で好きでもない本を読む暇なんて、どこにも無かった。
文字を読んで内容を理解して、頭の中で想像して。時には前のページに戻ったり、前の巻数も読んでみたり。読書は慣れないと時間だけが掛かってしまう。
選ばれた人しかできないモノ。それが読書だと思っていた。
「全然。パパだって少ししか時間が取れない中で大好きな小説を書くことより、苦手な料理をやるように言われたら苦しいよ。でも文は読書の大変さを知っているなら図書委員には向いているかもしれないね」
「どうして?」
「文は読書が大変なことも、読んだ本が必ずしも『満足』を得られるとは限らないことも知っているだろう。それなら本を借りに来た人の好みに合った本やその人の読書スタイルに向いた本をオススメできる。本が苦手な人には絵本のように挿し絵が中心の本、読書の時間が取れないって人には短い物語を集めた短編集って感じでな」
「どんな本が読みたいかなんて、人によって違うじゃない。短編集って言っても、たくさんあるんだよ。怖い話や泣ける話、動物の話、食べ物の話だってあるんだから」
「そりゃあそうだ。食べ物と一緒で好きなお話も人によって好みがあるよ。文だってパパが書くミステリー系はきらいでも、可愛い女の子や動物が出てくる話は昔から好きだろう?」
パパの言う通り、わたしは怖い話や人が傷付くような話が苦手。だからパパが書く小説は読まないんだけど、女の子が魔法でお店を開く話や可愛い動物と親しくなるような話は好きなんだ。
普段読んでいる漫画や観ているアニメもそういった明るい話が多いかも。
「他の人も同じだよ。みんな読みたい本がちがっているから、相手によってオススメする本が変わってくる。同じ本をすすめることはほとんど無いんだ」
「本そのものをほとんど読んだことが無いのにできるのかな……」
「できるとも。図書館で働く司書さんたちだって、古今東西のあらゆる本を読んでいるわけじゃない。相手の話を聞いて、その人が探している本を一緒に探すのさ。本を探すお手伝いをしてくれていると思えばいい」
子供の頃は仕事に使う本を探すパパに連れられて何度も図書館に足を運んだけれども、図書館で働く司書さんたちはいつもパパが探している本をすぐに見つけてくれた。
ありとあらゆる本を知り尽くしたエキスパートって感じで、カウンターで本を貸したり本を探したりする姿がかっこよかったんだよね。
司書さんたちは世界中のあらゆる本を読んでいると思っていたから、読書が苦手なわたしにはできない仕事だと思っていたけれど、一緒に本を探すお手伝いならできるかな。
自分が探しているものが見つかると嬉しくなるよね。
その喜びを一緒に味わえたら、わたしも図書委員をやって良かったかもって思えるかも。
「まずは文がやりたいようにやってみなさい。あとで後悔しないようによく考えて行動して、誰かに手伝ってもらったり協力したりしてさ。読書がきらいな図書委員がいたって良いと思うんだ。その人だって、読書がきらいな人の気持ちがわかる図書委員になれるから。なんだったら、読書がきらいな人の気持ちを一番理解できる図書委員として人気者になれるかもしれないぞ」
「人気者にならなくていいよ。目立つのはいやだから」
そんなパパに促されて食卓に着くと、テーブルにはお肉の香りが漂うホカホカに温まったハンバーグと、ママ特製の具沢山の肉じゃがが用意されていた。わたしが味噌汁と電子レンジで温めたご飯を並べれば、それだけで二人で作ったような豪華な夕食になる。
