「へぇ〜。あの時のあるじ候補、まだボクたちのことを覚えていたんだ」
どこか斜に構えた態度は心聖くんだった。可愛い顔をしながらも厳しい物言いは相変わらずらしい。
「いつから見ていたの?」
「君が図書館にやって来たところから。図書委員の集まりや今の元あるじ候補との会話も聞いていたよ。相変わらず暑苦しくてうるさい奴らが図書委員になってウンザリしていたけど、元あるじ候補の本音を聞けたのは良かったかも」
「ねぇ、上野さんが親友だったっていう、『3類』と『4類』の『ビブリティカ』って……」
「いないよ。あの元あるじ候補が高等部を卒業した直後に消えた。それまでずっと傍で見守っていたんだよ。話せなくても姿が見えなくても、いつだってここにいるよって伝えるために。ふたり揃って無茶しちゃってさ……」
その時のことを知ってるのか、心聖くんはやれやれと言いたげに両手を挙げたけれども、やがて今にも泣きそうに顔を歪めてしまう。
「でも……最後はふたりともどこか嬉しそうだった」
「それは上野さんと出会えたから?」
「たぶんね。あの頃だってあるじが全然見つからなくて、おれたちは苦しい思いをした。他の『ビブリティカ』たちも眠りについて、次は自分かもしれないって。毎日が怖くて胸が苦しかった」
ひとりまたひとりと仲間たちが消えてしまう恐怖。隣にいた仲間が次の日にはいないかもしれない恐ろしさはわたしも分かる。
わたしだってある日突然パパやママ、夏樹ちゃんがいなくなったら怖くて悲しいもの……。
「それもあったから、さっきの元あるじ候補にはみんな期待していたんだ。きっとおれたちを救ってくれる。全ての『ビブリティカ』を目覚めさせて、また人がたくさん集まる図書館にしてくれるって」
そこで心聖くんは肩を落とすと、「けどさ」と続ける。
「ツグ兄も言っていたけど、今の子供は本なんて読まない。限られた時間でやらなければならないことをやりつつ、自分がやりたいことをしなきゃならない。君だって心当たりがあるだろう? チビサクに向かってそう言っていたんだから」
「それは。まあ……」
心聖くんの言うように、初めて図書館に来た日にそんなことを総玖くんに言ったけれども、あの時は「ビブリティカ」たちのことを何も知らなかった。
もしあの時に「ビブリティカ」たちが消えかけていること知っていたら、みんなを助けたいと思ったかもしれない。
総玖くんや心聖くん、歴彦さんといった「ビブリティカ」たちを始めとして、上野さんたち卒業生の思い出がたくさん詰まった大切な図書館がただ取り壊されるのをただ見ているだけなんて、きっと悔しいって考えただろうから。
「そんな忙しい毎日の中で本を読む人なんて、よほどの本好きじゃないとできないんだろうね。もう『おれたちを読んで』なんて、気軽に言えなくなっちゃった。いつからか読書もスポーツや勉強のように、選ばれた人しかできない遠い存在になったんだからさ」
部活動や学業、趣味活動に勤しむ子供にとって、大好きでもない読書を勧めることは難しい。その気持ちはわたしにもわかる。家に帰ってからも宿題をして、授業の予習復習をして、部活動や習い事、イラスト制作や動画配信といった趣味でやっている活動があれば、そっちもやらなければならない。
そんな中で読書を勧めたらどう考えるだろう。面倒くさいとか、忙しくてできないなんて言われるかもしれない。
読書なんて、選ばれたほんの一部の人しかできないとわたしも思っていたから。
「そういうことだから、君もあまりおれたちと関わらないでよ」
「なっ、なんで……?」
「別れがつらくなるからに決まってるでしょ。特にチビサクのところなんて行かないでよ。アイツはまだ図書館を救えるって信じてる。この場所がまた昔のように人と本が出会う活気ある場所になるって言っているんだから。君と出会ってからは特にね」
それだけ言って心聖くんは「じゃあね」と空気に溶けるように消えてしまう。本当に影も形も残っていないので、心聖くんと話したのは夢だったんじゃないかと思うくらい。
(心聖くんでも別れが悲しいなんて言うんだ……)
怒りん坊で厳しい子って思っていたけど、やっぱり心聖くんは誰よりも優しいんだね。今から別れることを――未来を考えているなんて。
(それとも「お別れ」を知っているから怖いのかな)
だってここは中等部と高等部の図書館。長くてもわたしたち生徒は六年間しかいられない。
高等部を卒業した後はみんな将来の夢に向けてバラバラになる。永都学園の大学部に進学する子もいれば、他の大学に入学する人もいるし。もしかしたら大学に行かないでお仕事をする人だっているかもしれない。そうしたらこの図書館に気軽に来られなくなるよね。
この学園ができた時からこの図書館に暮らしている心聖くんはそれを知っているのかも。
わたしも知り合いがいないこの学園に進学が決まった時に、小学生の時のクラスメイトたちとの別れがちょっとだけ寂しかったもの。
(わたしにできることは……)
あるわけない。だって読書がきらいで、この図書館のことを何も知らないわたしにできることなんて何も無いんだから。
そしてスッキリしないまま、わたしも遅くなる前に図書館を後にしたのだった。
