図書館のあるじさま!~読書ぎらいのわたしが図書委員になったら分類男子のあるじになりました!~

「こんにちは……図書当番で来ました。一年Bクラスの十司文です」

 次の日の昼休み。早速図書館の図書当番に当たっていたわたしはクラスの子たちより早めに昼食を終えると、図書館に向かった。
 放課後は誰もいない図書館だけど昼休みはそこそこ人がいるみたいで、玄関の靴入れには靴が数足入っていたのだった。
 いつものように生徒証を入館ゲートにかざして図書館に入ると、一階のカウンターにいた司書の田中さんに声を掛ける。
 先生というよりは白髪のおじいちゃんという言葉が似合うサンタクロースのような見た目をした田中さんはわたしの声で顔を上げると、「おおっ」と意外そうな声を上げたのだった。

「まさか本当に来てくれるなんてね……」
「いや、当番なら普通は来るものだと思いますが……」
「国下くんや上野くんたちがどんなに厳しく言おうとも、今どきの子たちは図書当番なんて忘れるか、他の行事を優先して来ないからね。現に十司さんと同じ図書当番の三年生は大会が近いから、しばらく昼練が忙しくて図書館に来られないって昨日の帰り際に言ってきたよ」

 言われてみれば、一緒に図書当番をするはずの田部先輩と温品先輩の姿が見当たらない。ふたりとも柔道部員って言っていたし、運動部は五月に県大会があるってクラスの男子が話していたから、そっちに行ったのかも。
 同じクラスの図書委員は入院中でしばらく学校には来ないし、そうすると今日の図書当番はわたし一人ということになるんだ。
 
「それで図書当番は何をしたらいいんですか?」
「本当は図書館の本の借りに来た人や、返しに来た人の応対をお願いしたいところだが、近ごろの生徒さんは本なんて借りないからね。滅多に無いんだよ。いま図書館に来ている生徒さんたちも、みんな真っ直ぐコワーキングスペースに行ってしまってね」

 下駄箱に靴が何足かあったから本を借りに来た人がいると思っていたけれども、みんなコワーキングスペースで勉強しているんだ。
 図書館を使う人はいるけど、図書館の本を読む人はいない。
 それって人と本を繋ぐ「ビブリティカ」たちにとっては、ちょっと寂しい状態なのかも。

「せっかく来てくれたのにただカウンターで座ってもらってもらうのも可哀想だからね。ちょっと本の整理を頼もうかね」
「本の整理? それってぐちゃぐちゃに棚に押し込まれた本を、正しい請求記号の順番に直すといった作業……でしょうか?」
「おや。知っているのかね」
「えっと、初めて図書館に来た日に歴彦さんと総玖くんに教わったのでちょっと知っているだけです……」

 まさか「ビブリティカ」の話をするわけにもいかなくて、目を逸らしながらおずおずと答えると、田中さんは合点がいったというように閃いたというように白く染まった眉毛をピクリと動かしたのだった。
 
「ああ。十司さんは上野くんと同じで『彼らが見える』人なんだね。私は『彼らを見る』ことができないからね。羨ましいよ」

 そして田中さんは「それなら話が早い」と上を指差したのだった。
 
「今は歴彦くんが『2類』の本を整理しているからね。彼から教わるといい。私が教えてもいいが、先月末に腰を痛めてしまってね。歴彦くんが代わりにやってくれるんだよ。彼は昔から細やかに働いてくれるから助かっていてね」
「はあ……?」

 勧められるままに螺旋階段を昇って三階に行くと、誰もいない「2類」の棚で歴彦さんがしゃがんでいた。本を整頓していたのかもしれない。
 わたしが近づいていくと、声を掛ける前に歴彦さんが気付いて「こんにちは」と声を掛けてくれたのだった。

「早速、図書当番に来ていただきありがとうございます。田中さんに言われてきたのでしょう?」
「なんで知っているんですか?」
「カウンターの内側に図書当番表が貼られていたので。そうじゃなくても、私たち『ビブリティカ』はあるじの気配を感じてどこにいるかなんとなくわかります。図書館内に限って、ではありますが」
「わたしはまだあるじになるって決めたわけではありませんが……」
「おや、そうなのですか? 私はてっきりもう……いいえ、なんでもありません。気のせいでした」

 何かを誤魔化されたような気がしたけれども、そんなことを話しながらも歴彦さんの手は乱れていた本棚の本をきれいに戻していく。どうしてそんなすぐに直せるんだろう。
 不思議に思っていると、歴彦さんが本棚の棚板を指したのだった。

