天気……空全体が黒い雲に厚く覆われている。もうすぐ土砂降りの雨が降りそうだ。
昨夜、ぼくと老いらくさんは、子どもたちが寝ているハンモックの下で寝た。時々、子どもたちのいびきが聞こえてきたりした。ぼくも老いらくさんも、ハンモックのなかで寝たことがないので、どんな気持ちなのか分からなかったが、さぞかし楽しいだろうなあと思いながら一夜を明かした。
今朝早く、子どもたちは川を探しに出かけた。花顔鹿が案内してくれたので、ぼくと老いらくさんも、子どもたちのあとからついていった。昨日の夕方、洞窟のなかから出てきたときに、川が流れる音が聞こえていたので、近くに川があるはずだと、ぼくは思っていた。でも意外と遠かった。木々のなかを一時間ほど歩いて、ようやく川辺に着くことができた。川辺にはミー先生が、もうすでに来ていて、子どもたちを待っていた。
「みなさん、おはようございます。昨夜はハンモックのなかで寝るという初めての体験をしましたが、どうでしたか。よく眠れましたか」
ミー先生が聞いていた。
「はい、よく眠れました。寝ているときに楽しい夢を見ました」
蒋さんが、明るい笑顔を浮かべながら、そう答えていた。
「ぼくも楽しい夢を見ました」
李くんは、心地よさそうな声で、そう答えていた。
「どんな夢を見ましたか」
ミー先生が聞いていた。
「フクロウの家族と話をしている夢を見ました」
蒋さんが、そう答えていた。
「そうですか。それは楽しかったでしょう」
ミー先生が、にこやかな笑みを浮かべていた。
「とても楽しかったです」
蒋さんが、そう答えていた。
「わたしはナイチンゲールに歌を教えてもらっている夢を見ました」
唐さんが、そう言った。
「そうですか。ナイチンゲールは歌が上手な鳥ですからね」
ミー先生が、そう答えていた。
「わたし夜来香の花のかおりをかぎながら、嫦娥(月に住んでいる仙女)に誘われて、空を飛んでいる夢を見ました」
王さんは、そう言った。
「そうですか。空を飛ぶのは楽しいですよね」
ミー先生が、そう言った。
「ぼくは川のなかで、魚たちとマクワウリで遊んでいる夢を見ました」
陳くんが、そう答えていた。
「そうですか。マクワウリはボールのような形をしていますからね」
ミー先生が、そう答えていた。
楽しい夢を見た子どもたちの話は尽きないようだった。
「夢といえば、川の流れにも夢があります。どこから流れてきて、どこへ流れていくのだろうと思うと、ロマンが感じられるからです。みなさん、そうは思いませんか」
ミー先生が聞いていた。
「そうですね。そう思います」
蒋さんが、そう答えていた。
「ミー先生、わたしたちは今、川辺にいますが、この川は昨日見た川と同じようには見えません。どこから流れてきたのですか」
王さんが聞いていた。
「王さんの目には、違った川のように見えるのですか」
ミー先生が聞き返していた。王さんが、うなずいていた。
「だって、この川は、昨日見た川と違って、瀬音が大きくて、激しい勢いで流れているからです」
王さんが、そう答えていた。
「みなさんは、どう思いますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
子どもたちは、しばらく考えてから、それぞれの意見を述べていた。
「昨日見た川の流れは、もっと緩やかだったので、あの川と、この川は違うと思います」
蒋さんが、王さんの見方に同調していた。
「昨日見た川は波が穏やかだったが、この川は波が立っている」
李くんは、川の水面を見ながら、そう答えていた。
「水の深さが違うように思います。昨日見た川は、底が見えるくらいに浅かったですが、この川は、やや深いように思います」
陳くんがそう答えていた。
「水の色も違います。昨日見た川は透きとおっていましたが、この川は、やや濁っています」
唐さんが、そう答えていた。
ミー先生は、子どもたちの意見に耳を傾けながら、熱心に聞いていた。
