天気……高山の山頂付近では、太陽の光は雲にさえぎられることなく、頭の上から直接、降り注いでくる。暖かい太陽の光を体全体に浴びていると、ほかほかとしてとても気持ちがよい。
子どもたちは、空を飛んだり、湖で泳いだり、湖畔でカエル跳びをして早朝トレーニングをしたあと、新鮮でヘルシーな朝食を食べて、そのあと森のなかにあるキノコ形をした小さな宿舎のなかに帰っていった。
「子どもたちはこれから何をするの?」
ぼくはシャオパイに聞いた。
「もう少ししたら、再び、宿舎から出てきて、授業に行きます」
シャオパイがそう答えた。
「そうか。先生が外で待っているのか」
ぼくは聞いた。シャオパイが、うなずいた。
「ぼくの飼い主さんは、きれいな花がいっぱい咲いている広場で授業をします」
シャオパイが楽しそうに、そう答えた。それを聞いて、ぼくはとてもうれしく思った。ここに来てから、シャオパイの飼い主さんにはまだ一度も会ったことがなかったからだ。
「飼い主さんに早く会いたいと、ここに来てから、ぼくはずっと思っていた。やっと、会えるかと思うと、うれしくてたまらない」
ぼくはシャオパイにそう言った。それを聞いて、シャオパイが、けげんそうな顔をしていた。
「ぼくの飼い主さんに、どうしてそんなに会いたいと思っているの?」
シャオパイが、小首をかしげていた。
「うーん、どういったらいいのかなあ。話しても信じてくれないかもしれないから……」
ぼくはそう答えた。
「そんなこと言わないで話してよ」
シャオパイが懇願するような目で、ぼくを見ていた。
「分かった。では話すことにするよ」
ぼくはそう言ってから、話を始めた。
「お前は時間が逆に進むという話を信じるか」
ぼくがそう言うと、シャオパイが、きょとんとした顔をしていた。
「時間が逆に進む?」
「そう。時間が逆に進む。時間が経てば経つほど古い昔に戻っていくことだ」
ぼくはそう答えた。それを聞いてシャオパイは狐につままれたような顔をしていた。
「何のことだかさっぱり分からない」
シャオパイは、そう言って、とても困惑げな顔をしていた。
「ぼくも初めは何のことだかさっぱり分からなかった」
ぼくはそう言ってから、かいつまんで話すことにした。
「町の郊外に古い時計台があって、その時計台の針が逆回りしていることに、ぼくも老いらくさんも気がついた。老いらくさんが、面白半分に柱時計の振り子につかまって気持ちよく揺れているときに、不思議な夢を見て、いつのまにか唐の時代の宮廷にタイムスリップしていたそうだ。その宮廷には、その当時の服を着た官人や官女や子どもたちがいて、官女のなかにお前の飼い主さんと、そっくりの人がいたそうだ。それで、その官女と、お前の飼い主さんがどういう関係にあるのか知りたいと思うようになって、お前のうちに行った。ところがお前も飼い主さんも留守でいなかった。お前のうちに住んでいるカヤネズミから、『雲の上の学校』にいると聞いたので、ここへ来たのだ」
ぼくはそう話した。
「そうだったの。それで、ぼくの飼い主さんが、唐の時代からタイムスリップしてきたのではないかと思って、ここまで、はるばる調べにきたというわけですか」
シャオパイがそう聞いた。ぼくはうなずいた。
「飼い主さんには、どこか謎めいたところがあって、魔法使いみたいなこともできると、お前は話していたではないか」
ぼくがそう言うと、シャオパイが
「確かにそう言ったよ。でもまさか唐の時代からタイムスリップしてきた人だとは思ったこともなかったよ」
と言って、驚きのあまり、口をぽかんと開けていた。
シャオパイとの話に夢中になっていると、森のなかにあるキノコ形をした小さな宿舎のなかから、子どもたちが次々と出てきた。子どもたちは元気よく森のなかを走っていた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、子どもたちのあとに続いた。やがて子どもたちは辺りが開けていて、花がいっぱい咲いている広場に出た。そこにシャオパイの飼い主さんがいた。
「みなさん、おはようございます。お元気ですか」
シャオパイの飼い主さんが、子どもたちに話しかけていた。
「はい、元気です。ミー先生もお元気ですか」
眼鏡をかけた男の子が、あいさつを返していた。
「ありがとう。とても元気です」
