「歴彦さん、このカードって何ですか?」
「ああ。これは本の紹介POPです」
「POP?」
「スーパーで見かけたことはありませんか? その商品のオススメポイントやアピールポイントを小さなカードに書いて商品と一緒に並べるのです。そうすれば興味を持って買ってくれる人が増えます」
言われてみれば、ママとスーパーに買い物に行くとそれぞれの商品の値段と一緒に産地や生産者、料理のレシピやアレンジ方法が書かれていることがある。
サンマは今が旬で脂身が乗っているとか、いちごのオススメレシピとか、野菜だと生産者の顔写真付きで紹介されていることもあるっけ。
「少しでも生徒さんたちに興味を持ってもらおうと最近始めたものです。まだまだ効果はありませんが……」
「これ、全部歴彦さんが作ったんですか!?」
「やはり『ビブリティカ』たるもの、自分の分類の本が読まれると嬉しいですから。どうも『2類』って難しいイメージがあるようでなかなか読まれませんが、旅行や宿題の役に立つ本もあるのですよ」
そう言って歴彦さんは片手を軽く振ると、「2類」の各棚から本を数冊手元に集める。
総玖くんの時もそうだけど、やっぱり「ビブリティカ」のみんなって人じゃないんだな〜って思う。
「『2類』に分類される本というのは、歴史・地理・伝記と大きく分けて三種類になります。歴史は国や国のできごとに関するもの、地理はその土地ごとの街並みや地形について、伝記は人となりについてまとめられています。十司さんは旅行に行く際、旅行先について何を調べますか?」
「お店や観光スポット、グルメでしょうか。あとは自宅から旅行先までの交通手段とか、お店や観光スポットまでの道のりとか……」
「そういった各土地に関する地図や観光に関する本も『2類』にあります。歴史的な遺産や建造物に行く際には事前にその場所について調べておくと見所を知っているので、より楽しむことができます」
さっき歴彦さんが棚から呼び出した本の中には、日本各地の地図以外にも、日本や世界各国の観光ガイド本があった。中には日本でも有名なテーマパークに関するガイド本まで。
そんな本まで図書館にあるんだ。
「歴史的な場所の場合だと、その土地に関する人物について知っていた方がより楽しめることがあります。例えば宮城県にある仙台城跡を観に行く場合、仙台藩主の伊達政宗公の生い立ちについて多少なりとも知っていると伊達政宗公が携わった仙台城や仙台市、ゆかりの場所とされる瑞鳳殿や青葉神社、松島の瑞巌寺についても深く楽しめます。いわゆる『見るポイント』と呼ばれるものを知っていますからね」
つまり旅行先について知識があるのと無いのとでは、楽しみ方が違うということだろう。
言われてみれば、小学生の頃に修学旅行や校外学習の前には必ず事前学習としてその土地やゆかりの人物について調べた気がする。あれも修学旅行先や校外学習先について理解を深める目的以外にも、事前に「見るポイント」を知るための意味があったのだろう。
そう考えれば、あの退屈だった修学旅行や校外学習前の事前学習もムダでは無かったと思えてくる。
「伝記については夏休みの自由研究や自由課題で役に立つと思います。一人の偉人の生い立ちや功績、ゆかりの土地や人物などをまとめるだけで、宿題を一つ完成させられますからね」
「小学生の時に自由研究で戦国武将やアメリカの大統領について調べているクラスメイトがいましたが、伝記の本ってそんな使い方もできるんですね」
わたしも夏休みの自由研究は何をやったいいか迷って、結局料理を作ったレポートを出したっけ。
他のクラスメイトは旅行や読書の感想文、紙粘土や空き箱の工作、絵を描いた人もいたけど、先生が褒めていたのは全国各地の戦国武将とそのゆかりの戦いや土地について調べた人だったっけ。
大きな模造紙にこと細かに戦国武将の生い立ちや出来事が書かれていて、実際に訪れた際の写真やイラストまであってクラスでも注目を集めていたな。