「どれも、これも、もっともな意見ばかりです。みなさんの観察力の鋭さに感心しました。結論から言えば、昨日見た川と、この川は同じです。流れているところの地形が異なっているので、場所によって水の量や、流れる速さが違っているのです」
ミー先生が、そう答えていた。それを聞いて、子どもたちはうなずいていた。
「地形の変化によって、水の流れにどのような変化が生じてくるのかについて、みなさん、少し考えてみてください。気がついたことがあれば、誰か意見を述べてくれませんか」
ミー先生がそう言って、子どもたちに問題を提起していた。
子どもたちはそれを聞いて、みんな真剣な顔をしながら考えていた。
「地形が険しくて、川幅が狭いところでは水の流れが急になると思います」
王さんが、そう答えていた。
「地形が緩やかで、川幅が広いところでは水の流れはゆっくりになると思います」
蒋さんがそう答えていた。
「川の落差が大きいところでは滝のようになっていると思います」
陳くんがそう答えていた。
「川底の石の大きさも違っていると思います。地形が険しいところでは大きくて、険しくないところでは小さいと思います」
李くんがそう答えていた。
ぼくは、ここ数日、ミー先生が子どもたちに自然の摂理について説明している授業を見てきた。どんなときも、まず子どもたちに考えさせてから、意見を述べさせようとしていることに気がついた。子どもたちの主体性を重んじて、そこから興味と関心を呼び起こして、今まで知らなかったことを知りたいという欲求を高めていっているように思えた。観察や体験に基づいて、楽しみながら、生きた知識を身につけさせようとしているミー先生の授業の進め方に、ぼくは新鮮なものを感じていた。ぼくはこれまで何度か杜真子や馬小跳の学校に行って、授業を見学させてもらったことがある。たいていの場合、先生が主体となって、子どもたちに知識を教え込む授業をしていた。その授業とは百八十度違うミー先生のような授業が、普通の学校でも、もっと多く行われていたら、授業はもっと楽しくなるだろうになあと、ぼくは思った。今、この学校で学んでいる子どもたちは、普通の学校では授業の進め方に適応できなくて、うつうつとして過ごしていたと、シャオパイから聞いていた。この学校で学んだ経験が、子どもたちの糧となって、普通の学校に戻ってからも生き生きとした生活を送ってくれたらいいなあと、ぼくは心から願っていた。
「これから、この川の上流のほうにのぼっていきます。地形の変化にともなって、川の流れがどのように変化していくのか、実際に見てみましょう。昨日とはまた違った光景が見られると思います」
ミー先生が、そう言った。子どもたちは、うなずいていた。
それからまもなく、子どもたちはミー先生といっしょに、川の流れをさかのぼっていった。川岸にはヒマワリの花がたくさん咲いていた。自分たちよりも背が高いヒマワリの花を見ながら、子どもたちは楽しそうに歩いていた。
「あれっ、花顔鹿は、どこに行ったのだろう」
これまで、ずっと、先導役をしてくれた花顔鹿の姿が急に見えなくなったことに気がついた蒋さんが、けげんに思って、そう言った。子どもたちが辺りを見まわすと、ヒマワリの花のなかに隠れているのが見えた。花顔鹿の顔は、ヒマワリの花そっくりなので、辺り一面に咲き誇っているヒマワリのなかにいると、姿が見えづらかった。
「花顔鹿はヒマワリの種を食べます。でも今は、ヒマワリの種を食べてはいないと思います」
ミー先生が、そう言った。
「では、何をしているのですか?」
蒋さんが聞いていた。
「ウンチかな」
李くんが、そう答えた。それを聞いて、ほかの子どもたちが、くすっと笑った。
「違います。ウンチではありません」
ミー先生が、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そう答えていた。
「だったら何をしているのですか?」
王さんが聞いていた。
「近づいて、自分の目で確かめてみてください」