シャオパイの飼い主さんが、そう答えていた。シャオパイの飼い主さんの名前はミーさんだということを、ぼくは今初めて知った。ぼくはこれまで、学校の先生を何人も見たことがあるが、ミー先生ほど高貴で上品な雰囲気にあふれている先生を見たことがなかった。『雲中白鶴』という言葉があるが、まさにそんなイメージがぴったりくる先生だと思った。子どもたちは広場のなかにある芝生の上に、ミー先生を取り囲むようにして、輪になって座った。朝の光が子どもたちの体を斜めに照らして、子どもたちの影が体の後ろのほうにできていた。
それからまもなく、ミー先生が授業を始めた。
「みなさん、後ろを振り返ってみてください。何がありますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
「影があります」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が、そう答えていた。
「影はどうしてできますか」
ミー先生がさらに聞いていた。
「太陽があるからです」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう答えていた。
「そうですね。太陽があるからです。ではみなさん、ちょっと考えてみてください。もし太陽がなかったら、どうなると思いますか」
ミー先生が笑みを浮かべながら、子どもたちに聞いていた。ミー先生は、いろいろな意見が返ってくることを期待しているような目で、子どもたちの顔を一人ひとり、見まわしていた。
子どもたちは真剣な表情をしながら、考えを巡らしていた。しばらくしてから、子どもたちは、思いついた意見を自由に述べ始めた。
「影ができません」
「いつも真っ暗で、昼がありません」
「いつも寒くて、暖かくありません」
「朝焼けや、夕焼けがありません。虹もありません」
「草花や樹木はありません。動物もいません」
「食糧もありません。人もいません」
子どもたちから、いろいろな意見が出ていた。それも、ないものばかり、たくさん出ていたので、ぼくはそれを聞いて、とても寂しくなった。それと同時に太陽がいかに大切なものなのか、あらためて知って、目からうろこが落ちたような気がした。
「みなさん、いろいろなものを思い浮かべましたね。みなさんたちの想像力はすごいです。先生も思いつかなかったようなことを、たくさん思いつきました。たいしたものです」
ミー先生は子どもたちの豊かな想像力を知って、しきりに感心していた。
「みなさん、今日は太陽に関する作文を書きましょう。その前に、みなさん、靴を脱いで裸足になりましょう。そうしたら太陽の温かさが大地から伝わってきて、太陽の恵みがいかにありがたいものかよく分かりますから」
ミー先生がそう言っていた。ミー先生はそのあと、まず自分から靴を脱いで、いとおしそうに太陽を見あげながら、草の上を気持ちよさそうに走り始めた。それを見て、子どもたちも次から次に靴を脱いで、楽しそうに歓喜の声を上げながら、草の上を走りまわっていた。ジャンプしたり、はしゃいだり、花のにおいをかいでいる子どももいた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、ミー先生や子どもたちの真似をして、草の上を走りまわったり、じゃれあったりしていた。
お昼が近づくにつれて、太陽はますます高くなってきて、素足の下の草がますます暖かく感じられるようになってきた。草が根づいている土も太陽の熱に暖められていて、かぐわしいにおいが、土のなかから発散しているように感じられた。
「草も土も太陽の恵みを受けて、大地に変化が生じているね」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう言った。
「そうだね。太陽はなんて偉大で、なんて素晴らしいのだろう」
帽子をかぶった男の子が、そう言って、太陽を称賛していた。
「太陽のおかげで、地球にいろいろな恩恵がもたらされている」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子は、感心したような声で、そう言っていた。
そのあと子どもたちは地面にはいつくばって、大地に鼻をぴったりくっつけて、土のにおいをかいでいた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、子どもたちの真似をして、地面にはいつくばって、土のにおいをかいでいた。とてもいいにおいがしてきて、気持ちがよかった。
しばらくしてから、ミー先生が子どもたちに呼びかけた。
「みなさん、大地のにおいをかぐのは、それくらいにして、起き上がってください」
ミー先生の呼びかけに応じて、子どもたちは名残り惜しそうに起き上がっていた。服にもズボンにもスカートにも草や土のかぐわしいにおいが、まだたくさん、ついていて、ぷんぷんしていた。
