図書館のあるじさま!~読書ぎらいのわたしが図書委員になったら分類男子のあるじになりました!~

「懐かしいな。この辺りは全然変わっていないね」

 本棚の間を歩きながら先を行く上野さんが呟く。

「上野さんはよく図書館に来ていたんですか?」
「うん。ボクは図書委員だったからね。よく来ていたよ。ここには友人たちがいたから」
「友人たち、ですか?」
「そう。『ビブリティカ』の友人たちがね」

 上野さんの口から「ビブリティカ」の単語が出てきたからか、心臓がドキリと大きく跳ねて息が止まりそうになる。
 恐る恐る「『ビブリティカ』ですか?」と聞き返すと、上野さんが足を止めてくるりと振り返ったのだった。

「この図書館には人と本を繋ぐ『ビブリティカ』の男の子たちが住んでいる。ボクが図書委員の時は九人いてね。同級生にはいないタイプの子たちでみんな個性的だったよ。その中でもボクは『3類』と『4類』の『ビブリティカ』と仲良しでね。『3類』は社会科学、『4類』は自然科学の『ビブリティカ』なんだけど、ボクが理科と社会が好きだと話したら、すぐに打ち解けて親友のような仲になったんだ」

 上野さんは図書委員の集まりや当番が無い日でも毎日のように図書館に来ては、「3類」と「4類」の「ビブリティカ」たちに会いに来ていた。
 法律や政治に関連する本を集めた「3類」と動植物や天文に関する「4類」の「ビブリティカ」たちは出会った時から上野さんと意気投合して、それぞれ競うように自分たちの本を上野さんにオススメして感想を言い合った。

「ふたりのおかげで、ボクの理科と社会の成績は中等部の間はずっと良くて、クラスで仲の良い友人もできた。小学生の頃は人と話すのが苦手で、ずっと本の世界にこもっていたから。同級生が話すゲームやテレビの話にもついていけなくて一人ぼっちだったんだ。そんなボクの背中を押してくれたのが『ビブリティカ』の二人だった。もう見えることは無いんだけどね」

 あははと上野さんが頭を掻きながら苦笑する。
 上野さんの年齢的に、前に歴彦さんたちが話してくれた「十年前のあるじ候補」って上野さんのことだったんじゃないかな。
 今はもういないけれども、その頃は総玖くんや心聖くん、歴彦さん以外の「ビブリティカ」もいたんだね。
 
「『ビブリティカ』が見えないんですか?」
「『ビブリティカ』が見えるのは、彼らのあるじになる素質を持つ人だけ。ボクにも一時期はその素質があったけど今はすっかり無いんだ。きっと高等部に進学した時に図書委員を辞めちゃったからだね。あの頃は友人たちに勧められるまま科学部に入部して生物委員会に入って、いつの間にか『ビブリティカ』たちとは別の道を進んじゃったから」

 それでも高等部に在学中の上野さんは時間が許す限り図書館に通い続けた。友人ができるきっかけや本を読む楽しさを教えてくれた大切な親友たちのために。

「ボクはもう『ビブリティカ』たちのことを見えないし、話すことすらできないけど、十司さんが『ビブリティカ』たちに会えるのなら、彼らの力になって欲しいんだ。この図書館が無くなって彼らが消えてしまうのは寂しいけど、きっと最後まで本を愛する人を助けてくれるはずさ。彼らはみんな良い子たちだから」

 上野さんはふと「480 動物」と書かれたプレートがはめ込まれた本棚で足を止めると、「480」の数字を指でなぞる。
 どこか切ない横顔はもう会えない「ビブリティカ」の友人たちのことを考えているからなのかな。