ミー先生が、そう言った。それを聞いて、子どもたちは、花顔鹿のほうに近づいていった。花顔鹿はヒマワリの花に顔を寄せていたが、ミー先生が言ったとおりに、種をほじくりだして食べてはいなかった。花顔鹿はヒマワリの花に鼻を近づけて、においをかいでいた。それを見て、子どもたちが、けげんそうな顔をしていた。
「花のにおいをかいで、どうするの。それだけで、おなかが満たされるの?」
陳くんが、けげんそうな顔をしていた。ミー先生はすぐには答えないで
「みなさん、もう少し詳しく観察してください。そして気がついたことを話してください」
と言って、新たな問題を子どもたちに提起していた。子どもたちは、花顔鹿の動作を目を凝らしながら、じっと見ていた。
「あっ、分かった。花顔鹿は、花のにおいをかいでいるだけではなくて、花についている水分をなめているのも分かります」
王さんが、そう答えていた。それを聞いて、李くんが
「雨が降っているわけでもないのに、花の上に、どうして水分があるの」
と言って、疑問を投げかけていた。
「花顔鹿は雨水ではなくて、露のしずくをなめているのです」
ミー先生が笑みを浮かべながら、そう答えていた。
「露のしずくは空から落ちてきたのですか?」
唐さんが聞いていた。
「違います。露は空気中に含まれている水蒸気が、花や葉や地面の表面などで凝結して水滴となったものです。温度が低い夜間や明け方に、放射冷却現象などの影響でできることが多いです」
ミー先生が、そう説明していた。
「放射冷却現象って何ですか」
李くんが聞いていた。
「地表から空に向かって熱が出て空気が冷える現象です」
ミー先生が、そう答えていた。
「天気は、どんなときにできやすいですか?」
蒋さんが聞いていた。
「よく晴れていて、風がほとんどないときにできやすいです」
ミー先生が、そう言った。
「露はおいしいですか」
陳くんが聞いていた。
「さわやかな味がして健康にとてもよいです。新鮮な朝露を飲むことが長く元気でいられるための秘訣だと、わたしは思っています」
ミー先生が、そう言っていた。それを聞いて、ぼくは老いらくさんに、ミー先生が言ったことを伝えた。
「そうか。ミー先生も花顔鹿も、わしと同じように朝露を飲むのが好きなのか。うれしいね。ミー先生も花顔鹿も時を越えてタイムスリップしてきたし、わしも長く生きてこられたのは、もしかしたら朝露のおかげなのかもしれないな」
老いらくさんがそう言って、悦に入っていた。
「ミー先生、わたしたちも露のしずくをなめてもいいですか」
蒋さんが聞いていた。
「いいですよ。どうぞ」
ミー先生が、そう答えていた。子どもたちはうれしそうな顔をしながら、さっそくヒマワリの花に顔を近づけて、花びらについていた露のしずくを、手ですくってから、舌でぺろぺろとなめ始めた。
「わあ、おいしい。樹液とはまた違った味がして、これも、なかなか、いける味だわ」
王さんが、そう言った。
「ミネラルウオーターのような淡白な味がするね。ヒマワリの種を食べたあと、これを飲んだら健康によさそう」
李くんがそう言った。
ミー先生と子どもたちは、露のしずくを飲んで、ひと休みしたあと、川の上流に向かって再び、のぼりはじめた。ぼくと老いらくさんも、少し距離を置きながら、あとに続いた。川辺には石がごろごろしていて、歩きにくかったが、花顔鹿が気を利かせて、邪魔な石を横にどけてくれたので助かった。上流に向かえば向かうほど、道幅が狭くなってきた。川幅も狭くなってきて、しぶきが逆巻いていた。
それからまもまく、道は行き止まりになって、それ以上先へは進めなくなった。行く手には険しい岩壁が立ちはだかっていた。川は岩壁の間に空いた小さなすきまを通って、さらに奥のほうへ流れていた。空を見上げると、青い空に白い雲がいくつも浮かんでいて、たゆたうように、ゆっくりと流れていた。
それからまもなく、空がにわかに曇ってきた。巨大な黒い雲が現れて、雨が、ぽつぽつと降り始めた。雨はだんだん激しくなってきて、やがてバケツをひっくり返したような土砂降りの雨となった。ミー先生と子どもたちは雨を避けるために、岩穴のなかに駆け込んで、雨がやむのを待っていた。花顔鹿も岩穴のなかに入って、じっとしていた。ぼくと老いらくさんは、岩穴の近くにある小さな穴を見つけて、そこで雨宿りをしていた。