「ちょっとの間でしたが、太陽が、わたしたちや大地にとって、どんなに大切なものであるのか、みなさん分かったと思います。太陽は、地球上にある様々なものと密接に関係しています。今日と明日、身も心も大自然のなかに溶け込ませて、太陽のおかげでどんな恩恵がもたらされているか、じっくり考えてみてください。そしてそれを作文にまとめてください」
ミー先生がそう言った。
「作文のテーマは何ですか?」
眼鏡をかけた男の子が聞いていた。
「太陽に関するものだったら何でもいいです。今日と明日で、じっくり考えて、自分らしいテーマを決めて、作文にまとめてください」
ミー先生がそう答えていた。
「字数はどれくらい書けばいいですか」
髪に赤いリボンを飾った女の子が聞いていた。
「字数はいくらでもいいです。書きたいことがたくさんあれば、自然と長くなります。偽りのない本当の気持ちを書いてください」
ミー先生がそう言っていた。
「構成は、『序論、本論、結論』の三段論法で書かなければなりませんか。それとも『起承転結』の形式で書かなければなりませんか」
帽子をかぶった男の子が聞いていた。
「構成は自由でいいです。みなさんが書きやすい書き方で書いてください」
ミー先生が、そう答えていた。
「分かりました」
子どもたちは異口同音に、そう答えていた。
「随筆ではなくて、童話や詩歌でもいいですか」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が聞いていた。
「いいですよ。そのほうが書きやすくて、自分の気持ちを表現しやすいと思ったら、どうぞ自由に書いてください」
ミー先生が、そう答えていた。
「分かりました。これから、あちこち出かけて行って、作文の題材になりそうなものを見つけてきます」
髪に赤いリボンを飾った女の子が、そう言った。それを聞いて、ほかの子どもたちが、みんなうなずいていた。
「分かりました。気をつけて行ってください」
ミー先生が、そう答えていた。
それからまもなく、子どもたちは広場を離れて、二人ずつペアになって森のなかや、花畑のなかや、渓谷へ出かけて行った。子どもたちはみんな真剣なまなざしで、あちこち見まわしながら、よい作文を書くための題材探しをしていた。勉強するための教室がなくてどうするのだろうと、ぼくはこれまでずっと思っていたが、大自然そのものが教室なのだと、ぼくは今、ようやく分かった。
子どもたちが作文を書くための題材を探しに行っている間、ミー先生は草の上で本を読んだり、草笛を吹いたりしながら、子どもたちが帰ってくるのを待っていた。草笛の音色は遠くまで響いて、子どもたちの耳にも届いているように思われた。シャオパイはミー先生のそばで、うとうとしていた。ぼくと老いらくさんは、子どもたちが探索している様子を見に行った。どの子どももみんな生き生きとした表情をしながら、題材探しに夢中になっていた。
「笑い猫、この光景を見ていると、わしは、杜真子のことを、ふっと思い出したよ。おまえも、そうではないのか」
老いらくさんが、不意にそう言った。
さすがに老いらくさんだけのことはある。長年つきあっているだけに、ぼくの思いがよく分かっている。ぼくは以前、杜真子のうちで飼われていたので、あのころの生活を、ぼくは折に触れてよく思い出す。杜真子も、以前、宿題として出された作文に真剣に取り組んでいたことがあった。しかし、なかなか筆が進まないでいた。杜真子はけっして作文を書くのが苦手な子どもではなかったのだが、書くための題材探しが、うまくいかなくて筆がとまっているように、ぼくには思えていた。もし杜真子が、この学校の子どもたちと同じように、自然のなかに出かけて行って、題材探しをしていたら、きっと、うまく書けていたに違いない。ぼくは、そう思った。
「杜真子も、この学校に来ることができたらよいのになあ」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが
「わしもそう思うよ。杜真子も、クラスのなかで浮いていて、適応障害がある子どもだから、ここに来て、自然のなかで、のびのびした生活をしたら、うつうつした気持ちから解放されて、天真爛漫さを取り戻すことができるだろうになあ」
と言った。
「ぼくもそう思います。でもここに来るためには、杜真子のお母さんの許可が要ります。杜真子のお母さんは厳しい人だから、杜真子がここに来ることを絶対に許さないと思います」
ぼくはそう答えた。
