雲の上の学校

天気……高い山の上は、昼と夜の寒暖差がとても大きい。ここ数日、夜間の温度はいつも零度を下回っていた。仙人池のほとりに生えている草や、木の葉の上には、夜が明けると、霜がびっしりとついていた。霜は朝日に当たると、ダイヤモンドのように、きらきらと輝きながら、やがて消えていった。

花顔鹿がミー先生や子どもたちを連れてきた仙人池は、神秘的な緑色をしたきれいな池だった。池の上にはタンチョウが数羽、ゆったりと飛んでいた。タンチョウはミー先生や子どもたちの姿を見かけると、すぐ近くにやってきて、頭の上をくるくる回りながら歓迎してくれた。タンチョウはそのあと、池の浅瀬に降りてきて、翼を広げながらフィギュアスケーターのように滑走していた。その姿はとても優雅で、美しかった。
(なんて、きれいなのだろう)
ぼくは、そう思いながら、タンチョウを見ていた。
「タンチョウは首も足も長くて、スマートだから、かっこよくて見栄えがするね」
ぼくは老いらくさんに、そう言った。
「そうだね。タンチョウは滑走したり、ダンスをしたりするのに適した体つきをしている」
老いらくさんが、そう答えた。
「タンチョウは姿が、かっこよいだけでなくて、長寿の鳥としても知られていますよね」
ぼくは、そう言った。
「そうだね。鶴は千年、亀は万年と言うから、おめでたい鳥だよ」
老いらくさんが、そう答えた。
「老いらくさんよりも長く生きることができるのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「少なくとも、わしよりも数百年は長く生きることができると思う」
老いらくさんが、そう答えた。
「タンチョウは年をとっても、元気で、はらつとしている。老いらくさんと同じだ」
ぼくが、そう言うと、老いらくさんが、にんまりしていた。
「年を感じさせないほど、元気な点では、タンチョウも、わしも同じだが、タンチョウは、わしと違って体がスマートだから、うらやましいよ」
老いらくさんが冷静に比較して、そう言った。
ぼくと老いらくさんはタンチョウが滑走している姿を、しばらく、目で追っていた。するとタンチョウは、今度は滑走をやめて、つま先立ちをしてから、水のなかを軽快な足取りで、さささっと歩き始めた。まるで忍者のように見えた。忍者は水の上を歩く技を身につけていると聞いたことがある。タンチョウも忍者と同じように、体が沈まないで歩けることを知って、たいしたものだと思いながら、ぼくはタンチョウを見ていた。タンチョウは、そのあと歩くのをやめて、ダンスを始めた。翼を横に広げて、軽やかに動かしながら、優雅に踊っていた。その姿を見ていると天性のバレリーナのように思えた。ぼくも老いらくさんも、うっとりして、時を忘れるほど陶酔しながら、タンチョウの踊りをじっと見ていた。子どもたちもタンチョウの踊りに深く魅了されているように思えた。しばらくしてから子どもたちはタンチョウの真似をして、楽しそうにダンスを始めた。タンチョウはそれを見て、子どもたちのすぐそばまでやってきて、長いくちばしを子どもたちのほおに軽く押し当てていた。ぼくには、タンチョウが子どもたちに(いっしょにチークダンスをしませんか)と言っているように思えた。タンチョウは子どもたちの右のほおにも左のほおにも軽く口づけをして、親愛の情を伝えていた。タンチョウはそのあと、ミー先生と花顔鹿のところへやってきて、ぺこぺことお辞儀をしていた。それを見ていると、タンチョウは、ミー先生や花顔鹿と、古くからの知り合いのように思えてきて仕方がなかった。そのことを老いらくさんに話すと
「その可能性は十分にあるな。ミー先生も花顔鹿も、タイムスリップして、今の世界に来ているので、千年近くも生きてきたタンチョウと顔見知りであっても何の不思議もない」
老いらくさんが、そう言った。それを聞いて、ぼくは、うなずいた。
「久しぶりに再会できた喜びに浸っているのかもしれませんね」
ぼくがそう言うと
「わしも、そう思っている」
と、老いらくさんが答えた。
それからまもなく、ミー先生が子どもたちに
「これからタンチョウが、みなさんたちに不老長寿の食べ物をごちそうしてくれます。これから取りに行きますので、しばらくここで待っていてください」