岩穴のなかで李くんが恨めしそうな顔で、雨雲を見あげながら
「雲のなかには、こんなにたくさんの雨水が隠されていたのか」
と、言っているのが聞こえてきた。それを聞いて、ミー先生が
「雲は空気中に浮いている小さな水滴や氷の結晶からできています。雲のなかに含まれている水滴や氷の結晶が多くなればなるほど、雲のなかでは貯えきれなくなって、雨や雪となって降ってきます」
と、説明していた。
「雲のなかの水滴や氷の結晶は、どのようにしてできるのですか」
王さんが聞いていた。
「海や川や湖から蒸発した水や、地中や植物のなかに蓄えられていた水が、上昇気流に乗って、温度の低いところまで空中をのぼっていきます。そして空中で冷たい空気に冷やされて水滴ができます。空気が特に冷えているときには氷の結晶になります」
ミー先生が、そう答えていた。それを聞いて、子どもたちは目から、うろこが落ちたような顔をしていた。
「そうか。水は大地と空の間を行ったり来たりして循環しているのか」
李くんが、そう言って、うなずいていた。
雨はそれからまもなくやんで、空にはきれいな青空が再び広がりはじめた。ミー先生と子どもたちは岩穴から出て、花顔鹿に案内されながら、再び、川の上流のほうへ、さかのぼっていった。ぼくと老いらくさんも、あとについていった。川の両側の道は、今までとは違って、少し歩きやすくなってきた。川幅もいくぶん、広くなってきた。上に登れば登るほど川の流れは緩やかになってきて、清流が太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。空には雲一つなくて、空全体が遠くまで青く澄みわたっていた。花顔鹿は、それからまもなくミー先生と子どもたちを連れて、神秘的な雰囲気に包まれている仙人池と呼ばれている池の近くまでやってきた。ぼくと老いらくさんも、ミー先生や子どもたちのあとに続いて仙人池にやってきた。
昨夜、ぼくと老いらくさんは、子どもたちが寝ているハンモックの下で寝た。時々、子どもたちのいびきが聞こえてきたりした。ぼくも老いらくさんも、ハンモックのなかで寝たことがないので、どんな気持ちなのか分からなかったが、さぞかし楽しいだろうなあと思いながら一夜を明かした。
今朝早く、子どもたちは川を探しに出かけた。花顔鹿が案内してくれたので、ぼくと老いらくさんも、子どもたちのあとからついていった。昨日の夕方、洞窟のなかから出てきたときに、川が流れる音が聞こえていたので、近くに川があるはずだと、ぼくは思っていた。でも意外と遠かった。木々のなかを一時間ほど歩いて、ようやく川辺に着くことができた。川辺にはミー先生が、もうすでに来ていて、子どもたちを待っていた。
「みなさん、おはようございます。昨夜はハンモックのなかで寝るという初めての体験をしましたが、どうでしたか。よく眠れましたか」
ミー先生が聞いていた。
「はい、よく眠れました。寝ているときに楽しい夢を見ました」
蒋さんが、明るい笑顔を浮かべながら、そう答えていた。
「ぼくも楽しい夢を見ました」
李くんは、心地よさそうな声で、そう答えていた。
「どんな夢を見ましたか」
ミー先生が聞いていた。
「フクロウの家族と話をしている夢を見ました」
蒋さんが、そう答えていた。
「そうですか。それは楽しかったでしょう」
ミー先生が、にこやかな笑みを浮かべていた。
「とても楽しかったです」
蒋さんが、そう答えていた。
「わたしはナイチンゲールに歌を教えてもらっている夢を見ました」
唐さんが、そう言った。
「そうですか。ナイチンゲールは歌が上手な鳥ですからね」
ミー先生が、そう答えていた。
「わたし夜来香の花のかおりをかぎながら、嫦娥(月に住んでいる仙女)に誘われて、空を飛んでいる夢を見ました」
王さんは、そう言った。
「そうですか。空を飛ぶのは楽しいですよね」
ミー先生が、そう言った。