そんな夕食を食べながらパパとその日にあった学校の話や気になるニュースの話をしていたけれども、その間もどうしても今日図書館で出会った「ビブリティカ」の男の子たちが忘れられなかった。特に喧嘩してしまったサクと呼ばれていた金髪の男の子が気になって、お風呂に入っている時も宿題をしている時も何度も考えてしまう。
(明日、もう一度図書館に行ってみようかな……)
よくよく考えれば、あのサクって子に正しい本の場所を教えてもらったのにお礼すら言っていないよね。それなのに図書委員を押し付けられたから仕方なくやっているなんて八つ当たりまでしちゃった。
目覚ましをセットして布団に入る頃には、サクに謝ろうと決心したのだった。
◆◆◆
図書館を出て自宅に帰った時には、もう十八時を過ぎていた。本当はもっと早く帰るつもりだったのに、結局電車に間に合わなくてこんな時間になっちゃった。
書店で働いているママが戻っていないと良いけど。
一応連絡したけど、遅いって怒られたらどうしよう。ママは心配性なところがあるから帰りが遅くなると怒るんだよね。
でもそんな心配は必要なかった。
「おう、おかえり。ママは残業するから帰りが遅くなるって」
そう言って、リビングから顔を出したのは、くたびれたシャツとセーター姿のパパ――今日だけで何度も話題に出た人気作家の十司英蒔だった。
ここ最近はわたしたち家族や知り合い以外と会わないからか、髭も髪も伸び放題で、服もママが洗濯機に入れないと同じものを着ている。
自分のことになると適当になるのが、うちのパパなんだよね。
「パパ、今日のお仕事は終わったの?」
「ちょうどキリが良いところで終わったから書斎から出てきたんだ。これからまた出版社の編集さんとリモートで打ち合わせだよ。また地方でサイン会を行うからね」
わたしのパパは作家ということもあって、基本的には自宅にある仕事部屋の書斎で小説を書いているんだけど、行き詰って書けなくなると近所の喫茶店やビジネスホテルで仕事をすることも多いんだよね。近くを散歩しながら次の話を考えていることもあるみたい。
いつもこの時間帯は筆が乗って書斎で小説を書いているか、気分転換に近所を散策しているかのどちらかだから、今日のようにリビングで顔を合わせることは珍しい。
「この間もサイン会で県外に出掛けていなかった?」
「この前は映画の舞台挨拶。今度のサイン会は仙台だよ。また仙台駅近くのマエルビルのアルゼン書店なんだ。お土産に文の好きな笹かまぼこが入ったひょうたん型のアメリカンドッグを買ってくるね」
「パパがお酒のおつまみに食べたいだけでしょ……」
パパは新作を発売するとたまに出版社主催のサイン会で地方に行くことがあって、その都市ごとのお土産を買ってきてくれる。
前に仙台でサイン会を開催した時は仙台駅の老舗かまぼこ店で売っていたっていう、ひょうたんの形の甘い揚げ物の中に仙台名物の笹かまぼこが入っているアメリカンドッグをお土産に買ってくれた。
甘しょっぱくてふわふわなアメリカンドッグの表面に描かれたケチャップの渦巻きも可愛かったんだよね。
「そういう文も遅かったじゃないか。部活の見学でもしてきたのかい?」
「ううん。学校の図書館に寄っていたの。今日のクラス委員決めで図書委員になっちゃったから……」
「へえ。あの本ぎらいの文がねえ……」
感心したように呟くパパにムカッてしちゃう。パパのせいで図書委員になったんだからねっ!
