雲の上の学校

天気……緑風がそよそよと吹きわたり、木の葉も草花も風にそよぎながら気持ちよさそうに揺れている。池の上にも、風が静かに吹いていて、池の表面に、さざ波が立っている。

今朝早く、子どもたちは池の近くにある丘の上に建っている山小屋のなかで目を覚ました。ぼくと老いらくさんは、池のほとりで一晩過ごしてから、夜が明けるとすぐに、丘の上に登って、子どもたちが山小屋のなかから出てくるのを木陰に隠れながら待っていた。そのとき、ミー先生が、不意に現れた。
「みなさん、起きましたか」
ミー先生が山小屋の出入り口の戸を開けて、そう言った。すると山小屋のなかから子どもたちの元気な声が返ってきた。
「はーい、みんな元気です」
子どもたちは、異口同音に、そう答えていた。
「よかったです。昨夜は少し冷え込んだから、霜が降りていますよ」
ミー先生が、そう言った。
それを聞いて子どもたちは、外に出て、霜に触って、霜の感触を手で確かめていた。
「露と霜は、どう違うのですか」
王さんが聞いていた。
「露と霜は、どちらも地表近くの水蒸気からできているので、似ているところもあります。どんなところが似ているのかを、まず考えてみてください」
ミー先生が、そう言った。
「露と霜の似ているところを、ぼくは知っているよ」
李くんが手を挙げて、そう言った。
「じゃあ、李くん、言ってみてください」
「はーい」
李くんは、そう答えると
「露も霜も温度が低いときにできます。その点が同じだと思います」
と言った。
「そうですね。では露と霜の違いは何だと思いますか」
ミー先生が再び、子どもたちに聞いていた。
「気温の違いだと思います。気温が零度以下になったときは水蒸気が凍って、氷の結晶となります。これが霜です。気温が零度以上のときは水蒸気は凍らないで、水滴のような液体になります。これが露です」
王さんが、そう答えていた。
「そうですね。今朝は冷え込んで気温が零度以下にさがったので、このような白い霜がおりました」
ミー先生が、そう説明していた。
「ここは高山の上だから、昼と夜の温度差が大きいですね」
唐さんが、そう言った。
「昼間は気温が上がっていきますが、気温が上がるにつれて、霜はどうなりますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
「だんだん、とけていきます」
蒋さんが、そう答えていた。
「水になります」
王さんは、そう言った。
「空気のなかに蒸発していきます」
柳くんは、そう言っていた。
子どもたちの答にミー先生は、うなずいていた。そのあとミー先生は子どもたちに
「食事をすませたら、仙人池のほとりに集まってください」
と言った。
「はーい、分かりました」
子どもたちは、そう答えると、再び山小屋のなかに入って、仙人果や仙人草を食べながら、朝食をとっていた。朝食を終えると、子どもたちは元気はつらつとした顔をしながら、外に出てきた。先ほどまであった霜はもうすっかり跡形もなく消えてしまっていた。
高山の上では風向きが、くるくると、よく変わる。雲の形も様々で、一つとして同じ形のものがない。木の葉の色も様々で、濃い緑色もあれば、薄い緑色もある。咲いている高山植物の花も、色も形も様々で、初めて見るものも多く、目を楽しませてくれる。
ぼくと老いらくさんは、子どもたちよりも一足早く、仙人池のほとりに行って、子どもたちがやってくるのを待っていた。仙人池のなかでは、さざ波が規則正しく立っていて、波の音が心地よくリズムを刻んでいた。
子どもたちは、それからまもなく仙人池のほとりにやってきた。ミー先生も仙人池にやってきた。ミー先生は、手にからかさを持っていた。
「みなさん、この池をよく見てください。どんな色に見えますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。子どもたちは池のなかをじっと見ていた。
「水の色は淡い若草色をしているとばかり思っていたら、場所によって水の色が違っているのですね」
王さんが、新しい発見をして、驚嘆していた。
「本当だ。不思議な池ですね。このような池を、わたしは初めて見ました」
蒋さんが、そう言っていた。
「仙人池という名前にふさわしい池ですね」
唐さんは、そう言って、名前の由来に納得したような顔をしていた。
「魔法の池が、ここにあるとは思ってもいなかった」
李くんが、そう言った。
「まるで童話のなかに出てくる池みたいだ」
陳くんは、そう言っていた。
「神秘に包まれた謎の池とでも言ったらいいのかな……」
