天気……山の天気は変わりやすい。晴れていたかと思うと、にわかに曇ってきて、激しい雨がざあざあ降ってくることもある。恨めしそうな顔をしながら、雨雲を見あげていると、雨はすぐにやんで、きれいな虹がかかったりすることもある。

「わしが時計台の振り子にぶらさがっていたときに見た夢のなかに出てきた女の人は、やはりシャオパイの飼い主さんに間違いないと思う」
老いらくさんが、そう言った。この前、飼い主さんが、子どもたちに授業をしているのを見て以来、老いらくさんは、何度も、そう言っている。
「老いらくさんが見た夢のなかに出てきた女の人は唐の時代の人だったのでしょう?」
ぼくは確かめるように聞き返した。老いらくさんがうなずいた。
「シャオパイの飼い主さんが、あの頃の服を着たら、そっくりになる」
老いらくさんが、そう言った。
ぼくは以前、シャオパイが「誰にも話さないで」と言って、ぼくにだけ、こっそり教えてくれた飼い主さんの秘密を守ることを、シャオパイと約束していた。でも老いらくさんは、ぼくがまだ話していないのに、もうすでに飼い主さんの秘密について感づいていた。老いらくさんが感づいた秘密についても、ぼくは数日前、シャオパイに話していた。それを思うと、公平の観点から言って、飼い主さんが夜中に、からかさをさして、空を飛んで、子どもたちの夢を集めに行っているという秘密を老いらくさんに話しても約束を破ったことにはならないと思った。ぼくが老いらくさんに、その話をすると
「それは摩訶不思議な話だな。でもシャオパイの飼い主さんが、それをしたと思うと、そういうこともありうるかもしれないと、わしには思えてくる」
老いらくさんが、そう言った。
「シャオパイの飼い主さんが黒い袋に入れて持って帰った子どもたちの夢は、いやな夢ばかりだったと、シャオパイが話していました」
ぼくは、そう説明した。
「いやな夢を取り除いて、子どもたちの気持ちを楽にしてやり、その子どもたちが本来持っていた明るさを取り戻してやりたいと思ったのだろうな。子どもたちがいやな夢を見た原因が何なのかを分析して、転地療養が必要だと思われる子どもには、親や学校の承諾を得て『雲の上の学校』に連れてきているのではないのか」
老いらくさんがそう言った。
「そうかもしれませんね」
ぼくはそう答えた。
それからまもなく、シャオパイがやってきたので、ぼくはシャオパイに
「杜真子によく似た、あの女の子も、今、ここにいるのか?」
と聞いた。
「いますよ」
シャオパイがそう答えた。
「そうか。どの子なのか、あとで教えてくれないか」
ぼくはシャオパイに聞いた。
「いいですよ。今、その子は、キノコ形をした宿舎のなかで、作文を書いているはずです」
シャオパイがそう言った。
「そうか。作文を書くのは苦手そうだと、お前は話していたけど、うまく書けているかなあ」
ぼくが心配そう言うと、シャオパイが
「これから、その子の宿舎が見えるところへ連れて行ってあげます」
と言った。ぼくは、うなずいた。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんは、シャオパイのあとについて、森のなかに入っていった。
「ほら、あそこにいる、あの女の子だよ」
木々が密生している森のなかに、キノコ形をした宿舎がいくつか並んでいて、そのなかの一つの宿舎を指さして、シャオパイがそう言った。窓辺に十歳ぐらいの女の子が一人座っていて、机の上で何か書いているのが見えた。窓は開いていて、緑したたるような木々の葉のにおいが、女の子の部屋のなかにも入っているように見えた。ぼくと老いらくさんは、近くの木に登って、女の子に気づかれないように注意を払いながら、女の子の様子をじっと見ていた。シャオパイは木に登れないから、木の下から見ていた。しばらくしてから、シャオパイは
「飼い主さんが待っていると思うから、ぼくはこれで失礼します」