「私たち『ビブリティカ』は生徒さんたちの勉強の手助けとなる本を紹介するのも役目の一つです。実際の図書館では『レファレンス』と呼ばれていて、利用者さんが探している本を司書さんたちが探してくれるのです」
歴彦さんの話によると、どの図書館にも必ずカウンターには「レファレンス」と呼ばれる本の相談窓口があって、図書館を利用する人たちが探している本を司書さんたちが代わりに探してくれる。
相談される内容もさまざまで、たとえば「子供の頃に読んだ絵本を探している」や「テレビで話題になっていた本を探している」といった簡単なものから、「地元で活躍した偉人とその偉人が行った活動に関する本を探している」や「この街ができる前の地名と今の地名になった由来を知りたい」といった難しいものまで。
質問された内容によっては図書館内の本を手分けして探したり、関係している人や場所に連絡を取って調べたりするんだって。
「歴史や伝記といった過去に関する本を集めた『2類』はそういった参考調査――『レファレンス』によく利用されます。相談内容によっては『7類』の芸術、『0類』の総記も使いますね。利用者が求めている本や情報を調べるのも図書館の役目ですので」
「図書館の役割って幅広いんですね……」
でもどうしてだろう。図書館のことや「ビブリティカ」のことを知れば知るほどに、心が不安と焦りでモヤモヤしてしまう。
このまま図書館が取り壊されるのを見ているだけでいいのかなって。
上野さんのようにこれまでたくさんの生徒たちと楽しいことや悲しいことを経験してきた図書館と「ビブリティカ」たちが消えるのを見ているだけでいいの?
わたしは読書がきらい。でも人と本をつなぐ「ビブリティカ」はきらいじゃない。
ずっと「読書なんてしなくてもいい」って言っていたわたしが、図書館や「ビブリティカ」がいなくなるのが悲しいなんて、思っちゃいけないはずなのに……。
そんなしんみりした気持ちになって暗い顔をしていたからか、歴彦さんがふわりと優しく声を掛けてくれる。
「本がきらい、本を読む時間がない。それは仕方がないことです。自分の分類の本が読まれたら嬉しいですが、読みたくもない人に無理矢理読ませるようなやり方を私はしたくありません。それで読書がますますきらいになったら、今度こそ私たちが存在する意味がなくなりす」
学校の先生のようにゆっくりと静かに歴彦さんは話し続ける。
「総玖さんの焦りも心聖さんの恐れもわかります。こう見えても私は『ビブリティカ』の中では最年長ですからね。他の『ビブリティカ』たちが何を考えているのかはお見通しです」
「歴彦さんは怖くないんですか? 図書館が取り壊されて消えるかもしれないこと……」
「怖いよりも、嬉しい気持ちが大きいです。上野くんが卒業されてからというもの、もう誰も私たちを認識できなくなりました。このまま消えるだけだと思っていたところで私たちが見えるあるじ候補と出会い、かつてのように本をきっかけに会話ができた。それだけで嬉しいのです。私は最後まで自分の使命を全うできたのですから」
優しく温かい話し方ながらも、「自分の使命」と呼ばれて言った時だけ周りの温度だけが下がった気がした。
ああ、歴彦さんはあきらめているんだと、察してしまう。
総玖くんは希望を捨てられなくてわたしにあるじになってほしいって思っていて、心聖くんは消えることを怖がって動けないでいる。
そんなふたりよりも大人の歴彦さんは、本を読む人がいない以上はどうすることもできないとあきらめて、図書館の取り壊しと自分が消える未来を受け入れているのだろう。
だから穏やかな顔でわたしに罪悪感を持たせない言い方ができる。
「消える前にまたかつてのように本を探す人と話してみたいと思っていたところで、十司さんが図書館を訪れてくれました。先に眠りについた『ビブリティカ』たちとちがって、十司さんと出会えただけで私は幸せ者です」
「あきらめないで……あきらめないでください!」
とっさに口から出た言葉にハッとしたように口を押さえたけれども、歴彦さんにははっきり聞こえていたのだろう。目を丸く見開いてわたしをじっと見ている。