柳くんは、そう言ってから、ぼーっとした顔をしながら、池を見つめていた。
さまざまな色に変化する仙人池に、子どもたちはみんな心を奪われていた。
「みなさん、一口に緑といっても、色々な緑があります。この池のなかにある緑は、どんな色の緑なのか分かりますか。分かった人は、誰か言ってください」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
「ダークグリーン、ライトグリーン、クロムグリーン、エメラルドグリーン、マラカイトグリーン……」
蒋さんは色に詳しいようで、様々な緑の色を口にしていた。
李くんは、手で池の水をすくって、じっと見ながら
「あれっ、色がまったくない。無色透明だ」
と言って、けげんそうな顔をしていた。
「あっ、本当だ」
蒋さんも、李くんと同じように、手で池の水をすくってから、不思議そうな顔をしていた。ほかの子どもたちも、手で水をすくって、水の色が緑でないことに気がついて、合点がいかないような顔をしていた。それを見て、ミー先生が
「もともとは水の色は無色透明です。でもこの池のなかには、いろいろな種類の藻がたくさん生えているので、それらの藻に太陽の光が当たるときの屈折角度によって、いろいろな色がついているように見えるのです」
と説明していた。それを聞いて、子どもたちは、うなずいていた。
「そうか。そういうわけだったのか」
李くんが、そう言った。
「この池は高山の上にあって、汚染されていないので、藻の繁殖に適しているのだろうな」
柳くんは、そう言っていた。
「でも、池の水は、どこから流れてきているのだろう」
唐さんが、そう言って、疑問を投げかけていた。
「雨水がたまってできたのではないの」
王さんが、そう答えていた。それを聞いて、ミー先生が首を横に振っていた。
「違います。雨水には、いろいろな汚染物質が含まれているので、光が当たってもこんなきれいな色に変化することはありません」
ミー先生が、そう答えていた。
「では、この池の水は、どこから流れてきているのですか。池の底から、湧き出ているのですか」
唐さんが再び、聞いていた。
「みなさん、あそこに雪を抱いた山があるのが見えますか」
遠くの山を見ながら、ミー先生が、そう言っていた。
「見えます」
子どもたちは異口同音に、そう答えていた。
「この池の水は、あの山の雪解け水が流れ込んでできたものです」
ミー先生が、そう答えていた。それを聞いて、子どもたちは、冠雪した遠くの山を見ながら、胸の思いを、その山にはせていた。
「あそこに行って、源流を見てみたいけど、ここからは遠すぎます。とても行けそうにありません」
唐さんが、そう言って、ため息をついていた。
「あんな遠いところから、いくつもの曲がりくねった細い川を経て、ここまで流れてきているのですね」
蒋さんが水の旅に想像をはせながら、ロマンティックな気分に浸っていた。
「もし、あそこまで行くとしたら、どれくらいかかりますか」
李くんが聞いていた。
「三日はかかると思います」
ミー先生が、そう答えていた。
「三日ですか。とても無理です」
李くんが、首を横に振った。ほかの子どもたちも、うなずいていた。
「歩いていったら、確かに、それくらいはかかります。でも、歩かなくても行ける方法があります」
ミー先生が、そう言った。それを聞いて、子どもたちが、けげんそうな顔をしていた。
「わたしたちが早朝トレーニングでおこなっているように、腕を横に広げて飛んでいくのですか」
唐さんが、そう聞いた。ミー先生が首を横に振った。
「あそこは遠すぎるので、体力がもちません。あそこに着く前に、へとへとに疲れて落ちてしまいます」
ミー先生が、そう答えた。
「だったら、どうやって、あそこまで行くのですか」
唐さんが聞き返した。
「タンチョウの背中に乗せてもらいましょう」
ミー先生がそう言ったので、子どもたちはみんな、何のことだか分からないで、ぽかんとした顔をしていた。
「信じられないかもしれませんが、タンチョウの背中に乗って、わたしは飛んだことがあります。長い首の後ろにまたがって、ペガサスのように飛んでいきます。ちょっと怖いですが、しっかりつかまっていれば大丈夫です。なかなかスリルがあって楽しいですよ」
ミー先生がそう言った。ミー先生は、そう言うと、手に持っていた、からかさを開いて、柄についていたボタンの一つを押した。すると遠くの空から、タンチョウが十羽ほど、群れをなしてやってきて、子どもたちのすぐ近くに降りてきた。それを見て、ミー先生が子どもたちに