と言って、うちへ帰っていった。
女の子は作文帳の上に、鉛筆でせっせと何か書いていた。口元にかすかな笑みを浮かべながら楽しそうに鉛筆を走らせていた。時々、書く手をとめて顔をふっとあげて、窓の外を見ながら、構想を練ったり、そのあと消しゴムで文を直したりしていた。作文を書くのが苦手な子どもには少しも見えなかった。周囲の環境によって、こうも違ってくるのだろうかと、ぼくは思った。
山の天気は変わりやすい。空が曇ってきて雨が降りそうだと思ったら、たちまち、バケツをひっくり返したような大雨が降ってくることもある。ぼくと老いらくさんが女の子の様子を木の上から見ているときに、突然、激しい雨が降ってきた。そのとき、子どもたちが、それぞれの宿舎から、わっと飛び出してきて、雨が降りしきるなかを、傘もささないで走っていくのが見えた。ぼくと老いらくさんが今まで見ていた女の子も、勢いよく飛び出してきた。ぼくと老いらくさんは、子どもたちのあとをついていった。子どもたちは原っぱまで駆けていった。原っぱにはシャオパイの飼い主さんでもあるミー先生がいた。雨が降りしきるなか、ミー先生は、蝶のように、ひらひらと優雅に踊っていた。それを見て、子どもたちも楽しそうに、きゃあきゃあ言いながら、踊り始めた。風がひゅうひゅう吹き、雨がざあざあ降りしきるなか、ミー先生も子どもたちも、無心になって原っぱを駆けまわったり、歌ったり踊ったりしていた。
雨は三十分ほどでやんで、そのあと空には、きれいな虹がかかっていた。それを見て子どもたちは歌ったり踊ったりするのをやめて、急いで宿舎へ帰っていった。濡れた服を着替えてから、子どもたちは、再び宿舎のなかから出てきた。手に絵の具箱と画用紙を抱えながら、脱兎のごとく走っていた。ぼくと老いらくさんは、子どもたちのあとについていった。子どもたちは山頂付近に建っている八角亭と呼ばれている展望台へ行った。子どもたちが、八角亭に着くと、ミー先生はもうすでに、そこに来ていて、子どもたちを待っていた。空にはまだ虹が残っていた。
「みなさん、虹はいつ出ますか?」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。
「雨がやんだ後に出ます」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう答えていた。
「そうですね。その通りです」
ミー先生が、にこやかな笑みを浮かべながら、そう言った。
「では、もう一つ聞きます。虹にはどんな色がありますか?」
「七つの色があります」
今度は、帽子をかぶった男の子が、そう答えていた。
「そうですね。それでは、その七つの色を言ってください」
ミー先生がそう聞くと、その男の子は虹を見ながら
「赤色、オレンジ色、黄色、緑色、青色、紺色、それに紫色です」
と、答えた。
「そうですね。よく分かりましたね。賢いです」
ミー先生がそう言うと、その男の子は照れたような顔をしていた。
「みなさんが持ってきた絵の具箱を開いて、画用紙の上に虹を描いてください」
ミー先生がそう言った。子どもたちは絵の具箱を開いて、パレットの上に、今、男の子が言った色の絵の具を取り出した。そのあと子どもたちは絵筆を動かして、画用紙に虹の絵を描き始めた。子どもたちが描いているのを見ながら、ミー先生は、にこやかな顔をしていた。
「みなさん、三原色って知っていますか?」
ミー先生が子どもたちに聞いていた。子どもたちは互いに顔を見合わせながら、首をかしげていた。答えが返ってこないのを見て、ミー先生が説明を始めた。
「三原色というのは、様々な色の基本となる三つの色のことです。赤と黄色と青が三原色です。この三つの色を混ぜたら、いろいろな色を作り出すことができます。たとえば、黄色と青を混ぜたら緑色になります。黄色と赤を混ぜたらオレンジ色になります」
ミー先生がそう言うと、子どもたちは信じられないような顔をしていた。