「そうか。確かにそうかもしれないな」
老いらくさんが、なまりのように重いため息をついた。
子どもたちは、空を飛んだり、湖で泳いだり、湖畔でカエル跳びをして早朝トレーニングをしたあと、新鮮でヘルシーな朝食を食べて、そのあと森のなかにあるキノコ形をした小さな宿舎のなかに帰っていった。
「子どもたちはこれから何をするの?」
ぼくはシャオパイに聞いた。
「もう少ししたら、再び、宿舎から出てきて、授業に行きます」
シャオパイがそう答えた。
「そうか。先生が外で待っているのか」
ぼくは聞いた。シャオパイが、うなずいた。
「ぼくの飼い主さんは、きれいな花がいっぱい咲いている広場で授業をします」
シャオパイが楽しそうに、そう答えた。それを聞いて、ぼくはとてもうれしく思った。ここに来てから、シャオパイの飼い主さんにはまだ一度も会ったことがなかったからだ。
「飼い主さんに早く会いたいと、ここに来てから、ぼくはずっと思っていた。やっと、会えるかと思うと、うれしくてたまらない」
ぼくはシャオパイにそう言った。それを聞いて、シャオパイが、けげんそうな顔をしていた。
「ぼくの飼い主さんに、どうしてそんなに会いたいと思っているの?」
シャオパイが、小首をかしげていた。
「うーん、どういったらいいのかなあ。話しても信じてくれないかもしれないから……」
ぼくはそう答えた。
「そんなこと言わないで話してよ」
シャオパイが懇願するような目で、ぼくを見ていた。
「分かった。では話すことにするよ」
ぼくはそう言ってから、話を始めた。
「お前は時間が逆に進むという話を信じるか」
ぼくがそう言うと、シャオパイが、きょとんとした顔をしていた。
「時間が逆に進む?」
「そう。時間が逆に進む。時間が経てば経つほど古い昔に戻っていくことだ」
ぼくはそう答えた。それを聞いてシャオパイは狐につままれたような顔をしていた。
「何のことだかさっぱり分からない」
シャオパイは、そう言って、とても困惑げな顔をしていた。
「ぼくも初めは何のことだかさっぱり分からなかった」
ぼくはそう言ってから、かいつまんで話すことにした。
「町の郊外に古い時計台があって、その時計台の針が逆回りしていることに、ぼくも老いらくさんも気がついた。老いらくさんが、面白半分に柱時計の振り子につかまって気持ちよく揺れているときに、不思議な夢を見て、いつのまにか唐の時代の宮廷にタイムスリップしていたそうだ。その宮廷には、その当時の服を着た官人や官女や子どもたちがいて、官女のなかにお前の飼い主さんと、そっくりの人がいたそうだ。それで、その官女と、お前の飼い主さんがどういう関係にあるのか知りたいと思うようになって、お前のうちに行った。ところがお前も飼い主さんも留守でいなかった。お前のうちに住んでいるカヤネズミから、『雲の上の学校』にいると聞いたので、ここへ来たのだ」
ぼくはそう話した。
「そうだったの。それで、ぼくの飼い主さんが、唐の時代からタイムスリップしてきたのではないかと思って、ここまで、はるばる調べにきたというわけですか」
シャオパイがそう聞いた。ぼくはうなずいた。
「飼い主さんには、どこか謎めいたところがあって、魔法使いみたいなこともできると、お前は話していたではないか」
ぼくがそう言うと、シャオパイが
「確かにそう言ったよ。でもまさか唐の時代からタイムスリップしてきた人だとは思ったこともなかったよ」
と言って、驚きのあまり、口をぽかんと開けていた。
シャオパイとの話に夢中になっていると、森のなかにあるキノコ形をした小さな宿舎のなかから、子どもたちが次々と出てきた。子どもたちは元気よく森のなかを走っていた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、子どもたちのあとに続いた。やがて子どもたちは辺りが開けていて、花がいっぱい咲いている広場に出た。そこにシャオパイの飼い主さんがいた。
「みなさん、おはようございます。お元気ですか」
シャオパイの飼い主さんが、子どもたちに話しかけていた。
「はい、元気です。ミー先生もお元気ですか」
眼鏡をかけた男の子が、あいさつを返していた。
「ありがとう。とても元気です」
シャオパイの飼い主さんが、そう答えていた。シャオパイの飼い主さんの名前はミーさんだということを、ぼくは今初めて知った。ぼくはこれまで、学校の先生を何人も見たことがあるが、ミー先生ほど高貴で上品な雰囲気にあふれている先生を見たことがなかった。『雲中白鶴』という言葉があるが、まさにそんなイメージがぴったりくる先生だと思った。子どもたちは広場のなかにある芝生の上に、ミー先生を取り囲むようにして、輪になって座った。朝の光が子どもたちの体を斜めに照らして、子どもたちの影が体の後ろのほうにできていた。