「請求記号ごとに並べるのは『慣れ』ですが、『書架整理』は覚えれば誰でもすぐにできますよ」
「『書架整理』?」
「大きな本棚の中に大きさが大小バラバラの本を並べる時に、基準となる場所を決めないとどうなると思いますか?」
「えっと……みんな棚の奥まで本を入れちゃうとか?」

 首を傾げながら答えると、「その通りです」と歴彦さんが頷いてくれる。

「大きな本は棚の奥まで入りませんが、小さな本は棚の奥まで入ってしまいます。そうすると大きな本の影に隠れて見えなくなってしまうのです。これが図書館の中で本が無くなってしまう原因の一つでもあります」
「誰かが盗んだり、貸出の手続きが失敗したり、本を読んだ人が別の場所に置き忘れたりするだけが、本が無くなる原因ではないってことなんですね」
「実は図書館内で本が見つからないもっとも多い理由はこれなんです。本棚の奥に入ってしまって隠れてしまっているというのが。こうならないように司書さんたちが定期的に棚を『整理する』必要があるんです。これが『書架整理』という司書さんたちの基本的な仕事で、毎日の日課でもあります」
「本の貸出や返却だけではないんですね」
「それも基本的な仕事です。ただこの図書館は田中さん一人だけなので『書架整理』まで手が回らないのです」

 それで歴彦さんが手伝っているのかと納得がいく。ここの図書館は広いから、田中さんだけだと整理整頓は一日以上かかるよね。

「前は『ビブリティカ』たちが各自で自分の分類を整理することにしていたのですが、今は私たち三人しかいませんからね。『0類』と『1類』以外の他の分類は私が整理していますよ。今日はようやく自分の分類を整理しているところです」
「整理整頓が大変なら、小さな本だけ別に小さな本棚を作ってそこに入れたらいいんじゃないですか。それなら小さな本が本棚の奥に入って見つからなくなることも無くなりますし……」
「そうですね。それができたらいいのですが……こればかりは簡単にはいかないんです。たとえば文庫本って言っても、発売している会社によって大きさが微妙に違いますし、文庫本用の本棚を用意するのも場所とお金がかかりますからね。簡単には変えられないんです。過去のあるじの中にはそういった提案を学園にされた方もいましたが、やはりお金を理由に断られてしまいました」

 ただ歴彦さんの話によると、図書館によっては文庫本だけを集めた本棚を用意しているそうで、この辺りは図書館ごとにルールがちがうらしい。

「図書館にお金が無いのは、やっぱり図書館を利用する人が少ないからというのも関係しているんですか?」
「そうですね……それも多少は関係しているかもしれませんが、近年は紙の本自体が減っているというのもあります。昔とはちがって紙自体の値段が高くなっていることもありますが、そもそも紙の本を買う人自体が減っていますから」
「紙の本を買わないって……本を読む人が減っているということですか?」
「それもありますが、紙の本は場所も取りますし、処分の時に手間も掛かりますから。それもあって近年は電子本の人気が高くなっているんです。私たち『ビブリティカ』にとっては寂しい話ですが」

 図書館を訪れる人と図書館の本を繋ぐ役割を持つ「ビブリティカ」にとっては、図書館に来なくても利用できる電子本とは相性が悪いのかもしれない。
 自分たち「ビブリティカ」がいなくても機械が全て本を探して貸してくれるから。
 時にはその人の読んだ本を分析して、次のおすすめの本を選んでくれることもあると思う。自分で探したり誰かに聞いたりするよりも、機械が探してくれた方がずっと楽なこともある。
 でもそれはたくさんの本で溢れている図書館からお気に入りの一冊を一緒に探してくれる「ビブリティカ」とは正反対で、機械に頼った分だけ「ビブリティカ」のみんなは自分の役目を果たせないということでもあるから。
 機械は便利だけど誰かの心を感じられない。
 だってそこには「本にまつわる思い出」が存在しないから。
 誰かと本を探して、その本を見つけて読んだ時のささやかな「本にまつわる思い出」が無いのは、なんだか寂しいと思ってしまう。

「総玖さん、心聖さん、それぞれ思うところはあるようですが、私は最後まで『ビブリティカ』の役割を全うするつもりです。自分が消えるか、この図書館が取り壊されるその日まで……」

 消え入るような歴彦さんの言葉にどう返したらいいのか分からなくて、ふと歴彦さんが整理した本棚を見上げたところで「あれっ?」と言葉が出てしまう。
 総玖くんの「0類」の棚とはちがって、歴彦さんの「2類」には小さなカードが本棚に貼られていた。