どこか斜に構えた態度は心聖くんだった。可愛い顔をしながらも厳しい物言いは相変わらずらしい。
「いつから見ていたの?」
「君が図書館にやって来たところから。図書委員の集まりや今の元あるじ候補との会話も聞いていたよ。相変わらず暑苦しくてうるさい奴らが図書委員になってウンザリしていたけど、元あるじ候補の本音を聞けたのは良かったかも」
「ねぇ、上野さんが親友だったっていう、『3類』と『4類』の『ビブリティカ』って……」
「いないよ。あの元あるじ候補が高等部を卒業した直後に消えた。それまでずっと傍で見守っていたんだよ。話せなくても姿が見えなくても、いつだってここにいるよって伝えるために。ふたり揃って無茶しちゃってさ……」
その時のことを知ってるのか、心聖くんはやれやれと言いたげに両手を挙げたけれども、やがて今にも泣きそうに顔を歪めてしまう。
「でも……最後はふたりともどこか嬉しそうだった」
「それは上野さんと出会えたから?」
「たぶんね。あの頃だってあるじが全然見つからなくて、おれたちは苦しい思いをした。他の『ビブリティカ』たちも眠りについて、次は自分かもしれないって。毎日が怖くて胸が苦しかった」
ひとりまたひとりと仲間たちが消えてしまう恐怖。隣にいた仲間が次の日にはいないかもしれない恐ろしさはわたしも分かる。
わたしだってある日突然パパやママ、夏樹ちゃんがいなくなったら怖くて悲しいもの……。
「それもあったから、さっきの元あるじ候補にはみんな期待していたんだ。きっとおれたちを救ってくれる。全ての『ビブリティカ』を目覚めさせて、また人がたくさん集まる図書館にしてくれるって」
そこで心聖くんは肩を落とすと、「けどさ」と続ける。
「ツグ兄も言っていたけど、今の子供は本なんて読まない。限られた時間でやらなければならないことをやりつつ、自分がやりたいことをしなきゃならない。君だって心当たりがあるだろう? チビサクに向かってそう言っていたんだから」
「それは。まあ……」
心聖くんの言うように、初めて図書館に来た日にそんなことを総玖くんに言ったけれども、あの時は「ビブリティカ」たちのことを何も知らなかった。
もしあの時に「ビブリティカ」たちが消えかけていること知っていたら、みんなを助けたいと思ったかもしれない。
総玖くんや心聖くん、歴彦さんといった「ビブリティカ」たちを始めとして、上野さんたち卒業生の思い出がたくさん詰まった大切な図書館がただ取り壊されるのをただ見ているだけなんて、きっと悔しいって考えただろうから。
「そんな忙しい毎日の中で本を読む人なんて、よほどの本好きじゃないとできないんだろうね。もう『おれたちを読んで』なんて、気軽に言えなくなっちゃった。いつからか読書もスポーツや勉強のように、選ばれた人しかできない遠い存在になったんだからさ」
部活動や学業、趣味活動に勤しむ子供にとって、大好きでもない読書を勧めることは難しい。その気持ちはわたしにもわかる。家に帰ってからも宿題をして、授業の予習復習をして、部活動や習い事、イラスト制作や動画配信といった趣味でやっている活動があれば、そっちもやらなければならない。
そんな中で読書を勧めたらどう考えるだろう。面倒くさいとか、忙しくてできないなんて言われるかもしれない。
読書なんて、選ばれたほんの一部の人しかできないとわたしも思っていたから。
「そういうことだから、君もあまりおれたちと関わらないでよ」
「なっ、なんで……?」
「別れがつらくなるからに決まってるでしょ。特にチビサクのところなんて行かないでよ。アイツはまだ図書館を救えるって信じてる。この場所がまた昔のように人と本が出会う活気ある場所になるって言っているんだから。君と出会ってからは特にね」
それだけ言って心聖くんは「じゃあね」と空気に溶けるように消えてしまう。本当に影も形も残っていないので、心聖くんと話したのは夢だったんじゃないかと思うくらい。
(心聖くんでも別れが悲しいなんて言うんだ……)
怒りん坊で厳しい子って思っていたけど、やっぱり心聖くんは誰よりも優しいんだね。今から別れることを――未来を考えているなんて。
(それとも「お別れ」を知っているから怖いのかな)
だってここは中等部と高等部の図書館。長くてもわたしたち生徒は六年間しかいられない。
高等部を卒業した後はみんな将来の夢に向けてバラバラになる。永都学園の大学部に進学する子もいれば、他の大学に入学する人もいるし。もしかしたら大学に行かないでお仕事をする人だっているかもしれない。そうしたらこの図書館に気軽に来られなくなるよね。
この学園ができた時からこの図書館に暮らしている心聖くんはそれを知っているのかも。
わたしも知り合いがいないこの学園に進学が決まった時に、小学生の時のクラスメイトたちとの別れがちょっとだけ寂しかったもの。
(わたしにできることは……)
あるわけない。だって読書がきらいで、この図書館のことを何も知らないわたしにできることなんて何も無いんだから。
そしてスッキリしないまま、わたしも遅くなる前に図書館を後にしたのだった。



