蕗の誕生日まで残り四日。柳凪の店内では、蕗達従業員と仁武、江波方が何を話すでもなく向かい合って座っていた。
芝が特攻隊に志願したという話を聞いてから、ずっと何をするにも彼の言葉が脳を支配している。
特攻、特攻、特攻、特攻。何度もその言葉が浮かんでは消えた。
「止められないんですか、芝さんが特攻隊に入ること。今からでもまだ間に合うんじゃ……」
「無理だ。芝さんを指名したのは俺達の上官。お偉いさん相手に俺達がどうこうできる話じゃない」
淡い期待は抱くだけ無駄だとこれまでに何度も思い知ってきたのに、学習せずにまた同じことを繰り返す。
期待して裏切られるのに、また期待するのだ。そして、現実を知って打ち拉がれる。
「でも、話をするくらいなら」
「そんな甘い幻想は今ここで捨てなさい」
友里恵の厳しい声が店内に響き渡る。冷たく機会のような感情のない怒鳴り声は、簡単に蕗を恐怖に縛り上げる。
「現実は残酷なものよ。私だって止められたらどれほど良かったことか。でもね、それを割り切ることができないと、この世界では生きていけないの」
まるで自分のことのように語るなと、その時の蕗は思った。
友里恵の言葉の端々に深い後悔が見え、何かに対する懺悔を感じたのだ。何だか違和感を感じる。友里恵の様子がおかしい。
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど。あんた、彼氏さんはどうしたの?」
紬の問に、友里恵は蕗から視線を紬へと移す。薄っすらと笑みを浮かべ、何を今更といいたげに口角をニヤリと上げた。
思えば、近頃、友里恵はぱったりと外出しなくなった。今までは仕事の合間に彼氏に会いに行くと言って店を開けることがあったのに、外出どころか話題にすら出さなくなっていたのだ。
「彼も特攻隊員になったのよ。私は止められなかった。だから、芝さんには思うところがあるの」
「だからって、二度と会えなくなっちゃうんですよ」
とにかく必死だった。仁武と江波方が目の前にいる今なら、彼らを説得しやすいと思ったのだ。
少しでも戦争に対する意識が変われば、彼らが戦場に行かなくて済む未来が生まれるかもしれない。
大切な人が死にに征くというのに黙っている彼女の考えが、蕗には理解できない。だから、説得すれば変わってくれると本気で信じていた。
「そんなことないわよ。彼は生きている、私の中で生きているの」
「友里恵、何を言っているの」
「考えてもみて、死ねばあの人の元に行ける。一緒にいられるのよ」
「やめて、そんな事言わないで! おかしいわよ、どうしちゃったのよ友里恵!」
紬の悲痛な叫びが店内に木霊する。蒼白した顔を歪め立ち上がる紬だが、友里恵は薄っすらと微笑んだまま彼女を見上げているだけである。
何も言わずに立ち上がった友里恵は、紬の言葉など無視して玄関へ向かおうとする。そんな彼女を慌てて蕗が止めるが、簡単に振り解かれてしまった。
「私はあの人の元に行きたいだけ。この世界から逃げるわけじゃないの」
そう言い残し店を飛び出していく。夜も深まり、こんな時間に女性が一人で出歩くなど危険だ。
どうするべきか動揺している蕗の背後で仁武が立ち上がった。そのまま蕗の隣まで来ると、開けっ放しの扉から一歩踏み出す。
「行こう」
彼の意を察した蕗は、鏡子達の許可も取らずに店を出る。背後で紬が何かを叫んでいたが、先を走る仁武の後ろ姿しか目に入らなかった。
芝が特攻隊に志願したという話を聞いてから、ずっと何をするにも彼の言葉が脳を支配している。
特攻、特攻、特攻、特攻。何度もその言葉が浮かんでは消えた。
「止められないんですか、芝さんが特攻隊に入ること。今からでもまだ間に合うんじゃ……」
「無理だ。芝さんを指名したのは俺達の上官。お偉いさん相手に俺達がどうこうできる話じゃない」
淡い期待は抱くだけ無駄だとこれまでに何度も思い知ってきたのに、学習せずにまた同じことを繰り返す。
期待して裏切られるのに、また期待するのだ。そして、現実を知って打ち拉がれる。
「でも、話をするくらいなら」
「そんな甘い幻想は今ここで捨てなさい」
友里恵の厳しい声が店内に響き渡る。冷たく機会のような感情のない怒鳴り声は、簡単に蕗を恐怖に縛り上げる。
「現実は残酷なものよ。私だって止められたらどれほど良かったことか。でもね、それを割り切ることができないと、この世界では生きていけないの」
まるで自分のことのように語るなと、その時の蕗は思った。
友里恵の言葉の端々に深い後悔が見え、何かに対する懺悔を感じたのだ。何だか違和感を感じる。友里恵の様子がおかしい。
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど。あんた、彼氏さんはどうしたの?」
紬の問に、友里恵は蕗から視線を紬へと移す。薄っすらと笑みを浮かべ、何を今更といいたげに口角をニヤリと上げた。
思えば、近頃、友里恵はぱったりと外出しなくなった。今までは仕事の合間に彼氏に会いに行くと言って店を開けることがあったのに、外出どころか話題にすら出さなくなっていたのだ。
「彼も特攻隊員になったのよ。私は止められなかった。だから、芝さんには思うところがあるの」
「だからって、二度と会えなくなっちゃうんですよ」
とにかく必死だった。仁武と江波方が目の前にいる今なら、彼らを説得しやすいと思ったのだ。
少しでも戦争に対する意識が変われば、彼らが戦場に行かなくて済む未来が生まれるかもしれない。
大切な人が死にに征くというのに黙っている彼女の考えが、蕗には理解できない。だから、説得すれば変わってくれると本気で信じていた。
「そんなことないわよ。彼は生きている、私の中で生きているの」
「友里恵、何を言っているの」
「考えてもみて、死ねばあの人の元に行ける。一緒にいられるのよ」
「やめて、そんな事言わないで! おかしいわよ、どうしちゃったのよ友里恵!」
紬の悲痛な叫びが店内に木霊する。蒼白した顔を歪め立ち上がる紬だが、友里恵は薄っすらと微笑んだまま彼女を見上げているだけである。
何も言わずに立ち上がった友里恵は、紬の言葉など無視して玄関へ向かおうとする。そんな彼女を慌てて蕗が止めるが、簡単に振り解かれてしまった。
「私はあの人の元に行きたいだけ。この世界から逃げるわけじゃないの」
そう言い残し店を飛び出していく。夜も深まり、こんな時間に女性が一人で出歩くなど危険だ。
どうするべきか動揺している蕗の背後で仁武が立ち上がった。そのまま蕗の隣まで来ると、開けっ放しの扉から一歩踏み出す。
「行こう」
彼の意を察した蕗は、鏡子達の許可も取らずに店を出る。背後で紬が何かを叫んでいたが、先を走る仁武の後ろ姿しか目に入らなかった。