手洗いをした後に、部屋で着替えてからリビングに戻ると、パパが夕食の用意をしていた。
と言っても、ママが朝に作って冷蔵庫に入れていた料理を温めて並べるだけだけど。わたしもパパも料理ができないから、ママは呆れながらもいつも夕食を用意してから会社に行くんだ。
パパを手伝って味噌汁を温め直していると、今日図書館で会った『ビブリティカ』と名乗っていた人たちを思い出してしまう。
教えられた通りに「0類」の棚に本を戻した後、サクと呼ばれていた金髪の男の子も、うるさいと様子を見に来た栗毛の男の子も見かけなかった。一階まで戻ってもカウンターに居た歴彦というお兄さんはどこにもいなくて、代わりにおじいちゃんと呼びたくなるような司書さんがカウンターに座っているだけだった。
サクって子が言っていた『ビブリティカ』が何か聞きたかったけれど、わざわざ三人がどこにいるのか聞くまでもないからって、そのまま帰ってきちゃった。でも電車にはギリギリ間に合わなくて、しばらく駅で待つことになったから、聞いても良かったかもしれない。
そんなことを考えているとパパに肘で突かれながら「味噌汁、沸騰しているぞ」と教えられて、慌てて火を止める。
「どうした、どうした。そんなに図書委員になったのが嫌なのか?」
半分面白そうに笑うパパに『ビブリティカ』のことを話しづらくて、適当に「うん」と頷く。
「だって本のこと詳しくないし、読書がきらいなのに図書委員をやれって言われてできるか不安なんだもの。小学校の時は図書委員って本が好きな子が立候補していたから、本当はそういう子の方が向いているような気がして……」
去年卒業をした小学校では、五年生になるとクラス委員を決める。運動委員や放送委員は男子から、保健委員や生物委員は女子から人気だった。他にも絵を描くのが好きな子は掲示委員、食べるのが大好きな子は給食委員をやっていたけど、同じように図書委員も本を読むことが大好きな子たちから大人気の委員会だった。
図書委員は図書室に本を借りに来る下級生や図書室の本を管理する司書さんの手伝いをしたり、毎月自分のオススメの本を紹介したりして、図書室がたくさん利用されるように企画やイベントを開催するんだけど、本が好きな人からしたら大好きな本に関わる仕事を体験しつつ、自分が好きな本をみんなに知ってもらうチャンスでもあるから、楽しい委員会だと思う。
わたしは特にやりたい委員会も無いし、じゃんけんもくじ運も悪いから、いつも余った委員会をやっていたんだけどね。
「わたしより図書委員に向いている子がいるのに、こんなわたしが図書委員なんてやってもいいのかなって」
「まあ、文は昔からタイパ重視だったからな。無駄なことや時間が掛かることはしたくないんだろう。読書や映画鑑賞みたいにさ」
「タイパって?」
「タイムパフォーマンス。略してタイパ。自分が使った時間に対して、満足感を得られることを大切にすることだよ。料理だって時間を掛けて作ったのに美味しく無かったら、達成感や満足を得られ無いだろう。時間を無駄にしたって思ってさ」
「それは当然じゃない。材料だって無駄になるし、それならお店で買ったり食べたりした方が時間を節約できるじゃない」
今どき大抵の料理はスーパーの惣菜コーナーやレストランなどのお店に並んでいる。成功するかどうかも分からない料理に挑戦するくらいなら、作れる人が作った料理を食べた方がずっと効率的。
人に作ってもらった分、お金は余分に掛かってしまうけれども、時間の効率と満足度を優先するのなら買った方がいいに決まっている。
「読書もそうなんだろう? 何時間もかけて最後まで読んだのに面白く無かったら、その分の時間が勿体なかったって考えてしまう。満足のいかない結末だったら、作者に文句の一つも言いたくなるだろう?」
「パパにもあるの? そんな経験……」
「あるさ。これはパパの話だけじゃない。誰もが絶対に通る道だからね。先生もコックさんもママのように会社で働いている人も一度は同じことを言われて、考えてしまうものさ」
電子レンジで温めた料理をテーブルに運びながらパパが話し続けるから、わたしもお椀に味噌汁をよそいながら話を聞く。
「ほんの一握りでも『満足』を得るために、みんな我慢している。でも文のように自由な時間が限られている学生にとっては、苦痛かもしれないね。時間を費やしても、本当に『満足』が得られるのか分からないんだから」
「……限られた時間の中で、自分の『満足』を優先するっておかしなことなのかな」
学校がある日は一日の大半を勉強に使って、家に帰れば宿題をしてパパたちや家の手伝いをする。
それ以外にもご飯を食べて、お風呂に入って。そして遅くならないうちに、明日に備えて眠ってしまう。
