しかるべき乳母をつけることも重要だった。
<明石では見つけられないだろう>
源氏の君はふさわしそうな人物にお心当たりがある。きちんとした貴族の娘が、両親をなくし、頼りにならない男性の子を生んだという噂を、少し前にお耳になさっていた。
「そなたが会いにいって姫の乳母にふさわしいかどうか見てきておくれ。明石に行ってもよいと言うなら契約してくるように」
噂を伝えた女房にお命じになる。
その娘はまだ若く、特に深い考えがある人でもない。両親の亡くなった実家でひっそりと赤子を育てる生活はあまりに心細かった。
<源氏の君のご関係なら安心な奉公先だろう。田舎に行ったとしても、今の暮らしよりずっとよいはずだ>
とすぐに承知する。
源氏の君は気の毒に思って、出発の日、こっそりと乳母の家をお訪ねになった。乳母は内心では都を離れることをためらっている。しかし、わざわざ源氏の君がお越しくださったことが光栄で、そんなことは言えない。けなげなご挨拶をした。
縁起のよい日が選んであったので、源氏の君は急いで乳母を出発させなさる。
「思いやりがないと思うかもしれないが、我慢して行っておくれ。私は明石の姫に特別な期待をしている。都を離れるのはつらいだろうが、私も明石で苦しんだ時期があった。それでも今はこうして都に戻り、昔以上の暮らしをしている。自分もそうなるのだと思ってしばらく耐えてほしい」
源氏の君はこの乳母を何度か内裏でお見かけになったことがある。女官をしている母親と一緒にときどき働いていたのだった。
美しい人が苦労でやつれてしまっている。家も荒れていた。広い屋敷だけれど、木立がうっそうと茂ってどんよりとしている。
<こんなところでどうやって暮らしていたのか>
源氏の君は同情なさる。
やつれていても可憐な人だった。源氏の君は冗談めかしておっしゃる。
「行かせたくないな。二条の院で仕えてもらおうか」
乳母も本心ではその方がよかった。
<どうせ源氏の君のために働くなら、明石ではなく二条の院でお仕えして、たまにかわいがっていただきたい>
と思ってしまう。
「私たちは深い仲ではなかったけれど、別れとなると悲しいものだ。あとから追いかけたくなるだろう」
乳母はかわいらしく笑った。
「それは私ではなく、明石の君にお会いになりたいだけでございましょう」
物慣れた様子でお答えする。
<言うではないか>
源氏の君は苦笑なさった。
乳母のために乗り物とお供が用意されている。姫君への贈り物などをたくさんお持たせになる。乳母にも十分なご褒美をお与えになった。
源氏の君は明石の入道のことを想像なさる。
<さぞかし姫をかわいがっているだろう>
ほほえましくお思いになる一方で、姫君が田舎で育つことが気がかりだった。明石の君への手紙でも、
「ぞんざいにお育てしてはいけませんよ」
と注意なさる。
「いつになったら姫をこの手に抱けるだろう。どうか健やかに成長してほしい」
源氏の君が祈るなか、乳母は船や馬を乗り換えて明石に到着した。
<明石では見つけられないだろう>
源氏の君はふさわしそうな人物にお心当たりがある。きちんとした貴族の娘が、両親をなくし、頼りにならない男性の子を生んだという噂を、少し前にお耳になさっていた。
「そなたが会いにいって姫の乳母にふさわしいかどうか見てきておくれ。明石に行ってもよいと言うなら契約してくるように」
噂を伝えた女房にお命じになる。
その娘はまだ若く、特に深い考えがある人でもない。両親の亡くなった実家でひっそりと赤子を育てる生活はあまりに心細かった。
<源氏の君のご関係なら安心な奉公先だろう。田舎に行ったとしても、今の暮らしよりずっとよいはずだ>
とすぐに承知する。
源氏の君は気の毒に思って、出発の日、こっそりと乳母の家をお訪ねになった。乳母は内心では都を離れることをためらっている。しかし、わざわざ源氏の君がお越しくださったことが光栄で、そんなことは言えない。けなげなご挨拶をした。
縁起のよい日が選んであったので、源氏の君は急いで乳母を出発させなさる。
「思いやりがないと思うかもしれないが、我慢して行っておくれ。私は明石の姫に特別な期待をしている。都を離れるのはつらいだろうが、私も明石で苦しんだ時期があった。それでも今はこうして都に戻り、昔以上の暮らしをしている。自分もそうなるのだと思ってしばらく耐えてほしい」
源氏の君はこの乳母を何度か内裏でお見かけになったことがある。女官をしている母親と一緒にときどき働いていたのだった。
美しい人が苦労でやつれてしまっている。家も荒れていた。広い屋敷だけれど、木立がうっそうと茂ってどんよりとしている。
<こんなところでどうやって暮らしていたのか>
源氏の君は同情なさる。
やつれていても可憐な人だった。源氏の君は冗談めかしておっしゃる。
「行かせたくないな。二条の院で仕えてもらおうか」
乳母も本心ではその方がよかった。
<どうせ源氏の君のために働くなら、明石ではなく二条の院でお仕えして、たまにかわいがっていただきたい>
と思ってしまう。
「私たちは深い仲ではなかったけれど、別れとなると悲しいものだ。あとから追いかけたくなるだろう」
乳母はかわいらしく笑った。
「それは私ではなく、明石の君にお会いになりたいだけでございましょう」
物慣れた様子でお答えする。
<言うではないか>
源氏の君は苦笑なさった。
乳母のために乗り物とお供が用意されている。姫君への贈り物などをたくさんお持たせになる。乳母にも十分なご褒美をお与えになった。
源氏の君は明石の入道のことを想像なさる。
<さぞかし姫をかわいがっているだろう>
ほほえましくお思いになる一方で、姫君が田舎で育つことが気がかりだった。明石の君への手紙でも、
「ぞんざいにお育てしてはいけませんよ」
と注意なさる。
「いつになったら姫をこの手に抱けるだろう。どうか健やかに成長してほしい」
源氏の君が祈るなか、乳母は船や馬を乗り換えて明石に到着した。