「ぼくは川のなかで、魚たちとマクワウリで遊んでいる夢を見ました」
陳くんが、そう答えていた。
「そうですか。マクワウリはボールのような形をしていますからね」
ミー先生が、そう答えていた。
楽しい夢を見た子どもたちの話は尽きないようだった。
「夢といえば、川の流れにも夢があります。どこから流れてきて、どこへ流れていくのだろうと思うと、ロマンが感じられるからです。みなさん、そうは思いませんか」
ミー先生が聞いていた。
「そうですね。そう思います」
蒋さんが、そう答えていた。
「ミー先生、わたしたちは今、川辺にいますが、この川は昨日見た川と同じようには見えません。どこから流れてきたのですか」
王さんが聞いていた。
「王さんの目には、違った川のように見えるのですか」
ミー先生が聞き返していた。王さんが、うなずいていた。
「だって、この川は、昨日見た川と違って、瀬音が大きくて、激しい勢いで流れているからです」
王さんが、そう答えていた。
「みなさんは、どう思いますか」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
子どもたちは、しばらく考えてから、それぞれの意見を述べていた。
「昨日見た川の流れは、もっと緩やかだったので、あの川と、この川は違うと思います」
蒋さんが、王さんの見方に同調していた。
「昨日見た川は波が穏やかだったが、この川は波が立っている」
李くんは、川の水面を見ながら、そう答えていた。
「水の深さが違うように思います。昨日見た川は、底が見えるくらいに浅かったですが、この川は、やや深いように思います」
陳くんがそう答えていた。
「水の色も違います。昨日見た川は透きとおっていましたが、この川は、やや濁っています」
唐さんが、そう答えていた。
ミー先生は、子どもたちの意見に耳を傾けながら、熱心に聞いていた。
「どれも、これも、もっともな意見ばかりです。みなさんの観察力の鋭さに感心しました。結論から言えば、昨日見た川と、この川は同じです。流れているところの地形が異なっているので、場所によって水の量や、流れる速さが違っているのです」
ミー先生が、そう答えていた。それを聞いて、子どもたちはうなずいていた。
「地形の変化によって、水の流れにどのような変化が生じてくるのかについて、みなさん、少し考えてみてください。気がついたことがあれば、誰か意見を述べてくれませんか」
ミー先生がそう言って、子どもたちに問題を提起していた。
子どもたちはそれを聞いて、みんな真剣な顔をしながら考えていた。
「地形が険しくて、川幅が狭いところでは水の流れが急になると思います」
王さんが、そう答えていた。
「地形が緩やかで、川幅が広いところでは水の流れはゆっくりになると思います」
蒋さんがそう答えていた。
「川の落差が大きいところでは滝のようになっていると思います」
陳くんがそう答えていた。
「川底の石の大きさも違っていると思います。地形が険しいところでは大きくて、険しくないところでは小さいと思います」
李くんがそう答えていた。
ぼくは、ここ数日、ミー先生が子どもたちに自然の摂理について説明している授業を見てきた。どんなときも、まず子どもたちに考えさせてから、意見を述べさせようとしていることに気がついた。子どもたちの主体性を重んじて、そこから興味と関心を呼び起こして、今まで知らなかったことを知りたいという欲求を高めていっているように思えた。観察や体験に基づいて、楽しみながら、生きた知識を身につけさせようとしているミー先生の授業の進め方に、ぼくは新鮮なものを感じていた。ぼくはこれまで何度か杜真子や馬小跳の学校に行って、授業を見学させてもらったことがある。たいていの場合、先生が主体となって、子どもたちに知識を教え込む授業をしていた。その授業とは百八十度違うミー先生のような授業が、普通の学校でも、もっと多く行われていたら、授業はもっと楽しくなるだろうになあと、ぼくは思った。今、この学校で学んでいる子どもたちは、普通の学校では授業の進め方に適応できなくて、うつうつとして過ごしていたと、シャオパイから聞いていた。この学校で学んだ経験が、子どもたちの糧となって、普通の学校に戻ってからも生き生きとした生活を送ってくれたらいいなあと、ぼくは心から願っていた。