と言った。それを聞いて、子どもたちの間から、わっと歓声があがった。子どもたちが喜んでいる声を聞きながら、タンチョウは空高く飛びあがり、やがて遠くの空へ飛び去っていった。
タンチョウの姿が、空のかなたに消えたあと、老いらくさんが、ふっと、ため息をついた。
「どうしたのですか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「タンチョウがねぐらへ帰っていったので、何だか寂しくて」
老いらくさんが、そう答えた。
「違います。タンチョウは子どもたちに不老長寿の食べ物をごちそうしようと思って、取りに帰りました。すぐにまた戻ってきます」
ぼくはそう答えた。
「そうか。それならよかった。不老長寿の食べ物って、どんなものだろう。食べてみたいな」
老いらくさんが、そう言った。
「ぼくも食べてみたいです。どんなものを持ってきてくれるのか、楽しみにしながら待ちましょう」
ぼくは老いらくさんに、そう言った。
「分かった。わしは、おなかがぺこぺこだから、早く食べてみたいなあ」
老いらくさんのおなかが、ぐうぐう鳴っているのが聞こえた。
それからしばらくしてから、タンチョウの姿が再び上空に現れた。タンチョウはみんな、口に何かくわえていた。それを見て、子どもたちの間から、再び歓声があがった。
タンチョウは子どもたちのすぐ近くに、ゆっくりと降りてきた。タンチョウは口にくわえて持ってきたものを、ミー先生にあげていた。
「みなさん、タンチョウが不老長寿の食べ物を持ってきてくれました。仙人果と仙人草です」
ミー先生が、そう言っていた。
「仙人果?」
「仙人草?」
聞きなれない名前に、子どもたちは、首をかしげていた。
「仙人果は果物。仙人草は薬草です。どちらも蓬莱山にしか自生していない珍しい植物です」
ミー先生が、そう説明していた。
「蓬莱山というのは、仙人の住む山として、古代の伝説のなかに出てくる山です。みなさんも知っていると思います」
ミー先生が、そう言った。子どもたちが、うなずいていた。蓬莱山のことは、ぼくも知っていた。杜真子が以前、ぼくに話してくれたことがあったからだ。その蓬莱山が実際に、この地球上のどこかにあって、タンチョウが、子どもたちのために、その山にしかない不老長寿の植物を取りに行ってくれたことを知って、ぼくはうれしかった。子どもたちも、みんなとてもうれしそうな顔をしていた。
「さあ、みなさん、ゆっくり味わいながら食べてみてください」
ミー先生はそう言うと、子どもたち一人ひとりに、仙人果と仙人草を配っていた。仙人果は見た目は金柑のような形をしていた。仙人草は見た目はドクダミのような形をしていた。子どもたちは仙人果と仙人草を丁重に受け取ると、珍しそうに、じっと見たり、鼻を近づけて、においをかいだりしていた。それからまもなく、子どもたちは、神妙な顔をしながら、口のなかに一口入れて、舌で味を見たり、歯で軽く、かんだりしていた。
「どうですか。どんな味がしますか」
子どもたちの顔を見ながら、ミー先生が聞いていた。
「仙人果は果物にしては糖度が少なくて、甘味がそれほど強くないです。仙人草は漢方の薬草のようで少し苦味があります。どちらもおいしいというよりも、健康によい食べ物のような気がします」
李くんが、率直な食感を述べていた。李くんの食感を聞いて、ほかの子どもたちが、うなずいていた。李くんが言ったことを、ぼくは老いらくさんに伝えた。
「そうか。どちらも、それほど甘くないのか。でも健康によさそうな食べ物のように思えるから、どんな味がするのか、わしも一口、口に入れてみたくなった」
老いらくさんが、そう言った。ぼくも食べてみたくなった。そう思っていたとき、向こうからシャオパイがやってきた。首からビニール袋をさげていた。
「笑い猫のあんちゃん、仙人果と仙人草を持ってきたよ。健康食品だから食べてみて」
シャオパイが、そう言った。
「ありがとう。おまえはよく気が利くね」
シャオパイの心遣いに、ぼくは感謝した。シャオパイは首からビニール袋をおろして、ぼくの前に置いた。
「さあ、早く食べて。おなかが空いているでしょう」
シャオパイがそう言った。
「ありがとう」