「さあ、これからタンチョウに乗ります。まず乗り方の説明をします。よく見ていてください」
と言った。それからまもなく、ミー先生はタンチョウの背中に、またがった。それを見て、子どもたちも、こわごわした面持ちで、タンチョウの背中にまたがった。ぼくと老いらくさんも、子どもたちの乗り方を真似して、タンチョウの背中にまたがった。シャオパイもまたがった。
「さあ、みなさん、これから出発します。タンチョウを空飛ぶバイクだと思って、楽しい旅をしましょう」
ミー先生はそう言った。
「両手は前に持ってきて、タンチョウの首の根っこのあたりを、しっかりつかんでください」
ミー先生が、そう言ったので、子どもたちは、ミー先生の言う通りにしていた。ぼくは人の言葉が分かるので、老いらくさんとシャオパイに、手の置き方を教えた。ミー先生は、みんながタンチョウの背中に乗って、首の根っこのあたりを、しっかり握っているのを確認すると
「タンチョウの首の根っこにある黒と白の境目のところを軽く、ぽんとたたいてください。するとタンチョウが空に飛びあがります」
と言った。
それからまもなく、ミー先生が、まず模範を示して、タンチョウの首の根っこにある黒と白の境目を軽くたたいた。するとタンチョウが大きくはばたいて、ミー先生を乗せたまま、空へ飛びあがった。それを見て、子どもたちはびっくりしていた。
上空からミー先生が
「怖くないから、さあ、みなさんも、タンチョウの首の根っこにある黒と白の境目を軽くたたいてださい」
と言っているのが聞こえた。
それからまもなく、子どもたちはミー先生に言われたとおりにした。すると子どもたちが乗ったタンチョウも大きくはばたいて、子どもたちを乗せたまま、空へ飛びあがった。ぼくと老いらくさんとシャオパイも、子どもたちの真似をして、タンチョウの首の根っこにある黒と白の境目を軽くたたいた。すると、ぼくたちを乗せたタンチョウも、空へ飛びあがった。
初めは怖かったけども、タンチョウがすぐには出発しないで、仙人池の上空をぐるぐる回りながら、怖さに慣れさせてくれたからよかった。上空から見る仙人池の光景は絶景だった。池の全貌が一目で目に入った。仙人池は扇のような形をしていて、扇の要のところに雪げの水が流れ込んでいる注水口があった。池の上空をしばらく回ったあと、タンチョウは、いよいよ、ミー先生や、子どもたちや、ぼくたちを連れて、雪を抱いている遠くの山のほうをめざして飛び始めた。風はなくて、天気もよかったので、ぼくは怖さよりも楽しさのほうが、まさっていた。子どもたちも、空中飛行を楽しんでいるように見えた。タンチョウたちは「人」の字形に隊列を組んで飛んでいた。ミー先生が乗ったタンチョウが先頭を飛び、そのあとに子どもたちや、ぼくたちが乗ったタンチョウが横に広がりながら続いていた。上空から見る景色はとても素晴らしかった。木々や草原の間を縫うようにして、川が流れていて、帯のように延々と続いていた。ところどころに大小さまざまな湖沼が点々としてあって、水の色が、きらきらと輝いていた。高山の上にある湖沼は『海子』と呼ばれることがある。ぼくはこの呼び方がとても好きだ。「海の子ども」のように聞こえて、心が、ほっこりするからだ。大きな海も、初めは、こんな小さな子どものような湖沼から始まっているから、そのように呼ばれているのだろうと、ぼくは思った。
上空から見ていると、大小さまざまな滝があるのも一目で分かった。大きい滝は勢いが激しくて、ごう音を立てながら流れ落ちていた。小さい滝は、音楽のリズムのように心地よい響きを立てながら静かに流れ落ちていた。川の両側には針葉樹林が密生しているのも見えた。
「笑い猫、わしの見間違いかもしれないが、遠くに見えているのは夕焼けではないのか」
老いらくさんが、そう言った。
「そうですね。そう思います。きれいな夕焼けですね」
ぼくは、そう答えた。すると、それからまもなく、ぼくと老いらくさんが乗ったタンチョウは、群れを離れて、夕焼けのほうに向かって飛んでいった。まるで、ぼくと老いらくさんの話が聞き取れたかのように、ぼくには思えた。群れを離れた二羽のタンチョウに気がついて、ほかのタンチョウたちも方向を変えて、夕焼けのほうに向かって飛んでいった。
高山の上空で見る夕焼けの美しさは、格別だった。ぼくはこれまで夕焼けを何度も見たことがあったが、これほど美しい夕焼けを見たことはなかった。高山の上空は空気が薄くて、清くて澄んでいるので、夕焼けがこんなに美しいのではないかと、ぼくは思った。まばゆくて、目を開けてはいられないほどの赤い夕陽を浴びながら、ぼくの胸は感動で震えていた。