「ああ。これは本の紹介POPです」
「POP?」
「スーパーで見かけたことはありませんか? その商品のオススメポイントやアピールポイントを小さなカードに書いて商品と一緒に並べるのです。そうすれば興味を持って買ってくれる人が増えます」
言われてみれば、ママとスーパーに買い物に行くとそれぞれの商品の値段と一緒に産地や生産者、料理のレシピやアレンジ方法が書かれていることがある。
サンマは今が旬で脂身が乗っているとか、いちごのオススメレシピとか、野菜だと生産者の顔写真付きで紹介されていることもあるっけ。
「少しでも生徒さんたちに興味を持ってもらおうと最近始めたものです。まだまだ効果はありませんが……」
「これ、全部歴彦さんが作ったんですか!?」
「やはり『ビブリティカ』たるもの、自分の分類の本が読まれると嬉しいですから。どうも『2類』って難しいイメージがあるようでなかなか読まれませんが、旅行や宿題の役に立つ本もあるのですよ」
そう言って歴彦さんは片手を軽く振ると、「2類」の各棚から本を数冊手元に集める。
総玖くんの時もそうだけど、やっぱり「ビブリティカ」のみんなって人じゃないんだな〜って思う。
「『2類』に分類される本というのは、歴史・地理・伝記と大きく分けて三種類になります。歴史は国や国のできごとに関するもの、地理はその土地ごとの街並みや地形について、伝記は人となりについてまとめられています。十司さんは旅行に行く際、旅行先について何を調べますか?」
「お店や観光スポット、グルメでしょうか。あとは自宅から旅行先までの交通手段とか、お店や観光スポットまでの道のりとか……」
「そういった各土地に関する地図や観光に関する本も『2類』にあります。歴史的な遺産や建造物に行く際には事前にその場所について調べておくと見所を知っているので、より楽しむことができます」
さっき歴彦さんが棚から呼び出した本の中には、日本各地の地図以外にも、日本や世界各国の観光ガイド本があった。中には日本でも有名なテーマパークに関するガイド本まで。
そんな本まで図書館にあるんだ。
「歴史的な場所の場合だと、その土地に関する人物について知っていた方がより楽しめることがあります。例えば宮城県にある仙台城跡を観に行く場合、仙台藩主の伊達政宗公の生い立ちについて多少なりとも知っていると伊達政宗公が携わった仙台城や仙台市、ゆかりの場所とされる瑞鳳殿や青葉神社、松島の瑞巌寺についても深く楽しめます。いわゆる『見るポイント』と呼ばれるものを知っていますからね」
つまり旅行先について知識があるのと無いのとでは、楽しみ方が違うということだろう。
言われてみれば、小学生の頃に修学旅行や校外学習の前には必ず事前学習としてその土地やゆかりの人物について調べた気がする。あれも修学旅行先や校外学習先について理解を深める目的以外にも、事前に「見るポイント」を知るための意味があったのだろう。
そう考えれば、あの退屈だった修学旅行や校外学習前の事前学習もムダでは無かったと思えてくる。
「伝記については夏休みの自由研究や自由課題で役に立つと思います。一人の偉人の生い立ちや功績、ゆかりの土地や人物などをまとめるだけで、宿題を一つ完成させられますからね」
「小学生の時に自由研究で戦国武将やアメリカの大統領について調べているクラスメイトがいましたが、伝記の本ってそんな使い方もできるんですね」
わたしも夏休みの自由研究は何をやったいいか迷って、結局料理を作ったレポートを出したっけ。
他のクラスメイトは旅行や読書の感想文、紙粘土や空き箱の工作、絵を描いた人もいたけど、先生が褒めていたのは全国各地の戦国武将とそのゆかりの戦いや土地について調べた人だったっけ。
大きな模造紙にこと細かに戦国武将の生い立ちや出来事が書かれていて、実際に訪れた際の写真やイラストまであってクラスでも注目を集めていたな。