「これから、この川の上流のほうにのぼっていきます。地形の変化にともなって、川の流れがどのように変化していくのか、実際に見てみましょう。昨日とはまた違った光景が見られると思います」
ミー先生が、そう言った。子どもたちは、うなずいていた。
それからまもなく、子どもたちはミー先生といっしょに、川の流れをさかのぼっていった。川岸にはヒマワリの花がたくさん咲いていた。自分たちよりも背が高いヒマワリの花を見ながら、子どもたちは楽しそうに歩いていた。
「あれっ、花顔鹿は、どこに行ったのだろう」
これまで、ずっと、先導役をしてくれた花顔鹿の姿が急に見えなくなったことに気がついた蒋さんが、けげんに思って、そう言った。子どもたちが辺りを見まわすと、ヒマワリの花のなかに隠れているのが見えた。花顔鹿の顔は、ヒマワリの花そっくりなので、辺り一面に咲き誇っているヒマワリのなかにいると、姿が見えづらかった。
「花顔鹿はヒマワリの種を食べます。でも今は、ヒマワリの種を食べてはいないと思います」
ミー先生が、そう言った。
「では、何をしているのですか?」
蒋さんが聞いていた。
「ウンチかな」
李くんが、そう答えた。それを聞いて、ほかの子どもたちが、くすっと笑った。
「違います。ウンチではありません」
ミー先生が、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そう答えていた。
「だったら何をしているのですか?」
王さんが聞いていた。
「近づいて、自分の目で確かめてみてください」
ミー先生が、そう言った。それを聞いて、子どもたちは、花顔鹿のほうに近づいていった。花顔鹿はヒマワリの花に顔を寄せていたが、ミー先生が言ったとおりに、種をほじくりだして食べてはいなかった。花顔鹿はヒマワリの花に鼻を近づけて、においをかいでいた。それを見て、子どもたちが、けげんそうな顔をしていた。
「花のにおいをかいで、どうするの。それだけで、おなかが満たされるの?」
陳くんが、けげんそうな顔をしていた。ミー先生はすぐには答えないで
「みなさん、もう少し詳しく観察してください。そして気がついたことを話してください」
と言って、新たな問題を子どもたちに提起していた。子どもたちは、花顔鹿の動作を目を凝らしながら、じっと見ていた。
「あっ、分かった。花顔鹿は、花のにおいをかいでいるだけではなくて、花についている水分をなめているのも分かります」
王さんが、そう答えていた。それを聞いて、李くんが
「雨が降っているわけでもないのに、花の上に、どうして水分があるの」
と言って、疑問を投げかけていた。
「花顔鹿は雨水ではなくて、露のしずくをなめているのです」
ミー先生が笑みを浮かべながら、そう答えていた。
「露のしずくは空から落ちてきたのですか?」
唐さんが聞いていた。
「違います。露は空気中に含まれている水蒸気が、花や葉や地面の表面などで凝結して水滴となったものです。温度が低い夜間や明け方に、放射冷却現象などの影響でできることが多いです」
ミー先生が、そう説明していた。
「放射冷却現象って何ですか」
李くんが聞いていた。
「地表から空に向かって熱が出て空気が冷える現象です」
ミー先生が、そう答えていた。
「天気は、どんなときにできやすいですか?」
蒋さんが聞いていた。
「よく晴れていて、風がほとんどないときにできやすいです」
ミー先生が、そう言った。
「露はおいしいですか」
陳くんが聞いていた。
「さわやかな味がして健康にとてもよいです。新鮮な朝露を飲むことが長く元気でいられるための秘訣だと、わたしは思っています」
ミー先生が、そう言っていた。それを聞いて、ぼくは老いらくさんに、ミー先生が言ったことを伝えた。