「では先生、黒はどうやって作るのですか?」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が、聞いていた。
「黒も、この三つの色を混ぜることで作ることができます」
ミー先生がそう答えていた。
「どの色と、どの色を混ぜたらいいですか?」
髪に赤いリボンをつけた女の子が聞いていた。
「先生が口で説明するよりも、みなさん、自分たちで実際にやってみましょう」
ミー先生がそう言った。
「まず初めにパレットの上に赤と黄色と青の絵の具を均等に出してください。それから、むらがないように混ぜてください。どんな色になりますか」
子どもたちは言われたとおりに、色を混ぜていた。すると何と、黒になった。子どもたちは、みんな、びっくりしたような顔をしていた。まさか赤と黄色と青を混ぜたら黒になるとは、誰一人、思っていなかったようだった。今まで知らなかったことを発見した喜びで、子どもたちの顔が輝いていた。
「これからは黒を使い切っても、別の色から黒を作ることができるね」
眼鏡をかけた男の子が、そう言った。
「そうだね。パンダもシマウマもサッカーボールも、黒の絵の具を使わないで描くことができるね」
帽子をかぶった男の子は、そう言っていた。それを聞いて、子どもたちがみんな、うなずいていた。
「みなさん、今度は黒に白を混ぜてみてください。どんな色になりますか」
ミー先生がそう言った。子どもたちが、言われたとおりにすると灰色になった。
「今度は青に赤を混ぜてみてください。どんな色になりますか」
子どもたちは楽しそうな顔をしながら、青と赤を混ぜていた。すると、赤紫になった。
「今度は赤に白を混ぜてみてください。どんな色になりますか」
子どもたちが、赤と白を混ぜると、ピンクになった。
子どもたちは、ミー先生は不思議なことをして楽しませる魔術師のようだと思いながら、パレットの上で、いろいろな色を作り出していた。新しい色を発見をするたびに子どもたちの目は、ますます生き生きとして、明るく輝いていた。
「今日のこの授業は、これまでで一番楽しい授業だわ。これからも一生忘れない」
ポニーテールに髪の毛を束ねた女の子が、そう言った。それを聞いて、ほかの子どもたちが、うなずいていた。
「みなさん、周りの山を描くとしたら、どんな色の絵の具を使いますか?」
ミー先生が聞いた。
「緑です」
赤いリボンを髪につけた女の子が、そう答えていた。
「そうですね。でも山をよく見てください。緑といっても、いろいろな緑があって、まったく同じ色ではありません。違いが分かりますか」
ミー先生がそう言った。それを聞いて、子どもたちは目を皿のようにして、山のあちこちをじっと見ていた。
「あっ、本当だ。場所によって色が違っている」
背が高くて体が大きい男の子が、そう言った。
「色の違いを言ってください」
ミー先生が聞いていた。
「エメラルドグリーンや、青緑色や、萌黄色や、若草色があります」
あちこち見回しながら、その男の子が、そう答えていた。
「わたしには、オリーブ色や、緑茶色や、深緑色の山が見えます」
緑色のスカートをはいた女の子が、そう答えていた。
「そうですね。よく気がつきましたね。木の種類や葉の色によって、様々な緑になるのです」
ミー先生は、そう言ってから、緑色の絵の具を手に持って
「この絵の具に、黄色や、青や、黒を混ぜたら、混ぜる割合によって、さまざまな変化に富んだ緑色を表現できます。みなさん、自分でやってみてください」
と言った。それを聞いて、子どもたちは、さっそくパレットの上に、絵の具を出して、いろいろな色の緑を作り出したり、互いに見せ合ったりしていた。色あいの微妙な変化を楽しむことに浸りながら、子どもたちは自然の美しさを表現するための感性や、自然の奥深さを理解するための知識の種を、心のなかに、ひそかに芽生えさせていた。