それからまもなく、ミー先生が授業を始めた。
「みなさん、後ろを振り返ってみてください。何がありますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
「影があります」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が、そう答えていた。
「影はどうしてできますか」
ミー先生がさらに聞いていた。
「太陽があるからです」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう答えていた。
「そうですね。太陽があるからです。ではみなさん、ちょっと考えてみてください。もし太陽がなかったら、どうなると思いますか」
ミー先生が笑みを浮かべながら、子どもたちに聞いていた。ミー先生は、いろいろな意見が返ってくることを期待しているような目で、子どもたちの顔を一人ひとり、見まわしていた。
子どもたちは真剣な表情をしながら、考えを巡らしていた。しばらくしてから、子どもたちは、思いついた意見を自由に述べ始めた。
「影ができません」
「いつも真っ暗で、昼がありません」
「いつも寒くて、暖かくありません」
「朝焼けや、夕焼けがありません。虹もありません」
「草花や樹木はありません。動物もいません」
「食糧もありません。人もいません」
子どもたちから、いろいろな意見が出ていた。それも、ないものばかり、たくさん出ていたので、ぼくはそれを聞いて、とても寂しくなった。それと同時に太陽がいかに大切なものなのか、あらためて知って、目からうろこが落ちたような気がした。
「みなさん、いろいろなものを思い浮かべましたね。みなさんたちの想像力はすごいです。先生も思いつかなかったようなことを、たくさん思いつきました。たいしたものです」
ミー先生は子どもたちの豊かな想像力を知って、しきりに感心していた。
「みなさん、今日は太陽に関する作文を書きましょう。その前に、みなさん、靴を脱いで裸足になりましょう。そうしたら太陽の温かさが大地から伝わってきて、太陽の恵みがいかにありがたいものかよく分かりますから」
ミー先生がそう言っていた。ミー先生はそのあと、まず自分から靴を脱いで、いとおしそうに太陽を見あげながら、草の上を気持ちよさそうに走り始めた。それを見て、子どもたちも次から次に靴を脱いで、楽しそうに歓喜の声を上げながら、草の上を走りまわっていた。ジャンプしたり、はしゃいだり、花のにおいをかいでいる子どももいた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、ミー先生や子どもたちの真似をして、草の上を走りまわったり、じゃれあったりしていた。
お昼が近づくにつれて、太陽はますます高くなってきて、素足の下の草がますます暖かく感じられるようになってきた。草が根づいている土も太陽の熱に暖められていて、かぐわしいにおいが、土のなかから発散しているように感じられた。
「草も土も太陽の恵みを受けて、大地に変化が生じているね」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう言った。
「そうだね。太陽はなんて偉大で、なんて素晴らしいのだろう」
帽子をかぶった男の子が、そう言って、太陽を称賛していた。
「太陽のおかげで、地球にいろいろな恩恵がもたらされている」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子は、感心したような声で、そう言っていた。
そのあと子どもたちは地面にはいつくばって、大地に鼻をぴったりくっつけて、土のにおいをかいでいた。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、子どもたちの真似をして、地面にはいつくばって、土のにおいをかいでいた。とてもいいにおいがしてきて、気持ちがよかった。
しばらくしてから、ミー先生が子どもたちに呼びかけた。
「みなさん、大地のにおいをかぐのは、それくらいにして、起き上がってください」
ミー先生の呼びかけに応じて、子どもたちは名残り惜しそうに起き上がっていた。服にもズボンにもスカートにも草や土のかぐわしいにおいが、まだたくさん、ついていて、ぷんぷんしていた。