「私たち『ビブリティカ』は生徒さんたちの勉強の手助けとなる本を紹介するのも役目の一つです。実際の図書館では『レファレンス』と呼ばれていて、利用者さんが探している本を司書さんたちが探してくれるのです」
歴彦さんの話によると、どの図書館にも必ずカウンターには「レファレンス」と呼ばれる本の相談窓口があって、図書館を利用する人たちが探している本を司書さんたちが代わりに探してくれる。
相談される内容もさまざまで、たとえば「子供の頃に読んだ絵本を探している」や「テレビで話題になっていた本を探している」といった簡単なものから、「地元で活躍した偉人とその偉人が行った活動に関する本を探している」や「この街ができる前の地名と今の地名になった由来を知りたい」といった難しいものまで。
質問された内容によっては図書館内の本を手分けして探したり、関係している人や場所に連絡を取って調べたりするんだって。
「歴史や伝記といった過去に関する本を集めた『2類』はそういった参考調査――『レファレンス』によく利用されます。相談内容によっては『7類』の芸術、『0類』の総記も使いますね。利用者が求めている本や情報を調べるのも図書館の役目ですので」
「図書館の役割って幅広いんですね……」
でもどうしてだろう。図書館のことや「ビブリティカ」のことを知れば知るほどに、心が不安と焦りでモヤモヤしてしまう。
このまま図書館が取り壊されるのを見ているだけでいいのかなって。
上野さんのようにこれまでたくさんの生徒たちと楽しいことや悲しいことを経験してきた図書館と「ビブリティカ」たちが消えるのを見ているだけでいいの?
わたしは読書がきらい。でも人と本をつなぐ「ビブリティカ」はきらいじゃない。
ずっと「読書なんてしなくてもいい」って言っていたわたしが、図書館や「ビブリティカ」がいなくなるのが悲しいなんて、思っちゃいけないはずなのに……。
そんなしんみりした気持ちになって暗い顔をしていたからか、歴彦さんがふわりと優しく声を掛けてくれる。
「本がきらい、本を読む時間がない。それは仕方がないことです。自分の分類の本が読まれたら嬉しいですが、読みたくもない人に無理矢理読ませるようなやり方を私はしたくありません。それで読書がますますきらいになったら、今度こそ私たちが存在する意味がなくなりす」
学校の先生のようにゆっくりと静かに歴彦さんは話し続ける。
「総玖さんの焦りも心聖さんの恐れもわかります。こう見えても私は『ビブリティカ』の中では最年長ですからね。他の『ビブリティカ』たちが何を考えているのかはお見通しです」
「歴彦さんは怖くないんですか? 図書館が取り壊されて消えるかもしれないこと……」
「怖いよりも、嬉しい気持ちが大きいです。上野くんが卒業されてからというもの、もう誰も私たちを認識できなくなりました。このまま消えるだけだと思っていたところで私たちが見えるあるじ候補と出会い、かつてのように本をきっかけに会話ができた。それだけで嬉しいのです。私は最後まで自分の使命を全うできたのですから」
優しく温かい話し方ながらも、「自分の使命」と呼ばれて言った時だけ周りの温度だけが下がった気がした。
ああ、歴彦さんはあきらめているんだと、察してしまう。
総玖くんは希望を捨てられなくてわたしにあるじになってほしいって思っていて、心聖くんは消えることを怖がって動けないでいる。
そんなふたりよりも大人の歴彦さんは、本を読む人がいない以上はどうすることもできないとあきらめて、図書館の取り壊しと自分が消える未来を受け入れているのだろう。
だから穏やかな顔でわたしに罪悪感を持たせない言い方ができる。
「消える前にまたかつてのように本を探す人と話してみたいと思っていたところで、十司さんが図書館を訪れてくれました。先に眠りについた『ビブリティカ』たちとちがって、十司さんと出会えただけで私は幸せ者です」
「あきらめないで……あきらめないでください!」
とっさに口から出た言葉にハッとしたように口を押さえたけれども、歴彦さんにははっきり聞こえていたのだろう。目を丸く見開いてわたしをじっと見ている。