ぼくは、そう言って、にっこり、うなずいた。
「一度にたくさん食べると消化不良を起こすこともあるそうだから、少しずつ食べてね」
シャオパイが、そう言った。
「分かった。めったに食べられない珍しい食べ物だから、時間をかけて、ゆっくり食べることにするよ」
ぼくは、そう答えた。シャオパイが、うなずいた。
「じゃあ、ぼくはミー先生のところへ戻るね」
シャオパイはそう言うと、それからまもなく、ぼくのところから離れていった。
シャオパイが行ったあと、ぼくはまず仙人果を一口、かじった。果物の一種だとミー先生は話していたが、ぼくには、果物というよりも、肉のような味がした。果物には果糖がたくさん含まれているので、もっと甘いはずだが、果物特有の甘味が、ほとんど感じられなかったからだ。老いらくさんにも、少し、かじらせたが、やはり、ぼくと同じように感じていた。
「確かにこれは果物というよりも肉に近い食べ物だな。果物にしては甘味が少ない。何の肉だか知らないが、今まで食べたことがない味だ。肉は炭水化物が少ないから果物よりも健康によいはずだ」
老いらくさんがそう言った。話をしているときに、老いらくさんは、うっかりして、仙人果の丸い実を、口から落としてしまった。すると仙人果が、ゴムボールのように、地面の上で、ぽんぽん弾んでいた。思ってもいなかったことが起きたので、ぼくも老いらくさんも目を丸くしながら、弾まなくなるまで、じっと見ていた。仙人果の味が分かったので、ぼくと老いらくさんは、次に仙人草の味をみることにした。ドクダミのようなにおいがして、かじると汁のようなものが出てきて少し苦かった。
「『良薬、口に苦し』といいますが、まさに、そんな感じですね」
ぼくがそう言うと、老いらくさんが、うなずいていた。
「薬草にも、いろいろなものがあるが、この草から取り出したエキスをせんじて飲めば、不老長寿のための効果があるのかもしれないな」
老いらくさんが、そう言った。
ぼくと老いらくさんは、仙人果と仙人草を代わる代わるに食べたり、かじったりしていた。するとだんだん仙人のような気持ちになってきて、体が軽くなって、宙へ、ふわふわと舞いあがっていくような心地がした。
その晩、子どもたちは仙人池の近くにある小高い丘の上に建っている山小屋のなかで寝ることにしていた。月は出ていなかったが、ダイヤモンドを散りばめたような星が空全体に出ていて、きらきらと輝いていて素敵な夜だった。星降る夜という言葉があるが、まさに、そのような夜だった。ぼくと老いらくさんは、仙人池のほとりで、一晩過ごすことにしていた。
「今夜も、あの不思議な人影が、空から、ふわふわと降りてきて、子どもたちの夢を集めてまわるのかな」
老いらくさんが、そう言った。
「そうかもしれませんね。今夜もたぶんピンクの袋が、膨らむと思います」
ぼくは、そう答えた。
と、そのとき、仙人池のほとりに、花顔鹿がやってきた。花顔鹿に見つからないように、ぼくと老いらくさんは、木の陰に隠れて、様子をうかがっていた。花顔鹿は池のほとりに立って、池のなかをじっと見ていた。何かを待っているような気がした。
「池のなかには魚やカエルが住んでいると思うが、花顔鹿は魚やカエルには興味がないはずだがなあ」
老いらくさんが、そう言った。ぼくも、そう思った。
それからまもなく、池のなかから、大きな水しぶきがあがって、巨大な竜が姿を現した。それを見て、ぼくはびっくりした。老いらくさんも、腰を抜かさんばかりに驚いていた。竜は大きな声で、一声、ほえてから、池のほとりにいる花顔鹿の近くに寄ってきた。竜は花顔鹿に、ひそひそと何かをささやいていた。話の内容は、ぼくには聞こえなかったが、久しぶりに会えた旧友と喜びを分かちあっているように思えた。竜は花顔鹿を背中に乗せてから、お祭りのときに使う竜船のようになって、池のなかを、ゆっくりと泳いでいた。竜も花顔鹿も、とても楽しそうに見えた。竜と花顔鹿は明け方近くまで、池のなかを遊覧して、そのあと、名残惜しそうな顔をしながら、別れていた。竜は再び池のなかに姿を隠して見えなくなった。花顔鹿も、やみのなかに消えていった。ぼくと老いらくさんは、その始終を隠れながら、じっと見ていた。まるで幻でも見たかのような錯覚にとらわれていた。