「そうか。ミー先生も花顔鹿も、わしと同じように朝露を飲むのが好きなのか。うれしいね。ミー先生も花顔鹿も時を越えてタイムスリップしてきたし、わしも長く生きてこられたのは、もしかしたら朝露のおかげなのかもしれないな」
老いらくさんがそう言って、悦に入っていた。
「ミー先生、わたしたちも露のしずくをなめてもいいですか」
蒋さんが聞いていた。
「いいですよ。どうぞ」
ミー先生が、そう答えていた。子どもたちはうれしそうな顔をしながら、さっそくヒマワリの花に顔を近づけて、花びらについていた露のしずくを、手ですくってから、舌でぺろぺろとなめ始めた。
「わあ、おいしい。樹液とはまた違った味がして、これも、なかなか、いける味だわ」
王さんが、そう言った。
「ミネラルウオーターのような淡白な味がするね。ヒマワリの種を食べたあと、これを飲んだら健康によさそう」
李くんがそう言った。
ミー先生と子どもたちは、露のしずくを飲んで、ひと休みしたあと、川の上流に向かって再び、のぼりはじめた。ぼくと老いらくさんも、少し距離を置きながら、あとに続いた。川辺には石がごろごろしていて、歩きにくかったが、花顔鹿が気を利かせて、邪魔な石を横にどけてくれたので助かった。上流に向かえば向かうほど、道幅が狭くなってきた。川幅も狭くなってきて、しぶきが逆巻いていた。
それからまもまく、道は行き止まりになって、それ以上先へは進めなくなった。行く手には険しい岩壁が立ちはだかっていた。川は岩壁の間に空いた小さなすきまを通って、さらに奥のほうへ流れていた。空を見上げると、青い空に白い雲がいくつも浮かんでいて、たゆたうように、ゆっくりと流れていた。
それからまもなく、空がにわかに曇ってきた。巨大な黒い雲が現れて、雨が、ぽつぽつと降り始めた。雨はだんだん激しくなってきて、やがてバケツをひっくり返したような土砂降りの雨となった。ミー先生と子どもたちは雨を避けるために、岩穴のなかに駆け込んで、雨がやむのを待っていた。花顔鹿も岩穴のなかに入って、じっとしていた。ぼくと老いらくさんは、岩穴の近くにある小さな穴を見つけて、そこで雨宿りをしていた。
岩穴のなかで李くんが恨めしそうな顔で、雨雲を見あげながら
「雲のなかには、こんなにたくさんの雨水が隠されていたのか」
と、言っているのが聞こえてきた。それを聞いて、ミー先生が
「雲は空気中に浮いている小さな水滴や氷の結晶からできています。雲のなかに含まれている水滴や氷の結晶が多くなればなるほど、雲のなかでは貯えきれなくなって、雨や雪となって降ってきます」
と、説明していた。
「雲のなかの水滴や氷の結晶は、どのようにしてできるのですか」
王さんが聞いていた。
「海や川や湖から蒸発した水や、地中や植物のなかに蓄えられていた水が、上昇気流に乗って、温度の低いところまで空中をのぼっていきます。そして空中で冷たい空気に冷やされて水滴ができます。空気が特に冷えているときには氷の結晶になります」
ミー先生が、そう答えていた。それを聞いて、子どもたちは目から、うろこが落ちたような顔をしていた。
「そうか。水は大地と空の間を行ったり来たりして循環しているのか」
李くんが、そう言って、うなずいていた。
雨はそれからまもなくやんで、空にはきれいな青空が再び広がりはじめた。ミー先生と子どもたちは岩穴から出て、花顔鹿に案内されながら、再び、川の上流のほうへ、さかのぼっていった。ぼくと老いらくさんも、あとについていった。川の両側の道は、今までとは違って、少し歩きやすくなってきた。川幅もいくぶん、広くなってきた。上に登れば登るほど川の流れは緩やかになってきて、清流が太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。空には雲一つなくて、空全体が遠くまで青く澄みわたっていた。花顔鹿は、それからまもなくミー先生と子どもたちを連れて、神秘的な雰囲気に包まれている仙人池と呼ばれている池の近くまでやってきた。ぼくと老いらくさんも、ミー先生や子どもたちのあとに続いて仙人池にやってきた。