そうすると自分の自由な時間が少ししか無くて、その時間の中で自分の「満足」を満たすことを優先したくなる。
途中まで読んでいた漫画の続きを読んで、大好きな配信者さんの新作動画を見て、好きな音楽を聴いてゆっくりしたい。
優先順位を付けても、全て一日でできるかなんて分からない。一つも達成できないことやムダに終わることもあり得る。
そんな中で好きでもない本を読む暇なんて、どこにも無かった。
文字を読んで内容を理解して、頭の中で想像して。時には前のページに戻ったり、前の巻数も読んでみたり。読書は慣れないと時間だけが掛かってしまう。
選ばれた人しかできないモノ。それが読書だと思っていた。
「全然。パパだって少ししか時間が取れない中で大好きな小説を書くことより、苦手な料理をやるように言われたら苦しいよ。でも文は読書の大変さを知っているなら図書委員には向いているかもしれないね」
「どうして?」
「文は読書が大変なことも、読んだ本が必ずしも『満足』を得られるとは限らないことも知っているだろう。それなら本を借りに来た人の好みに合った本やその人の読書スタイルに向いた本をオススメできる。本が苦手な人には絵本のように挿し絵が中心の本、読書の時間が取れないって人には短い物語を集めた短編集って感じでな」
「どんな本が読みたいかなんて、人によって違うじゃない。短編集って言っても、たくさんあるんだよ。怖い話や泣ける話、動物の話、食べ物の話だってあるんだから」
「そりゃあそうだ。食べ物と一緒で好きなお話も人によって好みがあるよ。文だってパパが書くミステリー系はきらいでも、可愛い女の子や動物が出てくる話は昔から好きだろう?」
パパの言う通り、わたしは怖い話や人が傷付くような話が苦手。だからパパが書く小説は読まないんだけど、女の子が魔法でお店を開く話や可愛い動物と親しくなるような話は好きなんだ。
普段読んでいる漫画や観ているアニメもそういった明るい話が多いかも。
「他の人も同じだよ。みんな読みたい本がちがっているから、相手によってオススメする本が変わってくる。同じ本をすすめることはほとんど無いんだ」
「本そのものをほとんど読んだことが無いのにできるのかな……」
「できるとも。図書館で働く司書さんたちだって、古今東西のあらゆる本を読んでいるわけじゃない。相手の話を聞いて、その人が探している本を一緒に探すのさ。本を探すお手伝いをしてくれていると思えばいい」
子供の頃は仕事に使う本を探すパパに連れられて何度も図書館に足を運んだけれども、図書館で働く司書さんたちはいつもパパが探している本をすぐに見つけてくれた。
ありとあらゆる本を知り尽くしたエキスパートって感じで、カウンターで本を貸したり本を探したりする姿がかっこよかったんだよね。
司書さんたちは世界中のあらゆる本を読んでいると思っていたから、読書が苦手なわたしにはできない仕事だと思っていたけれど、一緒に本を探すお手伝いならできるかな。
自分が探しているものが見つかると嬉しくなるよね。
その喜びを一緒に味わえたら、わたしも図書委員をやって良かったかもって思えるかも。
「まずは文がやりたいようにやってみなさい。あとで後悔しないようによく考えて行動して、誰かに手伝ってもらったり協力したりしてさ。読書がきらいな図書委員がいたって良いと思うんだ。その人だって、読書がきらいな人の気持ちがわかる図書委員になれるから。なんだったら、読書がきらいな人の気持ちを一番理解できる図書委員として人気者になれるかもしれないぞ」
「人気者にならなくていいよ。目立つのはいやだから」
そんなパパに促されて食卓に着くと、テーブルにはお肉の香りが漂うホカホカに温まったハンバーグと、ママ特製の具沢山の肉じゃがが用意されていた。わたしが味噌汁と電子レンジで温めたご飯を並べれば、それだけで二人で作ったような豪華な夕食になる。
そんな夕食を食べながらパパとその日にあった学校の話や気になるニュースの話をしていたけれども、その間もどうしても今日図書館で出会った「ビブリティカ」の男の子たちが忘れられなかった。特に喧嘩してしまったサクと呼ばれていた金髪の男の子が気になって、お風呂に入っている時も宿題をしている時も何度も考えてしまう。
(明日、もう一度図書館に行ってみようかな……)
よくよく考えれば、あのサクって子に正しい本の場所を教えてもらったのにお礼すら言っていないよね。それなのに図書委員を押し付けられたから仕方なくやっているなんて八つ当たりまでしちゃった。
目覚ましをセットして布団に入る頃には、サクに謝ろうと決心したのだった。
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