「ちょっとの間でしたが、太陽が、わたしたちや大地にとって、どんなに大切なものであるのか、みなさん分かったと思います。太陽は、地球上にある様々なものと密接に関係しています。今日と明日、身も心も大自然のなかに溶け込ませて、太陽のおかげでどんな恩恵がもたらされているか、じっくり考えてみてください。そしてそれを作文にまとめてください」
ミー先生がそう言った。
「作文のテーマは何ですか?」
眼鏡をかけた男の子が聞いていた。
「太陽に関するものだったら何でもいいです。今日と明日で、じっくり考えて、自分らしいテーマを決めて、作文にまとめてください」
ミー先生がそう答えていた。
「字数はどれくらい書けばいいですか」
髪に赤いリボンを飾った女の子が聞いていた。
「字数はいくらでもいいです。書きたいことがたくさんあれば、自然と長くなります。偽りのない本当の気持ちを書いてください」
ミー先生がそう言っていた。
「構成は、『序論、本論、結論』の三段論法で書かなければなりませんか。それとも『起承転結』の形式で書かなければなりませんか」
帽子をかぶった男の子が聞いていた。
「構成は自由でいいです。みなさんが書きやすい書き方で書いてください」
ミー先生が、そう答えていた。
「分かりました」
子どもたちは異口同音に、そう答えていた。
「随筆ではなくて、童話や詩歌でもいいですか」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が聞いていた。
「いいですよ。そのほうが書きやすくて、自分の気持ちを表現しやすいと思ったら、どうぞ自由に書いてください」
ミー先生が、そう答えていた。
「分かりました。これから、あちこち出かけて行って、作文の題材になりそうなものを見つけてきます」
髪に赤いリボンを飾った女の子が、そう言った。それを聞いて、ほかの子どもたちが、みんなうなずいていた。
「分かりました。気をつけて行ってください」
ミー先生が、そう答えていた。
それからまもなく、子どもたちは広場を離れて、二人ずつペアになって森のなかや、花畑のなかや、渓谷へ出かけて行った。子どもたちはみんな真剣なまなざしで、あちこち見まわしながら、よい作文を書くための題材探しをしていた。勉強するための教室がなくてどうするのだろうと、ぼくはこれまでずっと思っていたが、大自然そのものが教室なのだと、ぼくは今、ようやく分かった。
子どもたちが作文を書くための題材を探しに行っている間、ミー先生は草の上で本を読んだり、草笛を吹いたりしながら、子どもたちが帰ってくるのを待っていた。草笛の音色は遠くまで響いて、子どもたちの耳にも届いているように思われた。シャオパイはミー先生のそばで、うとうとしていた。ぼくと老いらくさんは、子どもたちが探索している様子を見に行った。どの子どももみんな生き生きとした表情をしながら、題材探しに夢中になっていた。
「笑い猫、この光景を見ていると、わしは、杜真子のことを、ふっと思い出したよ。おまえも、そうではないのか」
老いらくさんが、不意にそう言った。
さすがに老いらくさんだけのことはある。長年つきあっているだけに、ぼくの思いがよく分かっている。ぼくは以前、杜真子のうちで飼われていたので、あのころの生活を、ぼくは折に触れてよく思い出す。杜真子も、以前、宿題として出された作文に真剣に取り組んでいたことがあった。しかし、なかなか筆が進まないでいた。杜真子はけっして作文を書くのが苦手な子どもではなかったのだが、書くための題材探しが、うまくいかなくて筆がとまっているように、ぼくには思えていた。もし杜真子が、この学校の子どもたちと同じように、自然のなかに出かけて行って、題材探しをしていたら、きっと、うまく書けていたに違いない。ぼくは、そう思った。
「杜真子も、この学校に来ることができたらよいのになあ」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが
「わしもそう思うよ。杜真子も、クラスのなかで浮いていて、適応障害がある子どもだから、ここに来て、自然のなかで、のびのびした生活をしたら、うつうつした気持ちから解放されて、天真爛漫さを取り戻すことができるだろうになあ」
と言った。
「ぼくもそう思います。でもここに来るためには、杜真子のお母さんの許可が要ります。杜真子のお母さんは厳しい人だから、杜真子がここに来ることを絶対に許さないと思います」
ぼくはそう答えた。
「そうか。確かにそうかもしれないな」
老いらくさんが、なまりのように重いため息をついた。