「そんなボクが図書館司書の資格を取って、大学部の図書館で働いているのは、少しでも『ビブリティカ』のみんなを近くに感じたいと思ったから。もう会えないけれども、ボクはいつまでもみんなと過ごした日々を覚えているし、この図書館が無くなっても『ビブリティカ』たちが願っていた人と本のキズナは司書のボクたちが大切にしていくから……」
「悔しくないんですか? 大好きな『ビブリティカ』たちと過ごした図書館がなくなるって聞いて……」

 わたし自身も何を聞いているんだろうって思う。いくら「ビブリティカ」のあるじ候補と言われても、本が読むのが苦手なわたしに、図書館について語る資格は無いのに。
 図書館の取り壊しについて意見を言えるのは、読書や図書館が好きな人だけ。わたしなんて小説家のパパが書いた本さえ何も知らないのに、本のことなんて何も知らないわたしが意見できるはずなんて無いのに。

「本当は悔しいよ。大好きな図書館がなくなるのは。でも感情だけでどうにかできるわけじゃないからね。大人になると自分の感情や考えを抑えて仕事をしなければならないこともあるんだ……」

 これはわたしにも覚えがある。
 わたしと言ってもパパのことだけど、いつだったかパパの作品をチェックする編集部の人とパパが大きな喧嘩をしたことがある。パパからちゃんと聞いたわけじゃないけど、パパが考えたお話しを大きく変えて、登場人物や物語のラストを変えたいみたいな話だったと思う。
 パパは「それを変えたら自分が書きたかったお話しじゃなくなる!」って何度も反対したみたいだけど、結局編集部の人に説得されて言われた通りに登場人物と物語のラストを変えたみたい。
 そのお話しも他のお話しと同じくらい飛ぶように売れてテレビで話題になるくらい人気になったみたいだけど、パパとしては自分が書きたかったお話しじゃなくなったからあまり嬉しくなさそうだった。
 すると書かれた上野さんが「でも」と話を続ける。
 
「ボクたち大人はムリかもしれないけれども、十司さんが他の生徒に声を掛けて図書館を残してほしいって声がたくさんあれば、図書館の取り壊しは延期されるかもしれないね。この図書館はこの学園に通う十司さんたち生徒のための学びの場所。十司さんたちが図書館を残してって頼んだら、きっと学園も考えなきゃいけなくなる」
「そうは言われてもどうしたらいいか全くわからないです。実際に何をしたらいいですか? わたし一人じゃ止められません……」
「十司さんだけだと難しいかもしれないね。でも十司さんには『ビブリティカ』のみんながついている。図書委員のみんなとも協力して学園の生徒たちの心を動かせたのなら、きっと大人たちも図書館の存続について考えるはずさ」

 上野さんは軽々と言ってるけれども、わたしにはどうしたらいいのかわからなかった。
 そうして考えている間に上野さんは大学の図書館に帰るからと螺旋階段を降り始めたので、わたしも後について一階に降りた。
 上着を羽織ってリュックサックを背負った上野さんは「付き合ってくれてありがとう」と笑顔を浮かべたのだった。

「そうだ。もし『3類』と『4類』の『ビブリティカ』に会ったのなら伝えてくれるかな。『ケンカはほどほどに』って」
「あっ……」
 
 前に心聖くんが「自分たち以外の他の『ビブリティカ』は眠りについた」って話していたってことは、上野さんと親友だったという「3類」と「4類」の「ビブリティカ」も、もういないってことだよね。伝えていいのかな……。
 本当のことを伝えていいのか迷っていると、上野さんはわたしの様子から何か気付いたのか、「今の言葉は忘れて」と付け加える。

「いつか会うことがあったら、こう伝えて。『ありがとう』って。ふたりと出会えたおかげでボクは本や読書をもっと好きになれた。図書委員になる前は、自分が大人になったら図書館で働くことになるなんて、考えもしなかったよ。これもふたりと出会えたおかげだね」

 それだけ言うと、上野さんは帰ってしまう。出入り口のゲートを通って図書館から去って行く上野さんの背中を見ていると、後ろに誰かの気配を感じた。